5 スイ
翠は試着室のカーテンを閉め、手の中のそれの感触を確かめる。
女性用下着を手にしている事の異様な背徳感。
胸の部分はちょっと柔らかいんだな。
っていうか、どうやって着けるんだこれ。
先に胸を包んでからだとホックが留めづらい。
シャツを着るみたいに上から被っていいのかな。
「先にストラップに腕を通して、腰の辺りでホック止めてから持ち上げると楽だよ」
「お、おう」
カーテン越しに直央さんから言われた通りにやってみたら簡単に着けられた。
胸部にぴったりとフィットし、今まであった重みが消えた感じがする。
「おお、なんか楽になったぞ」
「着けられたー?」
「ひゃっ!?」
いきなりカーテンを開けて直央さんが入ってきた。
また変な声を出してしまったことに自己嫌悪していると、
「ホックの上下、段違いになってるよ」
片手で素早く直してそのまま試着室内に居座ってしまった。
もう片方の手には何着かの服が抱えられている。
「一応セットで見繕ってみたから試着してみてよ」
「わ、わかったから出てって下さい」
肉体的にはこっちが女で向こうは男。
精神的にはこっちは男で向こうが女(?)という異様な二人である。
少なくとも狭い個室に二人きりになるのはダメだろう。
「着替え終わったら言ってね。気に入らなかったら別の選んでくるから」
「はいはい」
「いやあ、でもやっぱり本物のおっぱい羨ましいわ。私も早いところ豊胸手術受けたいと思ってるんだけど、少なくとも成人するまではダメだって冷二郎が猛烈に反対するんだよ」
「そういう情報はいらないです」
「私ね、『男の娘』って言葉キライなんだ。そもそもが仮装なのに言葉の上っ面だけ誤魔化してもしかたないじゃん。とっちゃうまでは『おかま』で良いと思うんだよ。同じような理由で『BL』とか『百合』も嫌いなんだ。ホモとレズでいいじゃん」
「どうでもいいから」
渡された服に着替えながら試着室の外からしきりに話しかけてくる直央さんの相手をする。
四苦八苦しながらもようやく着ることができた。
直央さんを呼ぶ前に恐る恐る鏡に映った自分の姿を見てみる。
トップスはフリルのついたブラウスに濃い緑色のカーディガン。
ボトムには花のようにふわりと拡がる赤いフレアスカート。
どこから見ても完璧に女の子である。
「くっ……」
思わず目を逸らしてしまい、少し経ってからもう一度上から下までじっくりと眺めてみる。
あれ、なんか……
結構これ、可愛いんじゃねえの……?
「って、なに考えてんだオレは!」
オレは男なんだぞ!
不本意ながら女の身体になっただけ。
今は母さんが脅すから仕方なく女物の服を買いに来てるんだ。
断じてこの状況を喜ぶような変態じゃないんだからな!
「なあに、大声出しちゃって」
相変わらず遠慮なく試着室の中に入ってくる直央さん。
翠が顔を真っ赤にしながら振り向くと、彼女は顎に手を当ててふむふむと頷いていた。
「へえ、似合ってんじゃん。可愛いよ」
「か、かわいい……っすか?」
「うん」
そっか、そうなのか。
オレは可愛いのか。
い、いや、よく考えれば身体が変わってるって事は、今のオレは本当のオレじゃないわけで。
そう考えると別に今の状態を可愛いと言われたところで変に思うこともない。
つまりこれはオレじゃない別の他人ってことでひとつ……
「ねえ、アキラくんってどういう漢字を書くの?」
翠が脳内で必死に言い訳をしていると、直央がそんなことを尋ねてきた。
「えっと、翡翠のスイっすけど」
「それでアキラって読むんだ。綺麗な字だね」
確かに珍しい読みの名前なので初見で読める人はまずいない。
小学校の頃はいつも間違って『スイ』と読まれていた。
それがあだ名として定着していた時期もある。
さすがに中学に入ってからはそう呼ぶ友だちはいなくなったが。
「じゃあ、女の子のキミは今日からスイちゃんでどうだ?」
「む……」
そうか、そうやって今の自分を翠とは別人だと思えば良いのか。
女の子としての姿は翠。
今の自分は自分だけど自分じゃない。
うん、そういうことにしてしまおう。
「ま、まあ、好きに呼んで下さいよ」
「それじゃ今日はこれでいいよね。値段はこんなもんだけど、予算と照らし合わせてどう?」
直央さんが一つ一つのタグを合計した金額を携帯端末の電卓ではじき出す。
「……結構高いっすね」
「オーバーしてるかな」
「いや、ギリギリっす」
もらったお金は多めに余らせて着服するつもりだったとは言えない。
せっかく選んでくれたんだし何着も試着するのも疲れる。
今日はこれでいいだろう。
別にこの服が気に入ったとかじゃないからな。
「すごくかわいいですよ。とてもよくお似合いです」
店員さんの褒め言葉は営業トークだろうが少なくとも悪い気はしない。
レジでタグを取ってお金を払い、着てきたロングシャツとジーンズを紙袋に入れてもらって、この服はそのまま着ていくことにした。




