3 紅葉と翠
今日も退屈な学校生活が終わった。
紅葉は支給されたスクーターでアルバイト先の工事現場へ向かう。
金を貯めるのが目的ではない。
中村青年福祉園では中学生以上になれば労働の義務が課せられる。
園長への感謝金という名目の上納金を毎月収めなければならないルールがあるからだ。
結局、一時間目は遅刻してしまった。
紅葉の出身を知っている担任はなにも言わない。
彼も下手に施設の人間ともめると面倒だとわかっている。
このせいで紅葉は学校で教師たちからほとんど腫れ物扱いである。
仲の良い友人は一人もいない。
これは園の関係者だからというよりは紅葉の性格が原因だ。
常に仏頂面でまとも会話もできない人間と仲良くなりたいと思う人間はいないだろう。
紅葉も積極的に他人と関わり合うつもりはない。
その反面、女子生徒から交際を申し込まれたことは何度もあった。
クラスメートだけでなく名前も知らないような同級生や顔も見たことがない上級生もだ。
彼女たちはどうせ紅葉の外見だけしか見ていない。
会話が成り立つわけがないのはわかっているのですべて断っている。
紅葉は誰とも親しくなるつもりはなかった。
漫然と施設と学校を行ったり来たりするだけの日々。
それを改善したいと思ったり、退屈だと嘆くような感情もない。
あの日、強制的に紅武凰国の二等国民になった時から、紅葉は抜け殻のように生きている。
学校を卒業した後は中村の付き合いがあるどこぞの労働現場に放り込まれるのだろう。
もしかしたら三等国民に落とされて東京外周部の市町村で管理されながら生きるかもしれない。
それでもいい。
どうせ二等国民も三等国民もたいして変わらない。
見せかけの自由に溺れるか、管理されていることを自覚しているかの違いだけだ。
何かをしたいという情熱を持つには紅葉はこの国の現実を知り過ぎている。
また、束縛と監視を打ち破るだけの力も持っていない。
紅葉の心を支配する感情は、ただ汚泥のように心を塗りつぶす諦観だけだった。
※
工事現場に着いた。
作業着に着替えて安全帽を被る。
「おう、今日もよろしくな!」
「よろしくお願いします」
現場入りするとでかい声で親方の挨拶が飛んできた。
紅葉は頭を軽く下げて普通に喋るトーンで返事をする。
そして今日の作業内容が書かれている看板に目を向けた。
今日の仕事はセメント袋運び。
手押し一輪車が壊れてしまったため、駐車場から作業現場まで運ばなければいけないらしい。
単純だが地味にキツい作業である。
ここで働き始めてから三日目になるが、世間話もまともにできない紅葉はやはり浮いていた。
体力には自信があるし身体は人一倍よく動かすので、声の小ささは御目溢ししてもらっているが。
現場には紅葉とは別のバイト学生も来ていた。
セメント袋を両肩に一つずつ担いで左から右へと慌ただしく駆け回っている。
「おう翠ァ! 今日はずいぶんと張り切ってるじゃねえか!」
「うっす!」
「でもなんで防寒ブルゾンなんか着てんだぁ!? 暑っ苦しいから脱いじまえよ!」
「い、いや! 風邪気味なんす! 身体冷やしたくないんっす!」
「風邪気味だとォ!? だから昨日は休んだのかよ! 体調悪ぃなら無理に出てこなくて良いからもうしばらく休んでろ!」
「だ、大丈夫っす! 念のためっす!」
なにやら騒がしい他のバイトと親方の会話を聞き流しながら紅葉はセメント袋を運ぶ。
持ってみると意外と重く、一度にたくさん運ぶのは難しい。
残りの量を見る限り無理をせずとも一時間程度で終わりそうだ。
大人しく一袋だけ抱えて行くことにした。
「よっ、転校生。また会ったな」
先ほど親方と喋っていたバイトが話しかけてくる。
いつの間にか隣に並ぶ彼の腕には二つのセメント袋が抱えられている。
華奢そうな外見に関わらず力のある奴だ。
「なんだよ、話しかけてるんだから返事くらいしろよ」
彼は不機嫌そうに文句を言う。
しかし紅葉はこの少年が誰なのか思い出せなかった。
自分のことを「転校生」と呼ぶということは学校の同級生だろうか。
「誰だっけ」
「おいおい、一昨日ちょっと話しただろうが! 同じ学校の山羽翠だよ!」
ああ、思い出した。
バイトを始めた初日に話しかけてきた少年だ。
紅葉のスクーターをうらやましがっていたのを覚えている。
……少年?
「ん、なんだよ」
紅葉はどこか違和感があることに気付いた。
隣を歩く人物の目をジッと見て、その理由に気付く。
「女だったのか」
「ぶっ!」
翠という少女は躓いた拍子にセメント袋を落っことた。
そのまま近くに詰んであった煉瓦の山を崩してしまう。
もの凄い音が響いて現場中の視線がこっちに集まった。
「コラァ翠! 無茶しねえで少しずつ運べって言ってんだろ!」
「す、すみませんっす!」
慌てて煉瓦を拾い集める翠という少女。
紅葉は自分が持っているセメント袋を置いて翠を手伝った。
「あ、さ、さんきゅ」
気まずそうに礼を言ってくる彼に視線は向けない。
別に恩に着せようというわけではなく、無視すればこの後の作業効率が悪くなるからである。
「な、なあ。そんなにわかりやすいか?」
「……何が」
「いや、今の俺が女だってこと」
なんとなくだが、知られては拙そうな空気である。
不自然に着込んだ服はおそらく体形を隠すためだろう。
金が欲しい理由はスクーターを買いたいからだと聞いたが、女子中学生がわざわざ性別を誤魔化してまで工事現場をバイトに選ぶというのは少し変である。
「別に」
まあ、何かの事情があるだろう。
深く詮索する気はない。
割れて使い物にならなくなった煉瓦を避けて残りを山にし、紅葉は脇に置いたセメント袋を担ぐ。
「なあ、ちょっと待てって」
彼女は相変わらず二束同時に抱えている。
また落とすぞと言いたかったが、それより先に建設現場に到着した。
親方たちが建物の外枠を組み立てている横にセメント袋を置いて次を取りに駐車場に戻る。
「頼むから誰にも言わないでくれよな」
隣を歩きながら両手を拝むように合わせる翠。
面倒くさいが無視してるといつまでもまとわりつかれそうな雰囲気だ。
「言わないよ」
「本当か?」
「本当に」
「よかった、さんきゅな。マジで頼むぞ」
彼女は安堵のため息を吐いた。
よほどこのバイトに固執する理由があるのだろう。
別に紅葉にとってはどうでもいいことだが。




