11 反撃開始! 打倒・紅武凰国!
どこかのビルの一室にて。
そこには数名の女たちが集まっていた。
部屋の中は薄暗く、その全貌はよくわからない。
「あの『黒豹』アキナがやられたって?」
ひとりの女が周りの人物に確認するよう声を上げる。
「紅武凰国内にウォーリアに抵抗する馬鹿がいるんかよ。それが本当ならかなり大問題じゃね?」
「かっかっか。『ネズミ取り』がヘマしたくらいで焦ってんじゃないよ」
「あ、誰が焦ってるって? 『赤蝮』さんよぉ」
「やるかい、『青鯱』のお嬢ちゃん?」
それに対して別の女が小馬鹿にするよう突っかかった。
言い争いを始めた二人が席を立ち、場に一触即発の雰囲気が流れる。
「やめなさい二人とも。『女王』の御前よ」
「……ちっ」
さらに別の女が諍いを止める。
二人は互いに睨み合い、小さく舌を鳴らして着席した。
「っても笑ってられる状況じゃないよね? アキナをやった奴の正体はわかってんっしょ? ブシーズの大群でも送り込んで制圧しちゃえば?」
「命令さえあればうちが乗り込んで一秒で暗殺してきてやるよー。さいきん退屈だしー」
「……煩わしい。そのような面倒なことをせずとも、潜伏場所にミサイルでも撃ち込めば良い」
それを機に各々が好き勝手に喋り始める。
声の感じからすれば二十歳そこそこの若い女性たちばかりだ。
女たちは全員がそれぞれ意匠とカラーの異なるボンテージファッションに身を包み、けばけばしいほどのメイクを施しているという共通点があった。
「はいはい、おしゃべりはそこまで」
四角い長テーブルの上座に座る女性が声を発する。
一瞬にして場は静寂に包まれた。
「せっかく女王がお出ましになって下さっているのだから、四の五の言わずに決めていただきましょう。ウォーリアのみで構成された我ら東京治安維持部隊『ガッデス』の今後の方針をね」
全員の視線が上座の女の後ろに向く。
そこは一段高くなったステージになっており、特注の机に片肘をついた少女が座っている。
頭に光るティアラが天井から届くわずかな光を反射して輝いた。
「そうね。暗殺やピンポイント爆撃であっさりと終わらしちゃうのはつまらないわね」
女王と呼ばれた少女が口を開く。
エコーがきつくかかって本当の声はわからない。
なんとなく長テーブルに座る女たちよりも一回りほど若い印象である。
「退屈しのぎにゲームをしましょう。くじ引きで順番を決めて、誰がいちばん最初に翠色の奴を狩れるか――」
「どおりゃあああああああああああ!」
どこからか大声が聞こえた。
直後、続けて凄まじい轟音が響いた。
薄暗い室内が一瞬にして真昼になったように明るくなる。
長テーブルに座っていたウォーリアたちは誰一人として目を開けていられない。
部屋の中に暴風が巻き起こる。
「な、なんだっ!?」
何が起こったのかは誰もわからなかった。
最初に視力を取り戻した者は信じられない状況を目撃し言葉を失う。
女王が座っていたステージには……何もなかった。
比喩ではない。
テーブルも、椅子も、女王の姿も完全に消失している。
その代わりに部屋の右側には大きな穴が空いて外の光が漏れていた。
そして反対側の壁には巨大な鉄球がめり込んでいる。
壁と鉄球の隙間から、真っ赤な血がじわりとしみ出ている。
「じょ、女王……?」
唖然とするウォーリアたちをよそに壁の大穴から人影が現れる。
「正義の味方、参上!」
「あの、隠密行動って聞いてましたよね? なんで正面から乗り込むんですか?」
ラフなジャケット姿の、やや長めの後ろ髪を風に靡かせた壮年の男性。
その後ろから影のように黒い服の少年が姿を現した。
男は片手を額に当てテーブルのウォーリアたちを眺め回す。
「さて、女王とかいうやつはどこだ?」
「鉄球が直撃して潰れたんじゃないでしょうかね」
「いくら何でもウォーリア集団のボスがそんな弱いわけねえだろ」
小馬鹿にしたような、ここがどこだかわかっていないような、ふてぶてしい態度。
そんな闖入者たちの態度にウォーリアの一人がキレた。
「テメエら、ふざけてんじゃねえぞっ!」
椅子をはね飛ばして立ち上がる。
彼女は右手を上げて何らかの固有能力を使おうとした。
しかし、それが発動するよりも速く黒い服の少年が対処する。
「……ぁ?」
額に一〇センチ程度の長さの小刀が突き刺さった。
それはNDリングの防御壁を容易く貫いている。
攻撃を受けたウォーリアは力が抜けたように着席した。
小さな呻き声だけ残してあっさりと絶命する。
「おう。やるじゃねえか陸玄」
「気を抜かないでください。あと一応は敵地なんですから、名前で呼ぶのは辞めてください」
残ったウォーリアたちがテーブルを蹴って散開する。
「気をつけて。こいつら、ただ者じゃないわ!」
「よくもリョウコをやりやがったな! 殺す、殺す、殺す!」
「……手加減無用……」
さすがに歴戦の東京治安維持部隊のウォーリアたち。
奇襲による指導者の喪失というショックからすばやく立ち直る。
そして彼女たちは目の前の敵に対処すべく動き始めた。
「お、やるか?」
壮年の男性が背中に担いだ鞘から刀を引き抜いた。
「陸玄、お前は手を出すなよ」
「ひとりで大丈夫ですか? さすがのあなたでもこの数のウォーリアが相手では……」
「おいおい誰に言ってんだ? 俺は『魔王』だぜ」
壮年の男の方はにやりと笑って見せた。
黒い少年はため息を吐いて後ろに下がる。
「冗談はともかく、この場は任せました。危なくなったら手を貸しますよ」
「ああ。たぶん出番はねえけどな」
「舐めんなテメェら!」
ウォーリアたちは彼らの態度を単なる挑発だと決めつけた。
鉄球による奇襲といい、リョウコを倒した隠し武器といい、油断していただけの話だ。
冷静さを欠くことなくそ固有能力を発揮すればこんな得体の知れない奴らに負けることはない。
そのはずだった。
ところが、男は逃げる素振りすら見せない。
日本刀を肩に担ぎ、周囲を見回して挑発するように指を立てた。
「さあ、かかって来いよザコ共」
ウォーリアの固有能力の恐ろしさも知らないのか。
どこの誰だか知らないが、舐めたことを後悔させてやる。
「死にやがれ!」
残った四人のウォーリア全員が同時に攻撃を開始した。
※
「終わったぜ」
男は少年は刀を腰の鞘に納めた。
「……異世界帰りとかいう冗談はともかく、聞きしに勝るとんでもない強さですね」
「いや、冗談じゃねえって」
男の足元には四つの惨殺死体が転がっている。
どれも原形を留めないほどに切り刻まれたウォーリアたちの死骸である。
「つーかこれでも本調子じゃねえけどな。JOYが使えりゃこんな奴ら一秒で終わってるぜ」
「待ってください、火刃からの連絡です」
黒い少年……秋山陸玄はカバンから通信機を取り出した。
SHINEを動力にした貴重な遠距離連絡手段である。
「もしもし」
『おう陸玄か? そっちの調子はどうだ』
「いま東京のウォーリア拠点を壊滅させたよ。ほとんどショウさんが一人でやったんだけど」
『それは良かった。ところでちょっと気になる情報があるんだが』
陸玄はしばらく通話先の仲間と通話を続けた。
「わかった、探してみるよ」
『よろしく頼むわ。それじゃあまたな』
会話を終えて通信を切る。
「火刃か? なんだって?」
『探して欲しいものがあるって言ってました。押収されたクリスタ共和国の秘密兵器だとか』
「秘密兵器ねえ」
男は……『異世界帰りの魔王』を名乗る壮年男性ショウは、たいして興味もなさそうに腕を組んで首を傾げた。
陸玄は未だにこの男のことがよくわからない。
わかるのは、彼がとてつもなく強いこと。
それこそウォーリア相手でもまったく問題にならない圧倒的な戦闘力を持つ人物だ。
「面白そうじゃん。具体的にどんなモノなんだ?」
「なんでも大きな宝石が付いたリングだとか」
「よくわかんねーけど、使えるものは何でも使っていこうぜ」
そして彼がこの世を支配する者たちに反感を抱いていること。
すなわち、紅武凰国の打倒を目的としていること。
「ようやく存分に暴れられるんだ。紅武凰国だか何だか知らねえけど、俺がこっちにいねえ間に好き勝手やりやがって。借りは倍にして返してやるから首を洗って待ってやがれよ!」
少年たちは圧倒的な武力によって理不尽に虐げられてきた。
反撃する力を得た彼らの逆襲が今、始まる。




