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……

 猫のリシアが入り込もうとしていた溝は消失する。

 足場が消えて落ちてきたボンテージ女は軽やかな足取りで地面に着地した。


「な、なんだ、これ……」

「俺様の固有能力さ。逃げ足の速い野良猫もここからは出られないぜ」


 全然意味がわからないが、頬をつねっても目が覚めない。

 どうやら目の前の状況は現実らしい。


「なんなんだよ、あんた一体何者なんだ?」

「アキナ。見ての通りのウォーリアさ」

「ウォーリア……」


 それって確か警察ブシーズの中の特殊部隊の名前じゃなかったか。

 こんな変な格好の女が特殊部隊だって?

 いや、仮にそれが本当だとしても、この空間はなんなんだよ。


「で、そういうお前は誰だ。その猫の仲間か?」

「えっ、いや、違うけど……」

「巻き込まれただけの民間人か。まあいい、ついでに死ね」


 不穏な言葉を聞いたような気がする。


「秘密を知ったからには二等国民だろうが生かしちゃおけねえからな。恨むならその猫を恨めよ」

「ちょ……」


 アキナというウォーリアがすさまじい速度で翠に接近する。

 あっと思った時にはもう目の前にいた。


 腹に強い衝撃を受ける。

 自分が吹き飛ばされたと気付いたのは背中を壁に叩きつけられた後だった。


「が、はっ……!?」

「っと、手加減しすぎたか」


 全身がばらばらになりそうなほど痛い。

 なんだよ、なんなんだよこれ。

 なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけないんだ……




   ※


「さて、雑魚の始末は後だ。まずは目的を果たすか」

「ちっ……」


 リシアは閉鎖空間の出口を探して逃げ回る。

 だがアキナによってあっさりと捕らえてしまった。


「逃げんなクソ猫」

「うわっ! 離せ、離せっ!」


 首の後ろを掴まれ持ち上げられた。

 必死に腕を振って爪で引っ掻こうとするがアキナには届かない。

 邪悪に歪んだアキナの顔は弱い生き物をバカにするような薄笑いを浮かべていた。


「さあ、クリスタの秘密兵器とやらを出せ」

「……っ」

「っても、どう見てもそんな大層な物は持ってないよなあ。腹の中に隠してんのか? 裂いて取り出しゃいいのか?」


 リシアはゾッとした。

 このままじゃバラバラにされて殺される。

 遠い異国の地でこんな動物の姿で最期を迎えるなんて冗談じゃない。


「し、CDリングならアイツが持ってるよ」


 あごをクイッとしゃくり、向こうで倒れている少年を示す。

 さっきの会話の反応からCDリングを持っているのは間違いないだろう。

 大方、高価そうな宝石に目がくらんで手放すのを惜しいと思って誤魔化したに違いない。

 欲をかいた代償として身代わりになってもらおう。


「へえ……?」


 アキナは少年の方を見る。

 彼は蹲って苦しそうに咳をしていた。


「まあいいわ、どうせここからは誰も逃げられねえしな」


 リシアはゴミのように放り投げられたが、猫の身のこなしで着地する。

 即座に数メートルほど離れるがアキナは追ってこなかった。

 ただ、彼女はこちらを振りむいて冷酷に告げる。


「もし単なる時間稼ぎだったら、時間をかけて苦しませて殺してやるからな」


 これは賭けだ。

 黙って殺されるくらいならやるしかない。

 アイツが本当にCDリングを持っているかどうかの賭け。

 暴走した力がウォーリアすら吹き飛ばせるほどの威力があるかどうかの賭け。

 そして万が一、いや億が一にも……アイツに適正があるのなら。


 アキナが十分に離れ、少年に近づいた所でリシアは叫んだ。


「おいっ起きろっ!」

「ぐっ、はっ……」


 苦しむ少年の前でアキナは立ち止った。




   ※


「このままじゃ殺されるぞ! それが嫌ならはやくCDリングを……クロスディスターリングを身につけるんだっ!」


 どこかで少女が叫んでいる声が聞こえる。

 翠は経験したことのない痛みのせいでそれどころじゃなかった。


 頭の中に単語が断片的に染みこむ。

 クロスディスターリング……?


 ああ、あの金色の腕輪か。

 質屋に流せば高く売れそうな宝石がついた腕輪。

 あれを換金した金があれば念願のバイクも買えたかもしれない。

 でも死んだらそれも叶わない。


 死ぬ?

 なんで?


 殺されるからだ。

 目の前に立っているイヤラシい格好の女に。

 周りはよくわからない壁に取り囲まれて逃げることもできない。


 翠はポケットに手を入れた。

 そこには確かに硬い感触があった。

 朝に拾った腕輪だ。


 ウォーリアの女は立ち止まって後ろを向いている。

 その表情は見えないが憎悪を溢れさせている感じは翠にもわかった。


「コラ、クソ猫野郎。テメエ……」


 そのうちにポケットから取り出した金色の腕輪をほとんど無意識に左手にはめる。


 ドクン。

 心臓が強く脈打った。

 体の内側から何かが溢れてくるようだ。


「叫べ! 力を解放しろっ!」


 また少女の声が言う。

 何を叫べば良いのだろう?

 それを疑問には思わなかった。


 言葉は自然とわき上がってくる。

 気付けば翠は立ち上がり、腕輪をはめた左手を掲げていた。


 そして叫ぶ。




「クロスチャアァァァジ!」




 光が溢れた。

 物質的な圧力すら持った圧倒的な光が。


「う、おっ……!?」


 アキナは顔を腕で覆う。

 目など開けてはいられない光の本流だった。

 ウォーリアとして戦闘勘がとっさに身を守るべく光の発生源から距離をとる。


「そんな、まさか……」


 リシアは驚愕していた。

 彼女はCDリングの力を暴発させるつもりだった。

 適性がない故に力を扱いきれなかった少年ごとアキナを吹き飛ばすもりだったのだ。


 だから、こんな結果は一億分の一ほども期待していなかった。

 偶然リングを拾った人間が、自覚のないSHIP能力者だったなんて。


 光の中からそれは姿を現した。


「大地に芽吹く木々の葉よ――」


 ふわりと拡がる翠色の髪。

 翡翠色、黄緑色、緑がかった白の三色のワンピースドレス。

 膨らんだ胸の辺りに大きなリボンと、風になびく両袖とスカートのフリル。


「――調和と命司る、翡翠色の愛戦士!」


 その()()は腕を大きく回し、左手を斜め上に掲げ、ポーズを取って名を告げた。


「ディスタージェイド、ここに見参!」




  第五話 オレがヒロイン!? その名はディスタージェイド!




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