4 示威
西端の区画でコアピースが大量に売り出されているという話を聞いたリシアは、ファルと連れ立ってわざわざ足を伸ばすことにした。
その途中で二人は大規模デモに遭遇する。
「日本人を殺せ!」
「俺たちの世界を取り戻せ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
最下層から見て二〇〇メートルほど上の階層。
いくつものビルの間を貫く都市の背骨とも言える大通りで。
車両用通路にまで溢れ出る程の人々が一斉に憎悪の声を上げていた。
「日本に攻め込めーっ!」
「戦争をもう一度! 制裁をもう一度!」
「軍は核ミサイルを東京にぶち込んでやれー!」
叫ぶ内容は段々と過激になっていく。
政府が募集を掛ければ今すぐにでも軍隊に志願しそうな勢いだ。
リシアとファルはそれを少し斜め上の細い通路から呆れた目で見下ろしている。
「不様ねえ。こんな所で声を上げても何が変わるわけでもないのに」
「しっ、誰かに聞かれたら袋叩きにされるぞ」
ファルの言葉には同意だが、彼らの気持ちもわからないでもない。
自分たちが地下世界で暮らすことを余儀なくされた理由。
それは日本人の作り出したEEBCにあることは誰もがよく知っている。
そして確たる証拠はないが、それを暴走させ地上から電気エネルギーを奪ったのも日本人だという陰謀論をみんなが信じていた。
高度な文明を維持しているとはいえ、地下世界は太陽の光も届かない、常に圧迫感に苛まれる閉塞された土地である。
その鬱憤を晴らすためにこのように定期的なデモを行ってガス抜きを行わなければ社会の秩序を保てないのだ。
もちろん現実にクリスタ共和国政府は戦争準備などはしていない。
そもそも地上に出れば彼らの誇る高度な電気文明はすべて役立たずになる。
軍隊は存在するが役割は都市防衛のみ。
結局、これらの行動は民衆のガス抜き以上の意味を持たない。
しかし制御が取れない暴徒と化した民衆の恐ろしさはよく知っている。
リシアたちのよく知る片足の博士は、かつて日系人であるという理由だけで半殺しにされた。
「本気で世界を救おうと行動している人を邪魔するくせに……」
「ああ。だからアタシたちはあんなのに関わっちゃ行けない。さっさと行こうぜ」
憎しみを込めた目でデモ集団を睨みつけるファルの肩を抱いて先を促す。
リシアだって内心は面白くないけれど、あんなやつらに関わったって良い事なんてないのは確だ。
※
透明なパイプの中を走る軌道電車は都市中を網の目のように走っている。
さすがに最下層にまでは通っていないが、最寄りの駅から乗り込めばアンダーシアトルの西端まで二時間とかからない。
降りた駅から歩いて十五分の所に違法市場があった。
初めて来る場所だが、どこも勝手は似たようなものである。
低い天井と狭い空間の中にはいくつもの裏商店が店を構えている。
「さて、どこから探そうかしら」
「適当に歩いてれば見つかるんじゃない。アタシは向こうを探すわ」
「それじゃあたしはこっちから」
手分けしてコアピースを仕入れている店を探す。
程なくしてそれぞれ別々の店を発見し、バジラから渡された資金の許す限りに買い込んだ。
「えっへへー、随分買えたわね」
予定よりも多くコアピースを購入することができたファルはご満悦だ。
リシアの態度をよくからかうが、彼女もやっぱりバジラから褒めてもらえるのは嬉しいらしい。
「それじゃ帰るか」
ずっしりとと重くなったバッグを担いで帰路につく。
余った資金でアイスクリームを買ってパイプ電車の中で食べた。
駅を出るとデモはもう終わったらしく通りには静寂が戻っていた。
最下層スラムに辿り着く頃にはもう『日暮れ』である。
夕日を演出するため都市を照らすライトが徐々にオレンジ色になっていく。
やがて各所に取り付けられた白色灯が月明りを模した頼りない輝きで辺りを淡く照らす『夜』になる。
「たっだいまー」
隠れ家の戸を勢いよく開けてファルが大きな声でただいまを言う。
いつもならバジラの控えめな返事が迎えてくれるが、今日はおかえりの声はなかった。
「あら、出かけてるのかしら?」
「リシア、ファル!」
ファルが首をかしげると、どこかで二人の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「なんだ?」
二人は顔を見合わせて外に出た。
隠れ家のある岩場をぐるりと廻ったところに少し広めの空き地がある。
どうやら声はそこから聞こえてきているようだ。
「二人ともおかえり」
声の主はバジラだった。
心なしか普段の彼と比べて声のトーンが高い。
空き地には見慣れない大きな木箱が鎮座していた。
下部には車輪がついて押し運べるようになっている。
「こんな所でなにをやってるんですか?」
リシアが尋ねると、バジラは高揚しながら驚くべきことを言った。
「これから地上に出てみようと思うんだけど、一緒に来るか?」
またまたリシアとファルは顔を見合わせた。
一瞬だが言われたことの意味を理解するのに時間がかかった。
地上。
そこは自由の代わりに高度な文明を失った不毛の地。
E3ハザードのせいで電気エネルギーの利用ができなくなり、クリスタ共和国の誇る電子機械はすべて使い物にならない土地。
そこに出るということは、つまり……
「車が完成したんですか!?」
ファルが食いつくように身を乗り出した。
バジラは薄く笑いながら肯定とも否定ともとれない反応をする。
「まだ試験段階だけどね。せっかくだから二人にも一緒に見てもらおうと思って」
「行く行く、行きます!」
「あ、アタシも!」
この半年、バジラが寝る間も惜しんで組み立てていたオレンジ色のバギー。
電気エネルギーを一切使わない旧式の車。
ガソリンのない今のクリスタでは動くはずのないもの。
特殊な方法を使ってそれを動かそうと、彼が日々試行錯誤していたことはよく知っている。
それがようやく完成したなら是非ともこの目で試走するところを見てみたい。
「それじゃ、まずはこいつを地上まで運ぼう。地下都市内じゃエンジンは掛けられないからね」
どうやらこの大きな木箱の中にバギーが入っているようだ。
閉ざされた地下都市で排気ガスを放出するのは深刻な公害となりうる。
蒸気機関や内燃機関の類いはすべて違法であり、作っていることがバレたら一発で警察にしょっぴかれるのだ。
しかし……
「こんなのどうやって地上まで運ぶんですか?」
ファルが当然の疑問を口にする。
当たり前だが公共交通機関であるパイプ電車には積めない。
車両専用通路を使うのも道を塞ぐことになってしまうので不可能だろう。
地上は遙か数百メートル上にあって、こんなデカいものを重力に逆らって運んでいくのは並大抵のことではない。
何らかの機械的な方法があるのだろうとリシアは楽観的に考えたが。
「もちろん引っ張っていくのさ。坑道内に地上に繋がる坂道がある。トロッコを借りてあるから、とりあえずそこまで押していこう」
バジラは涼しげな顔で気の遠くなるようなことを言った。




