1 地下
排気ダクトのモーターが廻る低い音が響いていた。
雑多に取り付けられた蛍光灯の淡い明かりが頭上を照らす。
トタンで区切っただけのスペースに無数の商店がひしめき合っている。
それぞれ持ち寄った品物を専門に扱う商人がいて、様々な国の言語が飛び交っている。
白人が多いく、黒人や中東系の人間もいるが、アジア系の人種は殆ど見られない。
三人が並んで歩けば塞がってしまう狭い中央通路は過密すぎるほどの人で溢れていた。
人の流れの中に一人の少女がいた。
歳のころは十代前半くらい。
大きな黒い瞳。
浅黒い褐色の肌。
ぼさぼさのパーマ。
快活そうな印象を受ける中東系の少女である。
ただし、彼女は目が合う者すべてを射殺すような激しい憎しみのこもった視線を方々に向け、周囲の人々に無言の威圧感を与えながら歩いていた。
「くっそ、通せ!」
彼女は必死にこの押し合いを制するため力を振り絞っている。
強引にでも割り込まなければ目当ての店にはたどり着けないからだ。
なんとか目的の店を見つけ、人混みから顔を出した少女は、スキンヘッドの黒人店主の前で指を立てた。
「オジサン、コアピース! あったら三つほどちょうだい!」
少女の声を聞いた黒人店主が顔を歪める。
「俺はまだオジサンなんて歳じゃない。何度言ったらわかるんだリシア」
「それは失礼。あんたのその老け顔を見るとつい、ね」
リシアと呼ばれた少女はさっきまでの押し合いの時とはうって変わり、年相応に無邪気な笑みを見せた。
黒人店主は大きなため息を吐いて戸棚から三つの石を取り出す。
「ムカつくガキだが上客を悪し様にはできん。ちょうどいま入荷したところだから持って行け。代金は三〇〇〇ドルな」
「高いよ」
「じゃあ三〇ドルでいい」
お約束の冗談を適当にかわしつつ、リシアは店主に一〇ドル紙幣を三枚握らせた。
「オマケだ。こっちのちっこいのも一緒にくれてやる」
「お、ありがと」
「客相手にこんなことは言いたくないんだが、いい加減にあの日系人と付き合うのは止めた方が良いぞ。シグーの坊ちゃんにも……」
「お説教は間に合ってるよ。それじゃあね」
リシアは軽く手を振って人混みの中に戻っていく。
人の忠告もろくに聞かずあっという間に姿を消した。
少女を見送った黒人店主は大きくため息を吐いた。
※
ここはクリスタ共和国アンダーシアトル。
大災厄E3ハザードが起こる前の国名はクリスタ合衆国。
そのさらに前はアメリカ合衆国と呼ばれていた国だ。
この国は太陽の光が当たらない地下世界で外の世界とは隔絶した繁栄を極めていた。
EEBCの暴走によって世界は電気エネルギーを失ってしまったが、この大陸の地面の下だけはその例外であった。
災厄前、電気エネルギー消失を予期していたクリスタ合衆国の複数の企業が連携し、もしもの時に備えて巨大な地下都市を建設していたのである。
ここではE3ハザード以前と同様に電気エネルギーを使った社会生活が続いておりユーラシア大陸の戦火も届いていない。
また、地下都市とは別に地表では自然と調和することを選んだ人々が、ユーラシアの各国同様の近世以前の前時代的な生活を営んでいる。
機械文明の消失を拒んだ者たちは広大な大地や太陽の光と引き替えに二十一世紀初頭と同様の文明社会を保持したのだった。
彼らが使っている電気機械は地上に出ればたちまち機能を失う。
それ故にこの地下都市が地上の国々に干渉することはない。
太陽の光が届かないネオンの明かりに彩られた世界。
こんな所でも人間たちは逞しく生きている。
リシアは注意深く扉を開いた。
隙間から顔を出し、パトロール部隊がいないことを確認すると、素早く外に出る。
彼女が買い物をしていたのは非合法のショップ区画である。
クリスタ新政府は居住空間を拡大するため民間に掘削技術を伝えて無秩序に地下都市を拡大させた。
当然、法の目が届かない場所も生まれ、中には政府が禁じている物品を公然と販売している区画もある。
リシアが出てきたショップ区画もそのうちの一つである。
壁面と一体化したビルがこの区画の入口で、奥には二〇〇平方メートル程度の小空間に無数の闇商店がひしめき合っている。
とはいえ区画から一歩でも出れば法の及ぶ公共の場。
非合法の物を持ち歩いているのを見られればタダでは済まない。
カバンに隠したコアピースの感触を確かめながら小走りで本拠へと急ぐ。
アンダーシアトルのメイン街区は天井から吊り下げられた巨大なビルディングが無数に乱立する地下二〇〇メートルに及ぶ広大な空間である。
建物の間を縫って歩行者用通路が縦横斜めに走り、それが都市補強の骨組みの役割も兼ねている。
ビルには入口がいくつもあって通路を伝うことで建物間の移動が可能である。
歩行者用通路とは別に備えられた広めの自動車用通路もある。
そこでは一人乗りの小型電気自動車がゆっくりと走行していた。
「ふん」
のろのろと走る電気自動車を見てリシアは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
排気ガスを発生させる内燃機関は地下都市では御法度である。
狭い一本道の道路では自ずと車体も小さくなる。
速度も三〇キロを超えてはいけない。
それでも移動の足としては十分に便利なのだが……
「あんなのが車って言えるのかよ」
リシアは不機嫌そうに独り言を吐きながら、斜めに伸びる通路を駆け下りていった。




