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CROSS DAYSTAR JADE -Jewel of Youth ep3-  作者: すこみ
第三話 戦地
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9 皆殺

「うぎゃああああああああああっ!」


 瑠那が攻撃に耐えていると、囲んでいた男の一人がとつぜん炎に包まれた。

 警備員や事務員たちは蜘蛛の子を散らすように下がっていく。


 火だるまになった男は絶叫を上げながら床を転がった。

 瑠那はぽかんとしながらその光景を眺めている。


「ったくよお、ここまで使えねえとは思わなかったぜ」


 ゾッとするような冷え切った声。

 顔を上げるとキルスが立っていた。


「あ、先輩。これは……」


 言い訳をしようとする瑠那を無視してキルスは部屋の奥へと進んだ。

 彼は火だるまになった男を見ている別の警備員の腕を引っ掴む。

 そして強引に手を開かせ、おもむろに指を引きちぎった。


「ぎゃあぁぁっ!」


 さらに別の指。

 また違う指。

 次は手首。

 そして肘から先。

 左手で掴んで動けなくした状態で少しずつ身体をむしり取っていく。


「やめ、やめてくでっ! 痛い、痛いよぉっ! 死ぬしぬ死んじゃうううぎゃぎゃぎゃ!」


 泣き叫び懇願する声は無視。

 やがて肩まで千切られた男は糸が切れたように動かなくなった。

 キルスはこれ見よがしに死んだ男の首を引っこ抜いてボールのように放り投げた。


 その後、良く通る声で全体に告げる。


「一歩も動くな。声を出すな。次にこうなりたい奴だけ好きに抵抗しろ」


 騒いでいた者も抵抗していた者も怯えていた者も、誰ひとり声を発しなくなった。


 圧倒的な暴力による見せしめ。

 どんな恨みや信念も恐怖の前では無力。

 瑠那は改めてこの先輩の恐ろしさを知った。


「てめえのそのNDリングは飾りか? ウォーリアとしての自覚がないなら国に帰れ」

「す、すみませ――」


 謝罪の言葉を口にする前に裏拳で頬を殴られる。

 普通の人間なら頭蓋骨も粉砕される拳。

 拳銃の弾丸の何十倍も痛かった。


「ほら、行くぞ」


 キルスは凍り付いたように震え上がっている事務員たちの間を抜けて窓側へと向かった。

 瑠那も黙ってその後に続く。


 恐怖に飲み込まれた男たちの表情を見る。

 それはさっきまで自分に怒りを向けていた者たちとはまるで違っていた。

 これが自分とキルスの差なのだろうと思うと、悔しいやら悲しいやら複雑な感情が渦巻いた。


 窓の格子を強引に破り、キルスは建物の外に飛び出した。

 瑠那は迷った。

 せっかく占拠した事務室を放っていいのだろうか?

 ウォーリアが去った後、彼らを放置しておけば、また騒ぎ出すに違いない。


 しかし先輩から「行くぞ」と言われたからには着いていくしかないだろう。

 四階の高さから飛び降りるのは瑠那にとっても問題ではない。

 縁に手をかけて跳躍し外へ躍り出る。

 砂埃を巻き上げて裏路地に着地すると、先に外へ出ていたキルスとカミュが並んで立っていた。


「おい、開けろ!」


 そこにはちょうど建物の裏口である。

 中から激しく扉を叩いている何者かがいた。


 しかしドアは接着されているようにビクともしない。

 これは恐らくカミュの固有能力である。


「工廠の位置は掴めたのか?」

「ああ、社長を締め上げたらあっさりとゲロったぜ。ご丁寧に地図まで寄越してきやがった」


 キルスが一枚の紙切れを取り出しカミュに渡す。

 そこで瑠那はようやく理解した。


 どうやら瑠那が任されたのは実際には単なる攪乱だったようだ。

 人が多い場所を混乱させているうちにキルスが情報を入手する作戦。

 事前に知らせて欲しかったが、もちろん声に出して文句などは言えない。


「これは……」

「ああ、面倒な仕事が増えそうだぜ」


 紙切れに目を通したカミュの表情が歪む。

 応えるキルスはなぜか嬉しげに声を弾ませていた。


「とにかく今日の仕事はお終いだ。おい役立たず。宿はちゃんと取ってあるんだろうな?」

「は、はい。ここから歩いて一〇分程度の場所です」


 ここ一番街と瑠那が先ほど宿を取った二番街は橋を渡ってすぐの隣接した区域である。


「おーし、そんじゃ後始末が終わったらさっさと行くぞ」


 後始末?

 まさか……


 瑠那は建物が雨も降っていないのに濡れていることに気付いた。

 カミュの固有能力は粘着質の液体を作りだして操る力だ。

 粘度は自由自在で氷のように固めることもできる。

 建物のドアを固定しているのもこの液体である。

 他にも応用として人間の顔にかけて窒息死させることもできる。


 そして、この液体のもう一つの特徴。

 それは非常に燃えやすいこと。


「それ、キャンプファイヤーだ!」


 キルスの固有能力は炎を操る。

 可燃性の液体に包まれた四僉工業公司の本社はあっという間に燃え上がった。


「うぎゃあああーっ!」


 扉越しに凄まじい絶叫がいくつも折り重なって聞こえる。

 煉瓦造りのビルは木造りの建物と違ってそう簡単には焼け落ちない。

 中にいる人間は蒸し焼きだろう。


「な、何もここまで……」


 問答無用の皆殺し。

 勤めていた社員の中には企業が条約違反に関わっていたことすら知らない者もいるだろう。

 思わず呟いた瑠那の肩をキルスが強く引き寄せた。


「甘く考えるのもいい加減にしろよ。ここには条約違反の兵器の設計図がある。当然どこかにコピーは隠してあるだろうし、それが広まれば戦場でもっと多くの犠牲が出るんだぞ」


 だからってこんなやり方は変だ。

 人の命はそんなに軽いものじゃないだろう。

 紅武凰国のウォーリアとしては正しいのかもしれないが……


「こりゃ性根をたたき直してやらなきゃいけねえな。宿に着いたら折檻だ。今夜は寝かさねえから覚悟しておけよ」


 耳元でささやくキルスの声に背筋がぞくりとした。

 この人たちには逆らえない。

 自分もまたウォーリアの一員なのだ。


 瑠那はなぜか今の自分をとても恥ずかしく思った。

 それが彼らの同類だからなのか、意見すら言えない未熟さのせいなのかはわからない。


「ほら、とっとと歩けよ」


 煉瓦の建物が焼け落ち始めるのを待たず、瑠那はキルスに引きずられながら宿までの道案内を命じられた。

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