2 戦地
「キルス」
兵士たちの悲鳴がすべて絶えた後、虐殺者は名前を呼ばれて顔を上げた。
塹壕の上に立つ別の女が見下ろしていた。
壕の中で燻る炎がその姿を照らす。
根元だけが黒いオールバックの青髪に、青いワイシャツと青いスラックス。
無表情ながらも切れ長の瞳が咎めるような色を宿しているように見える。
赤と青。
どちらも特徴的な印象を持つ女戦士であった。
「おうカミュ。遅かったから一人で終わらせちまったぜ」
「今作戦の目的は制圧ではなく攪乱だ。固有能力を使ってまで殲滅する必要があったか?」
青い女、カミュが叱責する。
赤い女、キルスは肩をすくめた。
「手っ取り早く済ませるのが一番だろ。問題なく終わったんだからいいじゃねえか」
「時間はいくらかけても問題ない。私たちが来るまで待てなかったのか」
「だって撃たれたら痛えし。榴弾食らったら怪我するだろ」
口論を続ける二人。
そこに遅れてまた別の人物がやって来た。
「すみません、遅くなりました!」
中性的な顔立ちと黒髪のせいか見た目の印象はかなり若い。
まだ少年と言っていい年齢の男の子である。
Tシャツにジーンズというラフな格好で、他の二人に対してカラーに統一性はない。
歴戦の雰囲気を醸し出す赤青の二人に対してどこか甘さが見える。
身長も女戦士二人に比べて頭一つ半ほど低い。
「うっ……!」
少年は顔を歪めて口元を抑えた。
辺りに残る人が焦げた匂いと、真っ黒に炭化した兵士たちの遺体を見て気分を悪くしたようだ。
「おいおい頼むぜ坊ちゃん。遅いのは百歩譲って許すとして、戦場で吐くとか勘弁しろよ」
「わ、わかっています」
黒髪の少年は喉を鳴らして口元を拭った。
が、ちらりと視界に入った死体にまた顔を歪める。
「大丈夫か、瑠那」
気遣わしげな言葉と裏腹にカミュの表情には使えない後輩を蔑む色が混じっていた。
それに気付いた黒髪の少年、瑠那はことさら大声で返事をする。
「大丈夫です、問題ありません!」
「キルスのおかげで作戦は完了だ。先に撤退する」
言うが早いかカミュは身を翻して夜闇の中に姿を消した。
「人には急ぐなとか言っておきながら、せっかちな女だぜ」
ほとんど足を曲げない跳躍で塹壕の淵にまで上がってきたキルス。
彼女は苦笑いを浮かべながら先に帰った同僚に文句を言う。
それと同時にやはり冷たい目を瑠那に向けた。
「ま、トロくて使えないガキよりはマシだけどな」
「……っ」
反論をする間もなくキルスもまた姿を消す。
二人とも瑠那を置いてさっさと帰ってしまった。
「ボクだって……!」
瑠那は下唇を噛みしめながら夜闇の中を駆け出した。
一歩一歩が数メートルの歩幅があり、蒸気自動車を遙かに超える速度で駆けていく。
落ちこぼれとは言え彼も決して普通の人間ではない。
紅武凰国のウォーリアと呼ばれる超人である。
※
三人のウォーリアは列車に揺られていた。
ユーラシア大陸南部を横断する蒸気機関車である。
軍関係者と一部の高官だけが乗ることを許されたこの地域で唯一の陸上高速移動機関だ。
四両編成の列車は黒い煙を吐きながら森の中を切り裂いて敷かれたレールの上を走っていた。
「そもそも、あんな任務は俺たちがやるべきことじゃねえんだって」
キルスは毛布を三重に敷いた上に腰掛け、壁に背中を預けながら不満を漏らした。
急造で敷かれた鉄道列車はあまり乗り心地が良いとは言えない。
「前線の一般兵に突っ込ませりゃそれで済むだろ。どうせ敵兵の数を減らすのが目的なんだし、明日にはロシア軍の反撃を受けて陣地奪還されるってのによ」
「私たちに任務に異論を挟む権利はない。黙って命令に従うだけだ」
カミュが同僚に冷たく言い聞かせる。
クールではあるがキルスの愚痴に毎度答えてやる程度に付き合いは良い。
似たようなやり取りをもうこの数時間で十回はくり返している。
「どうせなら殲滅任務とかを命じてくれりゃいいのによ。千人だろうが万人だろうが、コイツでまとめて火だるまにしてやるぜ」
ボールを掴むように指を曲げたキルスの右手に火球が生まれる。
その炎はランプの灯よりずっと強い輝度で車両内部を明るく照らす。
「むやみに固有能力を使うなと何度言えばわかるのだ」
「わかってるよ」
拳を握ると炎は消える。
車両内はまた薄暗くなった。
「我々ウォーリアの使命は戦線の調整だ。この力は己の欲求を満たすために与えられているわけではない。紅武凰国の一員として恥ずかしくない行動を心がけろ」
「はいはい、わかってますってば。言ってみただけだよ」
頭の後ろで腕を組んで不貞腐れるキルス。
そんな彼女にカミュはさらに注意を重ねる。
「それから、己の力を過信し過ぎると足下を掬われるぞ。我々とて無敵ではない。ウォーリア一人に戦場のすべてを支配できるほどの力はないのだからな」
「……まあ、さすがに万人相手は冗談だよ。体力が持たねえ」
「装甲もな」
NDリングで守備力を強化されているとはいえ、銃撃を食らえばそれなりに痛い。
ダメージが蓄積すれば不可視の装甲が破られて生身を晒す可能性もある。
「まあ、同じウォーリアでものトップクラスの人間なら話は別だけどな。例えば固有能力等級序列第二位の『海使い』とか」
ランプの下で本を読んでいた瑠那の肩がぴくりと震えた。
横目でそれを見ていたキルスはからかうような口調で水を向ける。
「残念ながら才能は遺伝しなかったみたいだなぁ、坊ちゃん」
キルスとカミュはその名の響きの通り紅武凰国の人間ではない。
生まれは旧ヨーロッパで身寄りのない孤児だった。
たまたま素質があって先輩ウォーリアに目をかけられ、今は外人部隊として厳しい前線任務に当たっている。
そんな彼らにとって本国出身のウォーリアは憧れであると共に嫉妬すべき対象でもあった。
ましてや自分たちより弱い者に対しては後者の感情しかない。
「おいガキ、黙ってないでなんとか言えよ」
「よせキルス。文句を言ったところで新兵が使えるようになるわけじゃない」
瑠那は心の乱れを隠して居心地の悪さに耐えた。
別に先輩の低俗な揶揄に腹を立てているのではない。
何も言い返せない自分の弱さが嫌でしかたないだけだ。
ウォーリアとして半人前。
固有能力すら未だに持っていない。
そんな自分の才能のなさがひたすら悔しい。
読んでいる本の内容はまったく頭に入っていなかった。




