3 言葉にしないと
「こいつを渡しておく」
長い昔話を聞き終えた後、瑠那は父から宝石のようなものを受け取った。
「これは?」
「オレのJOYストーンだ」
さきほど聞いたNDリンクの原型となる石か。
それぞれの固有能力を秘めたSHINEの宝石だ。
「インプラントってのがどうにも気持ち悪くてな。他人に渡して改良されるのも気に食わなかったから、いずれ使えなくなることを覚悟の上で持っていたんだが、こうしてお前に渡せて本当に良かった」
「う、受け取れません、これは父上の大切なものなのでしょう」
「いいからとっておけ。それをどう使うかは自分で決めるんだ」
「……わ、わかりました」
まだ瑠那は自分がこの先にどうするかを決めたわけではない。
しかし、父やマコトに聞いた話は真実と信じた上で考えてみようと思う。
そのためクリムゾンアゼリアから脱出するマコトたちには同行しないことにした。
やがてマコトとタケハが小屋に戻ってくる。
ケンセイと厳強王は先行して仲間と合流しているそうだ。
「マコトさん。それからタケハさんも、どうか父をよろしくお願いします。それと……すみませんでした」
「ああ。瑠那ちゃんも気をつけてな」
「我々の助力を得たくばいつでも連絡を寄越すといい。代わりに、本物のショウに関してわかったことがあれば教えてくれると助かる」
「任せてください。あの黒い奴は放って置けませんから」
どうやら偽物だったらしいショウという男と、彼が持っていたジョイストーンを奪い去った黒いクロスディスター。
父をこんな目に合わせたアイツを追うのも瑠那がクリムゾンアゼリアに残る理由の一つである。
「オレが言えた義理じゃないが……復讐心で動いてもろくなことにならないぞ」
「わかっています。その点は父上を反面教師とさせてもらいますよ」
「ははっ。言うようになりやがって」
速海駿也は一旦マコトたち反紅武凰国組織のところに身を寄せるが、その後で星野空人と合流する気はないらしい。
しばらくは安全な場所で治療に専念しつつ今後のことを考えていくそうだ。
そうしてマコトら反紅武凰国組織の面々は、速海駿也を伴って、クリムゾンアゼリア等外地区から去っていった。
※
「さて、と」
瑠那はまず先ほどの秘密牢の前まで戻ってきた。
そこには壁にもたれかかって座り込んでいる少年がいた。
「おい」
呼びかけるが返事はない。
彼……赤いクロスディスター、カーネリアンこと秋山紅葉は憔悴したように視線を地面に落としていた。
すでに黒い奴にやられた傷はチャージして回復しているが、信頼する仲間だった人物に攻撃されたことに精神に大きなダメージを受けており、完全に気力を失っている。
「おいっ!」
瑠那はそんな紅葉の胸ぐらをつかんで強引に立ち上がらせた。
「……離せ」
「うるさい。なんだ君のそのざまは。人のことをさんざん弱いだのなんだの言っておいて、自分は少し辛いことが起こればそんな風になるのか」
「お前に何がわかる。兄上は、僕がずっと尊敬していた兄上は――」
「わかるわけないだろ!」
瑠那は紅葉の横っ面を思いっきり殴りつけた。
地面に転がった紅葉は憎しみを込めた目で瑠那を睨み上げる。
「お前、なにを……っ!」
「なにも聞いていないボクに君の事情なんてわかるわけがない。わかって欲しいなら言葉を尽くして語れ!」
「お前なんかに話すことは何もない!」
「だったら無理やりにでも聞いてやる!」
もう一度瑠那は紅葉を起こし、殴る。
「……痛いな、上等だっ!」
今度は紅葉も倒れず、反撃の拳が瑠那の顔を打った。
そのまま二人はしばし殴り合う。
チャージもせず、召喚武器も使わないただの殴り合い。
年相応の中学生らしい拳と拳のケンカがしばらく続き、怒声と互いを殴り合う音が響いた。
※
それから約三十分後。
秘密牢の前で紅葉と瑠那は大の字に倒れていた。
「……気分は晴れた?」
「……おかげでな。しかし、どういうつもりだ」
「とにかくチャージをしよう。体中が痛くて仕方ないよ」
「自分からケンカを売っておいて」
二人はふっと笑い合い、同時にクロスチャージの言葉を発する。
殴り合いで傷ついた体が一瞬にして癒え、体力も全快になった。
体の傷はクロスディスターの特性ですぐに治る。
だが心の痛みはチャージでも癒されない。
なんとか紅葉が話をするだけの気力を取り戻したのを確認して、瑠那は彼に本題を打ち明ける。
「君の力を貸して欲しい」
「馬鹿を言うな。お前は紅武凰国側の人間だろう」
「いまはそうだけど、今後はどうするか迷っている。ボクは今まで知らなかったことをたくさん知ってしまった。でも、まだ答えを決めるだけの判断材料が足りない。だから上に行ってもっと多くのことを知ろうと思っている」
「判断材料……」
「君もそうだろう。なぜあの黒い奴が君を斬ったのか、真意を知りたいはずだ」
瑠那は紅葉の事情をほとんど知らない。
しかし、互いの目的が合致すれば協力し合えるとは思っている。
それに多角的な視点から情報が欲しい瑠那は、彼が戦ってきた理由も聞いてみたかった。
「クリムゾンアゼリアの上階は簡単に潜入できるような甘いところじゃないよ。ボクは父から安全な侵入経路を聞いて知っている」
「それは……っと、少し待っていろ」
紅葉は懐に手を突っ込み、携帯端末を取り出す。
端末は小刻みに震えている。
誰かから着信があったようだ。
「翠か、どうした」
『やーっと繋がった。どうしたじゃねーよ、そっちは何かあったのか?』
どうやら仲間からの連絡らしい。
紅葉は短い言葉で通話相手と情報を共有し合う。
彼は兄が自分を攻撃して単独で塔の上階へ向かったことを説明した。
「……そういうわけで、僕はこのまま兄さんを追う」
『別にいいけど。お前、大丈夫なのか?』
「誰の心配をしている。問題ないからそっちは勝手にやってくれ」
『わかった。気をつけてな』
「ああ、またな」
会話を終了し、紅葉は携帯端末を懐に戻す。
「緑色のやつか。なんだって?」
「外で動きがあったらしい。一度クリムゾンアゼリアの外に出るそうだ」
「君は一緒に行かなくてもいいのかい」
「いつも共に行動しているわけじゃない。兄さんはすでに日本軍とも袂を分かったようだし、僕にとってはこちらに残る方が重要だ」
「じゃあボクとは協力し合えるってことでいいのかな」
「ああ、精々利用させてもらう」
瑠那はまだこれから自分がどうすべきなのかわからない。
マコトたちと共に世界平和のために紅武凰国と戦うべきなのか。
あるいはやはりウォーリアとして国家のために彼らと戦うべきなのか。
その答えを見つけるためにも、立場が違えど、自分と同じ力を持った紅葉と一緒に上を目指してみようと思う。
「君は話下手みたいだけど、道すがら聞かせてもらうよ。君の過去や、何を考えて戦ってきたのかも、すべてね」
「ふん……」
知らなければわからない。
言葉にしなければ伝わらない。
相手を信じなければ理解できない。
だから、いまは一時休戦だ。




