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CROSS DAYSTAR JADE -Jewel of Youth ep3-  作者: すこみ
第二十三話 黒色の修羅
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2 倦厭

「く……くろっ…………クロス、チャージ……っ!」


 喉の痛みに耐え、なんとか声を絞り出す。

 その直後、瑠那の身体が淡い光に包まれた。


 全身の痛みが引いていく。

 傷ついた体があっという間に全快する。

 周囲のSHINEを吸収した瑠那は力を取り戻した。


「あいつっ!」


 召喚武器の槍を手に、黒いクロスディスターが去って行った方角を睨む。

 しかし怒り任せに追いかけるよりも先にすべきことを思い出した。


「そうだ、ち、父上っ!」


 あいつにやられた父、速海駿也。

 その負傷は決して放置できないほどに深い。

 瑠那は槍を放り捨て、倒れている父の下へと駆け寄った。


「父上、父上! しっかりしてください!」

「る、瑠那、か……?」


 ここに駆け付ける前にも何者かと戦っていたのだろうか?

 黒いクロスディスターにやられた以外にもかなりの傷を負っている。

 特に足の傷は酷く、奴との戦闘中も満足に動くことができていなかったようだ。


「無事だったんだな、よかった……」


 切断された右腕からはとめどなく出血が続いている。

 下手に動かすこともできず、瑠那は焦り惑うしかできなかった。


「ああ……! 父上……っ!」

「……なあ、瑠那、オレは……っ……」

「喋らないでください! 怪我に触ります!」

「は、速海さん!」

「速海殿っ……」


 無理して何かを喋ろうとする父を落ち着かせようとしていると、マコトをはじめとする反紅武凰国組織の面々が集まってきた。

 彼らも黒いクロスディスターにやられて手傷を追っているが父ほどの重症ではない。


「よぉ……お前らも、よく無事だったな……」


 先ほど聞いた彼らの話では、父と彼らはかつてL.N.T.という街に住んでいた者同士らしい。

 年齢は離れているため当時に面識はなかったようだが、彼らは父のことを良く知ってた。


「このままでは命に関わります。どこか安静にできる場所まで運びましょう」


 体格の大きな男、タケハという青年が速海の肩を抱いて持ち上げ背負う。

 切断された父の右腕はケンセイという男が素早く布でくるんで脇に抱えた。


「っ、痛てぇ……」

「しばし我慢を。厳強王、この辺りで医者の心当たりはないか」

「いやあ、生憎と等外地区のことはさっぱりっす」

「とにかく腕の切断面を冷やさねばならぬ。拙者は近隣を駆け回って氷を集めて来よう」

「オレは周囲に闇医者でもいないか探してくるぜ」


 父を救うためテキパキと行動を起こす反紅武凰国組織の面々。

 場慣れした彼らを頼もしく思いながらも、瑠那は己の無力さがつくづく嫌になった。


「ぼ、ボクにも何か手伝えることはありませんか!?」


 歩き出そうとしたタケハは足を止め、睨むように瑠那に視線を向ける。

 咎められるかとも思ったが、彼はふと優しい表情になってこう言った。


「速海殿に話しかけ続けてやってくれ。息子の声を聞けば生きる気力も湧いて来よう」

「わ、わかりましたっ」




   ※


 長い夢を見ていた気がする。

 深海の底から引き上げられるような感覚だ。


「父上、父上っ、死なないでくださいっ」


 それはずっと見て見ぬふりをしてきたもの。

 確かに血の繋がった自分の息子の声だった。


 速海が目を開けると、瑠那の顔が飛び込んできた。


「瑠……那……?」

「はい、ボクです! もう大丈夫ですよ、父上!」

「うっ……!」


 全身に激痛が走る。

 特に右腕は焼き切られたように痛かった。

 視線を向けると、明らかに短くなった自分の腕が包帯でグルグル巻きにされてる。


「大丈夫なもんかい。峠はこれから、生きてるのが奇跡みたいなものだよ」


 瑠那の背後では見慣れぬ老人が険しい顔をしている。

 速海は簡素なベッドの上に寝かされていた。

 周囲に視線を向ければ崩れかけたボロ小屋にいるとわかる。


「あたしができるのはこれが精一杯だ。死なせたくなきゃどうにかして外に連れ出して、ちゃんと清潔な場所で治療するんだね」

「ありがとうございます、お医者様!」

「礼なんかいらん。もらった金の分だけ働いただけさ……まあ、右腕は諦めるんだね」


 察するに等外地区の闇医者だろうか。

 死にかけていた速海に応急手当を施してくれたらしい。


 速海は瑠那を助けるため、無我夢中で黒いクロスディスターに挑んだ。

 しかし事前に洗脳状態で翠と戦っていたこともあり、無様に敗北。

 危うく殺されかけたが九死に一生を得たようだ。

 しかし、この腕ではもはや今後まともに戦うことはできないだろう。


「そうか……」


 すさまじい倦厭と無気力感が全身を蝕んでいる。

 いま現在、速海は紅武凰国に対する強い復讐心を失っていた。

 それはあの日から初めて心が平静を取り戻したのだと言えるかもしれない。


 一体自分は何をやっていたんだろう。


「よく考えてみりゃ、技原を殺したのは空人の奴なんだよなあ……」

「え?」

「戻ったぜ瑠那ちゃん……って、おっ。速海さん目を覚ましましたか!」


 小屋の戸を開けて男たちが入ってくる。

 L.N.T.の生き残りの一人、マコトである。


「こら、重傷者の前で大声を出すんじゃないよ!」

「あ、すんません……それより瑠那ちゃん、外の仲間と連絡が取れた。いまケンセイとタケハが誘導してるから、到着次第このまま速海さんを連れ出そうと思うけど、いいか?」

「他にも仲間がいらしたんですか」

「意見の食い違いで海外に避難してた奴らが、海外の事情がヤバいってことで、偶然日本に来てたらしい。速海さんもいいですか?」

「頼む。迷惑をかける」

「先に助けてもらったのはこっちの方ですから」


 マコトは一礼をして小屋から出ていく。

 続けて闇医者の老人も無言で退出した。

 後にはベッドに横たわる速海と瑠那だけが残る。


「なあ、瑠那」

「はい」

「ちょっと長くなるかもしれないけど、話を聞いてくれないか。オレがなんで紅武凰国を恨んでるのとか、お前の母さんを捨ててまで、一体何をしたかったのかとか」

「……は、はい、ぜひ聞かせてください! あ……でも、お体に障らない程度で」

「死ぬほどつまらない昔話だけど、我慢してくれよな」


 この前の列車の中では結局、一言二言くらいしか話すことはできなかった。

 考えてみれば瑠那とこうしてゆっくり話すのは初めてのことかもしれない。


「L.N.T.って街のことは知ってるか?」

「マコトさんたちから聞きました。やはりそれは事実なのでしょうか」

「事実だ。紅武凰国の前身であるラバースが自作自演でこの世界をメチャクチャにしたこともな」


 迎えがくるまでの間、速海は可能な限り自分のことを瑠那に伝えた。

 親としての初めての語らいは、恥ずかしい過去の思い出語りと愚痴にまみれたものになった。

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