8 陸玄の目指す先
「ぐおおおおっ!?」
タケハの巨体が吹き飛ばされ、秘密牢入口建物の壁面に打ち付けられる。
能力による強化の証である彼の赤黒い肌は意識の消失と同時に白く戻った。
「くっそ……どいつもこいつも、オレらを雑魚扱いしやがっ……て……」
周囲にはすでに厳強王、ケンセイ、マコトの三人が同じように倒れている。
まだわずかに意識の残っていたマコトは最後に恨みのこもった台詞を吐いて気を失った。
陸玄が倒したのは反紅武凰国組織の連中。
彼らには陸玄がショウを殺したように見えたのだろう。
うだうだと煩く詰め寄って来たマコトを殴りつけ、表に出て相手をしてやることにした。
しかし、クロスディスターの力を得た陸玄の敵ではなかった。
マコトを一撃で沈め、さらに続けて襲い掛かって来た三人もあっさりと倒してしまったのだ。
もちろん殺してはいない。
彼らはまだ利用価値がある。
「なるほど、たいしたもんだな」
陸玄が称賛したのは倒した敵ではない。
日本軍が保管していたものを盗み出したクロスディスターリング。
これが数々の調査から、翠たちの使っている他の四つよりも強力な力を秘めていることがわかっていた。
五人のクロスディスターの中でも最強、ディスターオブシディアン。
ウォーリア上位クラスの敵すらも苦労せずに粉砕できる力がこの手にある。
さらに今は使えないが、先ほど手に入れたばかりのショウ=リペアのジョイストーンも……
「流石です兄さん! あれほどの手練れをあっさりと倒してしまうなんて!」
喜色を浮かべて追従の言葉を述べる紅葉。
そんな弟の姿に陸玄は苛立ちを感じた。
「そう思うか?」
「え?」
「彼らは勘違いをしていた。説得の余地はあったが、ぼくは彼らを問答無用で叩きのめしたんだぞ」
「話も聞かずに兄さんに襲い掛かって来た彼らが悪いのです」
「つまりぼくがやったことは間違っていないと言うんだな」
「もちろんです。兄さんは常に正しいのですから」
「……紅葉」
「はい」
紅葉は自分に対して絶対の信頼を寄せている。
それゆえに思考停止に陥っている。
おべっかを使うだけの人形はいらない。
ただ後ろをついて来るだけの邪魔者になるなら、いっそ……
「お、お前はっ!」
声のした方を見ると、瑠那が槍を構えていた。
軍服風の衣装に身を包んだ紫色のクロスディスター。
遅れて地下牢から出て来た彼は明らかに陸玄に怒りを向けている。
「どういうつもりか知りませんが、こんなことをしてただで済むとは思わないでください!」
タケハたちと一緒に出てこなかったので放置していたが、こいつはクロスディスターでありながら紅武凰国に忠誠を誓っている人物である。
つまり明確な敵。
陸玄は瑠那に向かって一歩踏み込んだ。
「そ、それ以上近づくなら攻撃しま――がはっ!?」
明らかに緊張で肩が上がっていた。
陸玄はそんな相手の呼吸に合わせて懐に飛び込む。
こちらが動いたことに気付くまで一秒未満。
その短い時間で陸玄は瑠那の喉に拳を叩きつけた。
「……ぁ!」
声を潰して回復を阻止。
続けて両足を斬りつける。
それだけで紫色のクロスディスターはあっさりと無力化され、地面に倒れ伏した。
「修練が足りない」
瑠那には陸玄の動きが見えていたはずだ。
動きへ反応するだけの身体能力もあっただろう。
けれども感性が絶望的に鈍い。
戦闘経験も訓練の量も圧倒的に不足している。
そのため、考えるよりも先に動くということができない。
これなら京都に来たばかりの翠の方がまだマシだった。
ただ強力な兵器を持っただけの子供。
同じクロスディスターとしての力を持っていても陸玄の敵ではない。
「馬鹿な奴だ。弱いくせに兄さんに歯向かうから」
「紅葉」
「はい」
陸玄は自らの持つ刀を紅葉の足元に放り投げた。
「え……」
「拾え」
「わ、わかりました」
言われるままに剣を拾い上げる紅葉。
上空から降り注ぐ明かりを反射してきらりと光る刃に弟は息を飲む。
「あ、あの」
「お前がやれ」
「やれ、とは……」
「早くしろ」
陸玄はただ紅葉の目を見て命ずる。
それ以上は何も言わない、質問も許さない。
力を手にした状態で彼がどう振る舞うのか、それを見定める。
そして紅葉は、
「し、しかし兄さん、こいつはすでに虫の息です。わざわざとどめを刺す必要はありません。そうだ、拘束しておけば十分ではないでしょうか」
力を振わないための言い訳を選んだ。
命を奪うことに対する臆病さなのか。
それとも与えられた力で弱き者を傷つけることを嫌う潔癖さか。
「ぼくの言うことは常に正しいんじゃなかったのか?」
「もちろんです! ですが、これはあまりに……」
「わかった、もういい」
何にせよ紅葉には自分の隣を並び歩く資格はない。
こいつはいずれは火刃のように安定を求めて道を違える。
「忘れたか紅葉。ぼくたちはあの日、理不尽な力の前にすべてを失った。父を殺され、自由を奪われ、平穏は消えた。しかし今はこうして理不尽に抗う力を得た。今度こそ何物にも虐げられない、さらなる高みへと至るだけの力を」
陸玄は紅葉の正面に立つ。
「兄さ――」
「お前はぼくに必要ない」
裏拳で喉を潰す。
武器を奪い返し、返す刀で足を斬り、腹を殴りつける。
「ぐげっ……!?」
紅葉は膝をつき、混乱と驚愕に目を見開く。
そんな弟の姿を見ても、もはや陸玄は何も感じなかった。
「弱い者同士で一生慣れ合ってろ……さて」
陸玄は刀の柄の感触を確かめながら瑠那の所へ向かう。
そして未だに声を出せずに蹲っている紫色のクロスディスターに刃を突きつけた。
「上階についての情報を持っているなら出せ。そしたら命だけは助けてやる」
「ぐ、が……」
瑠那は歯を食いしばって陸玄を睨み返す。
彼は落とした槍に向かって手を伸ばそうとした。
「そうか」
言うことを聞かないと判断。
陸玄は瑠那にトドメを刺すべく腕を引いた。
その瞬間。
陸玄のRACが強く反応する。
振り向くと、すさまじい勢いの水流が迫っていた。
それは水の槍とでも言うべき衝撃で陸玄の手にした赤き刃を弾く。
鼻腔をくすぐる潮の香り。
これは、海水。
横やりを入れた人物は恐らく……
「瑠那から離れろ!」
町の方から鋭く尖ったパイプを持った壮年の男が現れる。
会うのは初めてだが、思った通りの人物であった。
「『海使い』か」
ウォーリア序列第二位、速海駿也。
最古参のウォーリアであり、紅武凰国建国立役者の一人。
星野空人と並んで紅武凰国内においては最強クラスの達人である。
「……面白い」
こいつも陸玄にとっては紛れもない敵だ。
そして、力を試すのに全く不足のない相手である。
あの日、松本城下にて。
陸玄はウォーリアという力の前に完膚なきまでに敗れ去った。
人生をかけて打ち込んできた修行の日々も、遥か昔から伝えられてきた一族の技も、容易く踏み躙られた。
仇である当人は翠が殺してしまったと知ったときは空虚感を覚えたが、ウォーリア第二位の男を倒すことができれば、多少の満足感は得られるだろうか?
いや、充足など約体もない。
修行で得た技もクロスディスターや固有能力も所詮は同じ力。
日本軍も、上海のザオユンも、紅武凰国ですら高みを目指すための踏み台に過ぎない。
神器。
天使。
そして世界を根本から変えてしまった『外側の力』
まだまだこの手で掴むべき力は遥か遠くにあるのだから。
「離れろって言ってんだろ! さもないと――」
「死ぬのはお前だ」
陸玄は刀を構え、足元の紫色のクロスディスターを蹴り転がした。
「が……」
「貴様ッ!」
「来い、海使い。お前を倒してぼくはさらなる高みを目指す」
怒りの形相を浮かべた速海駿也が飛び込んでくる。
口の端に笑みを浮かべながら、陸玄は迫る敵を迎え撃った。




