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CROSS DAYSTAR JADE -Jewel of Youth ep3-  作者: すこみ
第二十二話 遥かな高みへ
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7 帰還命令

 結論から言えば、ダメだった。


 速海の妻はどこにでもいるような気の優しい普通の女性だった。

 そんな彼女はもはや速海の説得には一切耳を貸さず、ひたすら天使への信仰を説くばかり。


 正気ではあるが正常ではない。

 紅武凰国の元一等国民にして、現在は等外の民。

 彼女は元夫へ()()として優しい声で自首を勧めるに終始した。


 その後、地区の代表の老婆がやってきて、


「天使様の慈悲に触れて考えを改めたようだな、新入り」

「ユンデさま……今まで勝手なことばかり言って申し訳ありませんでした」

「元一等国民とはいえ我らは同じ天使様の赤子。共に手を取り合って生きていくのだ」

「はい。これからはこの町で、皆さんと共に精いっぱい歩みましょう」


 天使様の御心に触れた町の嫌われ者は改心。

 元一等国民としての薄っぺらいプライドを捨て、無事に町の人たちに迎え入れられる。

 感動的で、宗教臭くて、薄気味悪いやり取りを見せつけられた速海たちは黙って踵を返した。


「あー、なんて言ったらいいか……」

「仕方ない。優しい彼女が天使の洗脳に抗えるわけがなかったんだ」


 さすがに気まずそうに翠が声をかける。

 速海は一度小屋の方を振り返り、自分に言い聞かせるよう呟いた。


「町の人たちに受け入れられたのなら、少なくとも命の危機はない。今はこれで良かったと思うことにしよう」

「でさ、予定は変わっちまったけど、上の情報は教えてもらえるのか?」

「もちろんだ。正気に戻してくれた恩もあるしな」


 速海は小型のメモリーカードを翠に手渡した。

 ほとんどの携帯端末で利用できる共通の記録媒体である。

 琥太郎が受け取って自分の端末に差し込むと、そこには詳細なクリムゾンアゼリア上層の情報が記されていた。


「こりゃすごいぜスイ。塔の全体図から外部との接続路、人口密度、交通手段、裏通路まで全部載ってる。SHINEの伝達経路まで完璧だ」

「さすがにファームとやらの情報はないが、開発しているのは六十九層の研究所だ。同じ階層には管理局や軍の施設もある。潜入するなら十分に注意するんだな」

「マジで助かるぜ。サンキュな、速海さん」

「お互い様だ。お前たちが上の連中をひっかきまわせばオレのためにもなる」


 情報を提供したことで信頼してくれたのか、翠はにかっと笑って親指を立てた。

 そんな彼の姿に若い頃の親友の姿がダブって見える。

 もちろん外見は似ても似つかないが。


「アンタはどうするんだ? 一人でも日本に亡命するならならクサナギの本隊に連絡しておくけど」

「オレを匿っても迷惑をかけるだけだ。最悪、攻め込まれる口実にされかねない」


 別に速海自身は保護を求める必要もない。

 自分の安全くらいは自分で確保できる。


「空人のいる上海にでも行くさ。その後どうするかは外の状況次第だな」

「そっか、まあ元気でな」

「お前らもな。健闘を祈る」


 速海はぐっと親指を立て、志を同じくする少年たちと別れた。


 大陸の三大勢力による争いが集結し、もうすぐ紅武凰国と全世界連合の戦争が始まる。

 空人や荏原新九郎が動くとしたらその時の他にないだろう。

 自分にもできることがあるはずだ。


 次にここに戻ってくる時は、紅武凰国を滅ぼす者として妻を救い出す。

 ――そう考えて、速海は他にひとつ心残りがあることを思い出した。


「クロスディスター、か……」


 彼らと同じ力を得た速海の息子、瑠那。

 妻と同じように連座の罰を課せられたと聞く。


「会いに行ってみるか」


 等外地区には能力者を閉じ込めておくための封印牢があったはずだ。

 瑠那が捕らえられているとしたらきっとそこだろう。

 あの夜は拒絶されたが、最後にもう一度だけ説得してみようと思う。




   ※


「よし、そんじゃ紅葉たちと合流して上を目指すか!」

「だな」


 琥太郎に携帯端末で連絡を取ってもらう。

 彼は画面を操作してしばらく待った……が、応答はない。


「……繋がらないな。ずっと呼び出し中だ」

「なんだよ、あいつも携帯を落としたのか?」

「どうする?」


 天使が去った確証がない以上、派手に動くのは得策ではない。

 陸玄に至ってはそもそも携帯端末の番号を知らないので連絡を取る手段もない。


 戦力としては四人で固まっていた方が良いのは間違いないが、これからはより隠密行動が求められるわけで、動きやすい少人数での行動にも利点はある。

 むしろこんな敵地の中においてはその方が良いかもしれない。


「放っておくか。オレたちだけで上を目指そうぜ」


 実際のところ、紅葉も陸玄もいろいろと面倒くさい奴だ。

 あの兄弟といるより琥太郎と二人の方が気が楽である。


「忍び込んで情報を探るだけならオレとコタだけでも十分だろ」

「それもそうだな。じゃあ……っと、待ってくれ」


 琥太郎の携帯端末が着信を知らせる。

 紅葉がかけなおしてきたのだろうか。


「あ」

「紅葉か?」

「いや、火刃だ」


 琥太郎は端末を耳に当てて通話をオンにする。


「琥太郎だ。ああ、まだ下のスラム街だよ……は? どういうことだ?」

「何だって?」

「ちょっと待ってくれ……火刃のやつ、ファームの調査はいいから戻って来いって言ってる」

「はあ?」


 せっかく敵地に侵入したのに、何だその命令は。

 こっちは必死に山掘りして潜入して、臭い街を走り回って、ようやく上の情報を手に入れたばかりなんだぞ。


「ちょっと貸してくれ」


 翠は琥太郎の手から携帯端末を奪って強引に通話を代わった。

 立場上の上役に対して苛立ちを込めて問いかける。

 

「おい、どういうことだよ」

『……翠か?』


 端末の向こうから聞こえてくる声は確かに火刃だった。


『琥太郎から聞いたな、すぐに戻ってこい』

「なんでだよ。苦労してようやく上の情報を手に入れたんだぞ」

『情報?』

「そう、スゲーぞ。塔内部の構造や中にある街のつくり、それと上の方で作られたエネルギーの流れまで、めっちゃ詳細なデータだ。信頼できそうな奴から譲ってもらったんだぜ」

『ならば十分に潜入した価値はある。奪われる前にすぐに戻ってこい』

「いや奪われねーって。ってかファームってやつのことは何もわかってないんだぞ」

『実はファームについては三等国民地区の調査と外部からの情報提供でほぼ推察がついた』

「はあ?」


 自分たちを危険な敵の本拠地に送り込んでおいて。

 その間に別のルートで情報を得たとか、ふざけてんのか?

 人使いの粗さといい、加減な命令といい、思わず声を荒げそうになる翠だったが、


『それと、お前の知り合いを何名か保護してある』

「え、マジか!?」


 続いた火刃の言葉を聞いて思わず喜色満面になった。

 翠としては元々、囚われた友人たちを助け出すことが本命の目的だ。

 それが叶ったならいつまでもこんな場所に居残る理由もない。


『正直悪かったとは思っている。しかし今はこちらに戦力が必要になったんだ』

「そういうことならしゃーねえな。戻ってやるよ」

『それから……陸玄とは会ったか?』

「クリムゾンアゼリアに入る少し前に合流したぜ。今は別行動してるけどな」

『……そうか』


 ふと、火刃の声色が低くなる。

 翠の答えを聞いたきり、彼はしばし無言になってしまった。

 どうしたんだと思って聞き返そうとしたところで、予想外の言葉が返ってきた。


『陸玄には気をつけろ。奴はすでに日本軍の統制を離れた』

「統制を離れた……ってどういうことだ?」

『畔木が陸玄を上海に送り込んだのは失敗だったんだよ。あいつは日本軍よりも都合良く、利用価値の高い相手を見つけてしまった。奴は安定と平穏を求める俺とは最初から見ているものが違っていたんだ。ディスターリングを()()()()()のも計画のうちだったんだろう』

「だから、どういうことだよ」

「陸玄は――」


 火刃はほとんど独り言を呟くかのように先の言葉を口にする。


『あいつはもう自分の目的のためだけに動いている。いつ敵に回ってもおかしくないってことだ』

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