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CROSS DAYSTAR JADE -Jewel of Youth ep3-  作者: すこみ
第二十一話 塔下部等外地区
202/232

7 速海駿也の葛藤

 翠はまず、上から落とされてきたという元一等国民の所へ行ってみることにした。


 さすがに罪人から上へ行くための方法が聞けることは期待していない。

 だが、これから侵入する一等国民地域について多少は情報が手に入るかもしれない。

 ダメならダメで、もう一つの格闘大会とやらがやってる場所に向かってみればいいだけだ。


 どこもかしこも代わり映えのしない埃と砂と赤茶けた建物ばかり。

 そんな貧民街の道とも言えない通路を歩いていると、


「おい、誰だ?」


 唐突にRACの反応を感じた。

 翠は足を止めて誰何する。


 すぐに襲ってくるという感じはない。

 だが何やら脅威となり得る人物がこちらを見ているのは間違いない。


 その人物は崩れかけた小屋の影から姿を現した。


「この先に何の用がある」


 目つきの鋭い壮年の男である。

 一見すると俳優でも通じそうな端正な容貌。

 しかし右手には武器になりそうな長い棒を持っている。

 物腰からして一般人でないのは明白だった。


「質問に答えろ。そっちこそ何者だ」


 チャージして即座に戦闘に入るか。

 いや、相手の正体が判明するまでは迂闊に暴れるべきじゃない。

 男は数秒の無言の後、正直に自分の立場を明かした。


「オレは速海駿也。元ウォーリアだ」

「ウォーリアだって?」


 組織としてのウォーリアはすでに壊滅も同然。

 しかしすべてが降伏に同意したわけではないとも聞いている。


「クロスチャージ!」


 翠は距離を取って戦闘モードに入った。

 ボロ着が消失し、翡翠色のバトルドレスに変化する。

 髪量が爆発的に増えて効率的にSHINEを吸収できるようになる。

 そして召喚武器の拳銃を取り出した。


「ウオーリアなら敵ってことでいいんだよな?」

「それはクロスディスターというやつか。日本のスパイがすでにここまで入り込んでいるのか」


 速海という男は落ち着き払った態度で問いかけてくる。

 あれだけの殺気を放っておいて、しらじらしい態度である。


「だったら何だよ」


 翠は油断なくM2030の銃口を速海の顔に向ける。

 すると速海は手にした棒を放り投げて両手を上げてみせた。


「落ち着け、お前と敵対する意思はない。オレはすでに紅武凰国を離反した身だ。お前たちの味方……とは言わないが、少なくとも共通の敵を持つ者と認識してほしい」

「言いたいことがあるならそこから近づかずに話せ。信じるかどうかはこっちで判断する」

「感謝する」


 わずかに首を傾け、速海駿也と名乗った男は自分の事情を語った。


「気を向けたのはすまなかった。実は妻がこの先にいるんだ」

「妻って……あんたの奥さん?」

「そうだ。一等国民だったが、オレの連座を受けてここに落とされた」


 たぶん翠が会いに行こうとしていた人物のことだ。


「念のため確認するが、お前は妻に危害を加えようとしているわけではないよな?」

「ちげーよ。最近上から落とされてきた人がいるって聞いたから、何か話を聞けないかと思って尋ねようとしただけだ」


 どうせ単なるダメ元である。

 危害を加える気なんて微塵も持っていない。


 ふと、翠は妙案を思いついた。


「あんた、紅武凰国を裏切ったって言ったな」

「ああ」

「なら情報提供してくれよ。塔の上への行き方とか教えてくれたりしねえ?」

「……」


 さすがに図々しい頼みだったか?

 いや、相手の真意を測るためにも有効な提案だと思う。


 しばし二人の間に沈黙が流れた。

 翠が返答を促そうとすると、速海は鷹揚に頷いて言った。


「いいだろう。上への行き方はもちろん、SHINE精製の秘密が隠されていると思われる場所も教えてやる」

「え、マジか」


 それはまさしく手に入れたい情報そのものである。

 一歩前進どころか最終目的に手がかかった。


「ただしこちらからも条件がある。情報提供の見返りとして……妻を日本で保護して欲しい」




   ※  


 どうかしている、と自分でも思う。


 本当なら自分はこんな所にいるべきではない。

 一刻も早く紅武凰国から離れて上海に向かった空人と合流すべきだ。


 妻も息子も、見捨てるつもりだった……最初は。


 速海にとって大切なものは過去の記憶だけ。

 技原や太田との約束、そしてラバースを引き継いだ紅武凰国の打倒。

 それらを果たすことだけが人生の目的だった。


 洗脳が解けてからはひたすら反逆のタイミングを見計らっていた。

 そんな速海の心にも知らずのうちに変化が起こっていたのだ。


 男として責任を取って籍を入れただけの妻、静佳。 

 家のことは任せっきりだったし、喜ばせるような事もしてやれなかった。

 戦力となり得る息子にこそ声はかけたものの、静佳のことは家に放置するつもりだった。


 所詮はうわべの関係。

 空虚な日常の飾りの伴侶。

 紅武凰国を出ればもう関係はない、と。


 しかし速海が単身クリムゾンアゼリアを脱出する途中のこと。

 彼は自分を追ってきた刺客から妻が等外地区行きの罰を受けたと聞いた。

 その時、速海の中に初めて葛藤の気持ちが生まれた。


 子供ができたなら結婚すると言った時の心からの嬉しそうな妻の顔。

 瑠那が十歳になるくらいまでは家に帰るたびに笑顔と温かい食事で迎えてくれた。

 ここ数年で関係は冷めてしまったけれど、静佳は長い事こんなダメな自分に愛情を注いでくれた。


 いまさら心変わりしたって許してくれるとは思わない。

 でも、静佳を救いたかった。

 彼女に罪を擦り付けて逃げた自分が許せなかった。


 そして気が付いたら速海はクリムゾンアゼリアへと引き返していた。

 つい三十分ほど前、ようやく速海は静佳を見つけ出したところだ。


 罵声のひとつも浴びせられると覚悟していた。

 しかし速海を迎えたのは妻の嬉し涙と笑顔、それと「戻ってきてくれてありがとう」という言葉だった。


 その瞬間、速海の意志は明確に変わった。

 復讐だけを考えて生きてきたことが無性に恥ずかしくなった。

 こんなふざけた世界でも、大切なものが傍にあったということに気づいてしまった。


 過去よりも現在。

 復讐よりも守ること。

 今を生きるために戦おうと。


 まずは静佳をこんな場所から連れ出す。

 脱出した後は落ち着ける場所を確保する。


「悪い条件じゃないだろう。場合によっては道案内もしてやるぞ」


 だから速海は偶然見つけた緑色のクロスディスターの少女に相談を持ち掛けた。

 強い気配を感じた時は紅武凰国の刺客かと思ったが、運よく日本のスパイが入り込んでいたのだ。


「そうだな……」


 クロスディスターの少女は数秒の間を置いた後で返答する。


「じゃあ、まずは上に行くルートだけでも教えてくれ。その情報が本当だと確認したら仲間と相談した上で保護するって約束する。あんたが話を持ち掛けてきたんだから、こっちが利益を得るのが先だっていいだろ?」

「……わかった」


 それくらいの譲歩はするべきだろう。

 速海は相手の出した条件を飲むことにした。


 それにしても若い少女である。

 見た所、まだ中学生くらいだろうか?

 L.N.T.の地獄を戦い抜いた頃の自分よりも若い。


 息子の瑠那もそうだが、こんな若者まで戦場に出なくてはならない世界はやはり間違っている。

 空人には悪いが妻の安全を確認した後は彼らに協力するのもいいだろう。


「よろしく頼む」


 そして今度こそ瑠那も説得して――


「っ!?」




   ※


 翠はとっさに頭上を見上げた。

 ゾッとするほど強烈なRACの反応があった。


「どうした?」


 速海は気づいていない。

 これは一般的な殺気の類ではない。

 嫌な予感としか言いようのない何かが近づいてる。


 ふと、天井に吊るされたライトの光量が増した気がした。

 実際にはライトとは全く別の光源が空の一点に突然現れたのだ。


 どこからともなく壮大な音楽が流れてくる。

 その時点で速海も異常を察知したようだ。


「なんだ、この音楽は……?」

「おお……!」


 背後の小屋のドアが開いて、歓喜の声と共に男が飛び出してくる。

 続いて周囲の建物からも次々と街の住人たちが表に出てきた。

 その様子はまるで鳴り響く音楽に導かれているようだ。


「天使さまの降臨の時じゃ……」

「ああ、また大いなる恵みを頂けるのですね……」

「ありがたや、ありがたや……」


 どこにこれだけの数が潜んでいたのかというほど大勢の人々。

 彼ら彼女らはみなうつろな目で天井の光を見上げて祈る様に手を合わせる。


「天使だって……まさか!?」


 速海が驚愕する隣で、翠はただ空の光の一点を見ていた。


「なんだ、ありゃ……」


 光の中から現れたのは、女。

 長い黒髪、神々しい純白の衣服。

 そして背中には体より何倍も巨大な翼がある。


 塔の下部構造体と壁面で囲まれ閉鎖された赤茶色のスラム街。

 そこに突如として現れたのは純白の翼を持つ天使と呼ばれる美女。


 何の映画かと思うほどのバカバカしい光景だ。

 しかし翠のRACはかつてないほどの脅威を告げている。


『等外地区のみなさん』


 天使が民に語りかけた。

 その声はまるで耳元で囁かれているよう。

 けっして大声ではないのに、不思議とよく通る澄んだ声。


 RACは変わらず脅威を知らせている。

 だが、何故だ?

 あの声を聞いていると不思議と気分が……


『辛く苦しい日々を生きる貴方たちに、祝福を』


 淡い靄のようなものが天使の翼から溢れ出す。

 それはゆっくりと下界へ降りてきた。


「ありがたや、ありがたや……」

「天使様の祝福を受けられるなんて、なんて私たちは幸せなの……」

「あ……」


 周囲の住人たちはみな恍惚とした表情を浮かべている。

 中には感涙に咽び、その場で崩れ落ちる人もいた。

 翠もまた、ぬるま湯に使っているかのような多幸感を味わっていた。


 なんだこれ。

 なんか、すげー気持ちいい……

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