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CROSS DAYSTAR JADE -Jewel of Youth ep3-  作者: すこみ
第二十一話 塔下部等外地区
201/232

6 傲慢の街で

「死にさらせェひゃっはーっ!」


 体長二メートルを越える大男が巨大な鉄剣を振り回す。

 剣というよりは平たく巨大な鉄板に持ち手がついただけの鈍器と言うべきか。

 たっぷり遠心力の加わったその武器で横殴りにされれば人間など容易く切断、もしくは圧殺されるだろう。


「いよっと!」


 そんな大振りの一撃を翠は身を屈めて悠々と避けた。

 風圧で被っていた帽子が吹き飛ぶ。

 セミロング程度に切った翡翠色の髪がふわりと拡がる。


「そらっ!」


 地面を蹴って一気に接近。

 大男の顎を思い切り殴りつける。


「が……っ!?」


 髪を短くしたためクロスディスターの全力にはほど遠いが、それでも並の格闘家以上の身体能力と腕力は残している。

 脳を強く揺すぶられた大男の手から大剣がすっぽ抜けて飛んでいった。


 続けざまに左手で隠し持っていた短い棒を鳩尾に叩き込む。

 目を剥いて膝から崩れ落ちる大男。

 その下がった頭を容赦なく横蹴りにした。


 激しい音を立てて大男の巨体が瓦礫の中に倒れる。

 びくん、びくんと何度か痙攣した後、大男は気絶した。


「う……」


 翠が戦う様子を遠くから物陰から眺めていた街の住人たちが、姿を現して歓喜の声を上げる。


「うおおおおおおっ!」

「余所者が『暴君』チャンファイを倒したぞ!」

「これで俺たちは自由だ! 怯えて暮らさなくて済むんだ!」

「本当にありがとう、ありがとう緑髪の人!」

「いやいや、ぜんぜん大したことしてねえって」


 あっというまに翠は住人達に取り囲まれもみくちゃにされる。

 行きがかりとはいえ、こんな風に感謝を受けて悪い気分はしなかった。




   ※


 他の三人と別れた翠は等外地区の中央近くを訪れていた。


 街の景色はどこもかしこも変わりなくみすぼらしい。

 だが住人たちの様子は地区によってまるで異なっていることを知った。


 翠たちが山をくりぬいて最初に出たのは通称『怠惰の町』と呼ばれる地区らしい。

 地域全体に諦めと空虚感が拡がっている陰鬱とした場所。

 そんなところで得られる情報は何もなかった。


 そしてこの辺りは『傲慢の町』と呼ばれる地区である。

 暴力が蔓延し、力のある者が他者を暴力で従わせる弱肉強食の土地。


 ここ第四街区ではあのチャンファイという清華系の男が好き勝手の限りを尽くしていた。

 気まぐれで暴れては住人達からなけなしの食料を奪い、わずかな仲間内で独占する。

 しかも女子供を集めては無意味に暴力を振るう狂的サディストだったという。


 揉め事は起こさないようにという仲間たちとの約束は覚えていたが、チャンファイが広場で十歳程度の少年を見世物のようにサンドバッグにして喜悦に浸っている姿を見てしまった翠は、たまらず乱入して奴をコテンパンにしてやったのだった。


「ささ、どうぞお召し上がりください」

「ろくなものはありませんが精一杯のもてなしをさせていただきます」

「あ、ああ……」


 街の広間で翠は住人達に囲まれていた。

 目の前に運ばれてくる食べ物は……よく言って残飯同然である。

 歓待してくれるのはありがたいが、正直に言えば手を付ける気にはなれなかった。


「しかし女性の身でありながら凄まじい強さですな。実に感服いたしました」

「どこの地区の方かは存じませんが、ぜひあなたのような正義の人に我が地区の支配者なってもらいたいものだ」

「名乗るほどの者じゃねえよ。それより聞きたいことがあるんだけど」


 成り行きでこうなってしまったが好意的に思われているのは都合がいい。

 翠は本来の目的である情報収集を行うべく彼らに探りを入れた。


「実は塔の上に行きたいんだけど、誰か方法を知ってる奴はいないっすか?」

「塔……?」

「もしかして一等国民地域のことか」


 瞬間、空気が急に冷え込んだ気がした。

 翠を見る住人たちの目に胡乱な色が混じる。


「あんたまさか上から堕ちてきた罪人なのか?」

「罪人? いや、そういうんじゃないけど」

「ならば上の支配者たちに牙を剥くために技を磨いた……というところでしょうか」


 年かさの老人が口にした推測はあながち外れではない。

 下手に疑いを持たれては良くないのでその設定でいくことにした。


「そういうことにしておいてくれ。で、なんか方法はないのか? できれば強引な手段じゃなく忍び込む系の手段がいいんだけど」

「いや、生憎と等外の民が一等国民地域へ立ち入った話など聞いたこともありませんな」


 老人は目を閉じて首を横に振る。

 ちょうどその時、少し離れた場所で大きな物音が鳴った。

 空を見上げれば天井の一部が大きく開いてそこから無数のゴミが街に降り注いできた。


「人も物も、ここではああして上から下への一方通行。等外の地は上の人間たちのゴミ捨て場でもあり流刑地でもあるのです」


 この等外の地にはゼロからモノを作り出す産業は皆無である。

 食料も道具も空から降ってくるゴミを再利用しているだけ。

 そしてゴミの落着地点に近い土地を占拠する人間が実質的な権力者になる。

 弱い物はそういった強者に媚び、諂い、あるいは欺くことでなんとか命を繋ぐしかない。


 また、ここに古くから住む人間も何らかの罪を背負って放り込まれた者ばかりだそうだ。

 E3ハザード前からの土地の者は多くが好条件で別の場所に移り住んだらしいが、怠惰の街の老婆のように強い愛着を持って離れられなかった人間も少なからず存在している。

 そんな感じの街の事情を翠は世間話を通して彼らからそれとなく聞き出していった。


「さっきの話だけど、噂程度でいいなら上に行く方法も聞いたことあるぜ」


 話が途切れた所で黙っていた青年の一人が口を開いた。


「ここから北にある『憤怒の街』の第一街区でさ、地区の指導者が定期的に大規模な格闘大会を開いてるんだよ」

「格闘大会?」

「それが上の奴らにとってもそれなりの娯楽らしいんだ。なんかテレビの中継とかも入ってるらしくて、見事優勝した奴は上に行く権利を与えてもらえるとかなんとか」

「そういう話を聞きたかったんだよ! サンキュー!」


 さっそく手がかりを見つけた翠は拳を叩いて立ち上がった。

 しかし周りの住人たちの空気はだいぶ冷ややかである。


「いや、それって根も葉もないデマだろ?」

「実際に上に行った奴の話なんて聞いたことねえもんよ」

「全大会のチャンピオンは指導者の用心棒をやってるって聞いてるぜ」

「だから噂程度だって言ってんだろ……」

「おい」


 盛大に肩透かしを食らった気分である。

 わざわざ立ち上がって叫んだのが恥ずかしくなった。


「上に行く方法とは関係ないけど、つい最近上から落ちてきた罪人なら近くに住んでるぞ。なんでも結構高い地位にいたけど親族がやらかしたあおりを食らったんだとか」

「ああ、等外送りになった現実を受け入れられず、ヒスってユンデ婆さんの所に預けられた女か」

「罪人ねえ……」


 信憑性の極めて薄い格闘大会とやらか。

 それとも落ちてきた上の偉い奴に会いに行って少しでも情報を得るか。

 どっちにせよ大して益があるとは考えづらそうだ。


「うわあっ!」

「おい、ボールそっち言ったぞ!」


 子どもたちの騒がしい声が近づいて来る。

 その直後に何かが弧を描いてこっちに飛んできた。


 それを格闘大会の噂を話した青年がキャッチした。

 彼の腕の中に納まった『それ』を見て翠はギョッとする。


「こら、いま恩人さんと大事な話をしてんだ! 遊ぶなら向こうで遊べ!」

「はーい、ごめんなさい!」


 青年は『それ』を当然のように投げ返す。

『それ』を足で受け止めた少年には顔に青あざがあった。

 地面に転がった『それ』を子どもたちはわいわいとボールのように蹴りまわす。


 ボール代わりにされてるのは切り取られた『暴君』チャンファイの生首であった。


 十歳そこそこの幼い子供たちがそれを誰も異常と思っていない。

 青あざの少年は翠が乱入するきっかけとなった暴君に嬲られていた男の子だ。


「そーれ、もう一突きィ!」

「ぎゃははは! 次はケツから突っ込んで串刺しにしてやんぜェ!」


 さらに向こうでは首なし死体を磔にして喜悦の声を上げている大人たちの集団も見える。

 死体を尖った棒で突いては聞くに堪えない下品な笑い声をあげていた。


「すみませんね。話の最中にガキ共がうるさくて」

「……」

「それで今後の話なんですが、しばらくはここに住んでもらうってことでいいですかね?」

「上への行き方は調べておくから是非よろしくお願いしますよ。最低でも一月は滞在してもらいたいですね」

「食料と住居はもちろんこっちで用意します。普段は若い衆に混じって廃品分けの労働に参加してもらいますけど、給料天引きは特例の七割でどうです?」

「悪い、やっぱもう行くわ」


 気分の悪くなった翠は今度こそ彼らに背を向けた。


「な、何言ってるんだ!? 行くって……この地区から出ていくってことか!?」

「そんなのダメに決まってるでしょう! 近いうちにチャンファイの部下たちが襲撃に来る可能性があるってのに」

「時期尚早、急いては事を仕損じる。どうか考え直しては下さらんか?」

「知るか。後は自分たちでどうにかしろよ」


 ここは傲慢の街。

 人々のエゴが支配する地区。

 ただ強い者がそれを押し通せるだけの場所。


 チャンファイは確かに許せない悪党だった。

 けど、翠がやったことは反対側の暴力に肩入れしただけ。

 パワーバランスをいたずらに崩したに過ぎない。


「お前には我々を救った責任を取って最後まで地区を守る義務があるんだぞ!」


 悪いのは貧困と暴力と無法を許容する社会そのもの。

 一部の奴らの都合で平和だった日本にこんな社会を作り上げた紅武凰国だ。


 翠は住人たちの身勝手な罵声を聞き流し、この街区を後にした。

 人工の天井で蓋をされた空は高く、漂う煙と埃で外周の壁すら見えない。

 こんな環境にいれば人の心が荒むのは当然だ。


 彼らに対して怒りを覚える事すら傲慢なのだと、そう自分に言い聞かせながら。

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