4 等外の地
「クロスシュートっ!」
突き出した拳の先からエネルギーの奔流を放つ。
召喚武器を習得してからついぞ使わなくなっていた旧必殺技。
まさかトンネル掘り作業で再び日の目を見ることになるとは思っていなかった。
圧倒的なエネルギーは三発目で山肌を見事に貫いた。
遠くにはうっすらと向こう側の光が見える。
「ふぅ……」
「崩れる前に一気に抜けるぞ。琥太郎はバリアで補強を」
「わかった」
琥太郎は左腕のガントレットから板状に伸ばした硬質のエネルギーで天井を補強する。
急造のトンネルを陸玄が先行し、紅葉がすぐ後に続いた。
「ちょっと待てって、こっちは連発で必殺技を撃って疲れてるってのによ!」
「大丈夫、スイ?」
「ああ……クロスチャージ!」
翠はとりあえず消耗したSHINEを回復する。
山体をくり抜いて作ったトンネルはおよそ一キロほどか。
崩れない保証はまったくないので、琥太郎と並走して一気に通り抜ける。
そして案の定、後方のバリアが消えた先から崩落が始まった。
「やっべえ、急ぐぞコタ!」
「ああ!」
最悪もう一度クロスシュートを放てば脱出できるが、生き埋めなんて気分のいいものではないし、下手な角度からエネルギーが噴き出せば侵入に感づかれる恐れも大きくなる。
二人は必死に走ってなんとかトンネルを抜けた。
出口側の光に飛び込むと目の前の視界が一気に開ける。
「よっとぉ!」
間一髪、琥太郎が道を抜けると同時に急造トンネルは塞がってしまった。
とはいえ山そのものが崩れたわけではない。
いい感じに通って来た道が無くなったと思えばむしろ都合がいいか。
侵入したことに気づかれた様子もなく、無事に外壁の下を抜けられたのだから大成功だろう。
しかし、侵入成功を喜ぶ気持ちは目の前の光景を見て一気に萎んでしまう。
「……これが、クリムゾンアゼリアの内部なのか?」
東京からでもその姿をはっきりと見ることができる巨大建築物。
周囲の山脈より高く聳え、日本国に威圧感を与え続けている紅武凰国の真の首都。
そこは選ばれた一等国民だけが住む特権階級の地……であるようには、とても見えなかった。
クリムゾンアゼリアの建つ甲府盆地は元から周囲を山地に囲まれており、そして現在はその全方位が高い壁面によって覆われている。
内側から見た壁面は外観と異なり薄汚れている。
翠たちがいる辺りは東側壁面近くの山中。
ここからは盆地全体が見渡せた。
盆地を埋め尽くているのは赤茶けた無数のバラック小屋。
それが外周の山の中腹まで届くほど拡がっている。
さらに街全体が靄のかかったように薄暗く、どんよりとした空気が滞っている。
頭上はクリムゾンアゼリアの下部構造体によって完全に塞がれ空も見えない。
天井から吊り下げられた光量の強い無数のライトが異様な雰囲気を増幅させる。
絵に描いたような大規模なスラム街。
まるで趣味の悪いSF映画の地下都市のようだ。
「さて、それじゃおまえたちはここで少し待っていろ」
「なんだよ陸玄、どこに行くんだ?」
「ここからはクロスディスターの恰好じゃ目立ちすぎる。変装できる衣服を探してくるよ」
「兄さん、僕も一緒に……」
「ひとりで大丈夫」
そう言って陸玄は単独で街の方へと向かって行った。
たしかに見た感じ東京と違って高い建物もほとんど存在しない。
翠や琥太郎が屋根の上を移動したらすぐ誰かに見咎められてしまうだろう。
しばし黙って陸玄が戻るのを待つ。
ふと翠は空の一点を指さした。
「なあコタ、あれはなんだと思う?」
殺風景な天井の中でひときわ目立つ薄青色のチューブ。
それが二本、東側の壁面上部から天井の中央部に向かって伸びている。
「陸玄が言ってた東京から続く正式ルートじゃないか? 紅武凰国の関係者はあれを通って塔の上の方に行くんだろう」
「さすがにあそこまでは届かねえな……他に侵入経路はないのか?」
「それをこれから調べるんだろう」
陸玄がいなくなったら急に不愛想な態度に戻る紅葉。
翠はイラっとするも、確かにその通りだと思って反論はしなかった。
日本軍の諜報員もここまで入り込んだことはない。
紅武凰国の関係者でも特別な人間以外は立ち入りを禁じられていると聞く。
塔上部への昇り方を含めて、すべての情報は自分たちの手で集めなくてはならないのだ。
陸玄は数分ほどで戻って来た。
「おまたせ。これを使って」
「お、助かる」
彼が担いできた袋にはボロ着が何着か入っていた。
纏っていたクロスディスターの衣服を脱ぎ捨て四人は代わりの服に着替える。
「翠さあ、仮にも女の子の体なんだからどこかで隠れて着替えたら?」
「今さらオレの体なんて見ても気にする奴なんていねーよ。なあコタ」
「う、うん……」
同意を求めるがなぜか琥太郎は明後日の方向を向いてこそこそと鎧を脱いでいた。
中身は男同士なんだから恥ずかしがることないだろうに、真面目な奴だ。
「髪染め道具は……さすがにねーか」
「帽子を被って誤魔化せばいいよ」
「色はしゃーないけど、さすがに少し切るぞ」
「あんまり短くし過ぎると感知能力が弱るから、ほどほどにして服の中に隠しておきな」
脱いだ衣装と切った髪はその辺の地面に埋めておく。
チャージするたびに服が消滅して衣装が増えるのは何気に厄介な欠点である。
翠は畳みやすいバトルドレスだからいいが、嵩張る全身鎧の琥太郎は毎回かなり大変そうだ。
ともかく、ボロ着に着替えた四人は街の方へ向かった。
※
「ひっでえなこれ。人の住む環境かよ」
四人は山の中腹まで続いている住宅部分と入っていった。
間近で見るとますます薄汚れた所である。
ひび割れた舗装路にはあちこちにゴミが積まれている。
至る所から腐ったような臭いが漂い、植物の類は雑草すら生えていない。
「E3ハザード以前は果物が名産の自然豊かな街だったらしい。外から流れる川の流れも堰き止められて、今じゃ見る影もないね」
街の人々の顔は薄黒く、一様に痩せこけている。
翠たちが近くを歩いても視線を上げることすらしない。
しかし住居に近づくと中の人間が威嚇するような目で睨んでくる。
笑顔のない幽鬼の群れのような住人達たち。
これなら三等国民地域の方がずっとマシだ。
発展した大きな都市には必ず貧困の問題が付きまとうものである。
大陸や、日本の領土内にもこんな感じの場所はいくらでも存在していた。
ここはクリムゾンアゼリアの……もっと言えばSHINEの恩恵を受ける紅武凰国全体のしわ寄せを受けた土地なのだ。
と、翠は軽いRACが反応するのを感じた。
「おっと」
十歳くらいの少年が後ろから足音を抑えて近づいていた。
翠は自分の服に向かって伸びてきた小さな手を素早くつかむ。
「オレは金目の物はなんも持ってねーぞ」
「ちっ……」
少年は手を振り払って素早く路地に逃げていく。
幼い子どもが危険も顧みずスリを試みるような場所なのだ。
「衣装についてた宝石でもくれてあげればよかったかな」
「下手な施しはためにならないぞ」
「あんたたち、上の人間かい」
翠と琥太郎が少年の消えた路地を眺めていると、壁際の木椅子に座った老女が話しかけてきた。
眼窩の窪んだぎょろりとした目で翠たちを肉親の仇を見るかのように睨みつけている。
「そんなボロ着に変装して何の用だか知らないけど、一等国民様の綺麗な体はごまかせないよ。この『等外の地』に搾り取れるものなんてこれ以上なにもないから、見学が済んだらさっさと帰っとくれ。あんたらを殺したいほど憎んでる若い衆どもに袋叩きにされる前にね」
「等外? ここの人たちは一等国民じゃねーのか?」
「……忠告はしたからね……ああ本当、信玄公に申し訳ないったらないよ」
それきり老婆は一方的に会話を打ち切ってしまう。
壁面の方をじっと見つめブツブツ呟くだけでもう話しかけても応えてくれない。
他の人に話を聞こうにもすぐに逃げるか威嚇してくるだけで会話が成立する者は誰もいなかった。
「もっと中心部に近いところに行ってみたいけど、四人でぞろぞろ歩いても目立つだけだな。ここは一旦分かれて各々で情報収集しよう」
陸玄がそう提案し、琥太郎、翠、紅葉も賛同する。
「そうだな。上に行く方法も必要だけど、この街のことも詳しく知っておきたい」
「じゃあ後でな。お前ら意味なく住人とケンカしたりするなよ」
「お前が一番心配なんだよ、翠」
四人の少年たちは拳を突き合わせ、紅武凰国のエゴが作り出した狭間の町、等外の地の各方面へとそれぞれ散って行った。




