1 SHINEの秘密
クリムゾンアゼリアのとある居住階。
「♪ふんふんふーん」
一等国民であるその女性は鼻歌をうたいながら夕食の支度をしていた。
スーパーで買って来た冷凍魚肉を解凍させようとレンジを回した、その時だった。
「きゃあっ!?」
突然すべての灯りが消えて辺りが真っ暗になった。
「な、何事!?」
「停電だ! かあさん、ブレーカーを上げてくれ!」
「ブレーカーって何!?」
彼女の夫である中年男性が叫ぶけれど女性には意味がわからない。
それもそのはずで、この家にブレーカーなどというものは存在しない。
クリムゾンアゼリアはもちろん世界中のどこを探してもすでにそんなものはない。
夫は数十年前の世の中が電気エネルギーで動いていた頃の記憶と混乱しているだけだ。
「一旦外に出てみよう。真っ暗な中を歩き回るのは危なすぎる」
「そ、そうね……」
夫婦はなんとか手探りで表に出た。
しかし外ではご近所さんも半ばパニック状態だった。
彼女たちの家だけでなく、近所のすべての家から灯りが消えていたのだ。
いや、家だけではない。
外もまた室内と同様に暗闇だった。
「な、なにが起きてるんだ?」
本来なら階層内部を照らす天蓋の人工太陽の灯りも、街灯すらも消失している。
遥か遠くの塔外周部からわずかな外の日光が差し込んで見えるだけだ。
階層のすべてのSHINEが消えている?
今までにこんなことは一度もなかったことだ。
「なんだなんだもしかして世界の終わりか」
「馬鹿を言うな、ただ明かりが消えてるだけだろ」
「緊急メンテナンスがあるなんて聞いてないけど……」
「やるとしても日中の時間帯とかありえないだろ」
「他の階層はどうなってんだ?」
何が起こっているのか理解できずに慌てる市民たち。
しかし、五分ほど経つと唐突にすべての灯りが元に戻った。
眩しいくらいの人工太陽の光が空を見上げていた市民たちの目を眩ませる。
「うおっ眩しっ!」
「灯りが戻った……」
「なんだったんだよ、一体」
結局、誰一人として原因はわからないままだった。
そして元に戻ったんだから良いだろうと、みなそれぞれの生活へ戻っていく。
※
『二十二階層から三十八階層までのSHINE供給停止状態、復旧完了しました』
「そう」
局員からの報告を受けた管理局副局長のアオイは通話機を置いて深いため息を吐いた。
向かいのデスクでは神妙な表情で送られてきたデータを眺める美紗子がいる。
「ヤバイですね、これ。塔内の灯りが消えるなんて前代未聞じゃないですか」
「ま、遅かれ早かれこうなることはわかっていたのだけどね」
現在、クリムゾンアゼリアはSHINE供給不足に陥っている。
わずか五分程度の事とはいえエネルギーの完全遮断は深刻なアクシデントである。
紅武凰国が独占している新世代エネルギー。
その精製がにわかに滞り始めているのである。
理由はもちろんクロスディスター及び日本軍の特殊部隊による旧神奈川地域の混乱だった。
「三等国民地域地下の感情収集施設の存在はすでに日本にバレてますよね」
「まず間違いないでしょうね。早めにSHINE結晶体を輸送しておいて本当によかったわ」
アオイは頬杖をつきながらコンピューターの画面をスクロールさせた。
そこには現在のSHINE精製量と各地域への配分の流れが視覚的に現れている。
紅武凰国の新エネルギーSHINE。
正式名称はSuperior human immeasurable new energy。
直訳をすると『優れた人間の計り知れない新エネルギー』となる。
その名の通り、エネルギーの源泉は『人間』である。
と言っても労働力として使役したり人体そのものを物質的に変化させるわけではない。
SHINEの素となるのは人間の生み出すあらゆる感情・情念・思考・情動など。
実態は未観測ではあるが『感情元素』という物質が存在するとされている。
感情元素研究の起源を探れば第二次世界大戦期に辿り着く。
帝国陸軍軍医月島博士が開発した『人の感情を動力として動く兵器』がその始まりだ。
戦後しばらくその存在は忘れられていたが、二十一世紀の初頭にとある天才科学者が感情元素を特殊な鉱石に宿らせる技術を確立させる。
そうして作られたのが『ジョイストーン』と呼ばれる宝石である。
ただし実際には月島博士以前からも人間に秘められた力を常人離れした身体能力という形で先天的に使用できる者は存在した。
それがSHIP能力、Superior human immeasurable powerである。
SHIP能力及びジョイストーンを使用することで顕現するJOYという固有超能力を、ラバース社出資の元で研究する為に作られたのが、かつてのラバースニュータウンである。
L.N.T.ではそれら特殊能力の観察をすると共に、人が秘めたこのエネルギーをより有効的に使う方法も研究されていた。
感情元素は人の心が大きく動かされた時に激しく放出される。
喜び、悲しみ、怒り、平穏、快楽、抑圧からの解放、そして希望や絶望。
それらを効率よく得るために、あの街の住人たちは望まぬ対立を強要させられていた。
後に初期のウォーリアとなった能力者たちは副産物に過ぎない。
2期に渡るL.N.T.の多大な犠牲によってついにSHINEは開発に至った。
そして現在、人々の感情元素を収集する装置はクリムゾンアゼリアを除く紅武凰国の地下にある。
つまり二等国民及び三等国民の住まう土地はエネルギー収集のための舞台なのだ。
抑圧された生活を送り、たまに仕組まれた反乱を起こしては鎮圧される三等国民。
かりそめの自由を与えられ前世紀の文化水準に近い暮らしを送る二等国民。
彼らはエネルギー収集のために存在しているのである。
「逸脱しない限り生活は保障されているとはいえ、業の深いことよね」
「エネルギー精製が間に合わなくなったら配給も滞りますよ」
感情元素を収集する装置は外の技術で簡単にコピーできるような代物ではない。
それに収集した感情元素をSHINEに精製する装置は管理局の手にある。
まだ当分、この次代エネルギーの紅武凰国独占が崩れることはだろう。
とはいえ二、三等国民の管理システムが破綻すれば早晩エネルギー供給不足に陥るのは間違いない。
管理局としては早急に新たな感情元素の抽出装置の開発が必要となった。
今回のような例は想定外であるが、元々三等国民地域の破綻は想定されていた。
警察やウォーリアという武力があるとはいえ人間の完全監視なんてどだい無理なのである。
エネルギー収集効率で言えば三等国民地域の方が上だが、システムの持続を考えると二等国民地域の方が優れていると言える。
仮にクリムゾンアゼリアから紅武凰国軍を派遣したとしても結果は一緒だろう。
反乱を圧倒的な力で鎮圧しても後に残るのは抜け殻となった住人達だけだ。
すべてを諦めてしまった者からは感情元素は効率的に抽出できない。
だから、破綻は最初から織り込み済み。
いつか来るはずだったその時のための備えは考えられている。
「ファームの調整はどうなっているのかしら」
「どうなんでしょう? 研究所からは何も言ってきてませんけど」
「そろそろ実用化させてもらわないと、このままじゃ本当に都市機能が停止するわよ」
アリスが所長を務める紅武凰国三大機関のひとつである研究所では現在、二、三等国民地域に代わる感情元素の収集装置を研究している。
それは『ファーム』と呼ばれる装置。
開発計画をミドワルトプロジェクトという。
「急かすならアオイさんからお願いしますよ。他の職員はもちろん、私もアリスさん相手じゃ何も言えませんから」
「そうね、さすがにこの状況になれば文句も言わないとは思うけど……」




