5 瑠那参戦
「ううっ、なんて卑怯な奴!」
ジェイドは電車の中に逃げ込んだ。
私は空を飛んであいつが乗ってる車両を追いかける。
『やられたな。こっちが被害を大きくしたくないのを見抜いてやがる』
頭の中にひっこんでいるスーちゃんが脳内に直接話しかけてくる。
私の使える攻撃はほとんどが爆発とか乱射とかの派手な攻撃で、人が大勢いるところで使えば確実に周りの人たちを巻き込んでしまう。
だから人混みに紛れられると文字通り手も足も出すことができない。
「こうなったら私も電車に乗り込んで……」
『それはダメだ。おまえはクロスディスターと違って身体能力の強化はないから、格闘戦に持ち込まれたら一方的にボコボコにされるぞ』
「じゃあどうすればいいの!?」
『とりあえず様子見だ。市民を巻き込みたくないってんならどうやっても手を出せない』
あいつの位置は把握してるし、電車ならいずれ降りなくちゃならない。
たとえ駅の中で別の路線に乗り換えたとしても追いかけることはできる。
「だ、だけど放っておくのはダメだよ。あいつ街の人たちに悪さするかもしれないし」
『放置できないのは同意だな。時間が経てば援軍も来るかもしれない』
事前に聞いた情報だとクロスディスターっていうのはジェイドの他にも二人いるらしい。
さすがに三人がかりで襲って来られたら勝ち目があるとは思えない。
『よし、こっちも援軍を呼ぶか』
「援軍? けどウォーリアはほとんど裏切ったって聞いてるよ」
『他にあてがある。とりあえず一旦どこかに降りて管理局に繋げ』
「わかった」
離れていく電車を横目で見ながら、私は言われた通りに近くの建物の屋根に降り立った。
※
「ふぅ……」
ディスターラピスラズリこと速海瑠那はクリムゾンアゼリア三階層の列車ターミナルにいた。
管理局の監視の下、ほぼ飼い殺し状態が続いていた彼にようやく正式な命令が下ったのである。
任務の内容は魔法少女プリマヴェーラこと大島春陽の援護である。
「頑張って信用を取り戻さなきゃ。母さんのためにも」
今回の命令に当たって副局長のアオイからは「何があっても裏切って敵の側につくことがない様に」と強く念を押されている。
もちろん瑠那に裏切りの意志などは微塵もない。
しかし彼の父親である速海駿也は実際に紅武凰国を裏切っている。
瑠那が疑いの目を向けられるのも当然だろう。
ウォーリア序列二位という立場にいながら反逆を起こした父の心情はわからない。
家族でありながら雲上人であり、生ける伝説と尊敬していたのに……
とにかく、これで瑠那まで裏切ったら母への厳しい追及は免れないだろう。
一等国民には本来あり得ない連座の適用が検討されるほどの不義であることも理解している。
自身の疑いを晴らすためにも、母の生活を守るためにも、この任務は滞りなく完了させなければならない。
「一番ホーム……あ、あれかな」
自分が頑張らなきゃ。
瑠那は強く決意をして東京行の列車に乗り込んだ。
※
東京から旧神奈川県内へ出る路線は現在ではすべて廃止されている。
二等国民地域から三等国民地域への公的交通機関は一切存在していない。
翠が乗り込んだ電車は北へ進路を変えて、自由が丘駅の手前で強制停止した。
「さすがにずっと居座るのは無理か」
外を見れば無数のパトカーが線路わきの狭い道路を埋め尽くしている。
翠は割った窓から外へ飛び出し線路の上を走って北上した。
「待て、貴様!」
「誰が待つか……っておいっ!」
振り返った翠の顔のすぐそばを銃弾が掠めた。
どうやら警察は躊躇なく殺す気のようだ。
「そっちがその気ならやってやるよ!」
近くに魔法少女の姿はないことを確認。
MPZ-Kを召喚し架線柱の上に飛び乗る。
「おらおらおらっ!」
「た、退避……うわーっ!」
「あぎゃあっ!」
秒間30発の速度で撃ち出されるA弾が警察の一団を根こそぎ打ち倒していく。
とりあえずパトカーの外に出ている奴は全員もれなくやっつけておいた。
とはいえA弾に殺傷能力はなく、みな強制的に意識を奪って気絶させただけである。
「一丁上がりっと」
敵を排除した翠はそのまま線路伝いに駅構内まで走った。
ホームにいた人々は銃を持ったバトルドレス姿の翠を見て騒ぎ始める。
「なにあれ、コスプレ?」
「あいつ銃を持ってるぞ!」
「……さて、どうするか」
さすがにA弾であっても一般人を撃つのは避けたい。
外傷は残さないが気絶すれば二、三日は目を覚ませなくなる。
翠はホームから外に向かって飛び降りた。
さすがにそろそろ近隣の電車は全面ストップになるだろう。
人の多い場所を選んで行動するという方針はそのままに、翠は繁華街を駆け抜けた。
※
『――沿線に現れた、アニメキャラのような格好をした謎の連続銃撃犯は発砲を繰り返しながら逃走を続けており、これまでに警察54人、民間人5人が重軽傷を負いました。警察は引き続き不用意に表を出歩かないよう、付近の住民に警戒を呼び掛けています――』
私は携帯端末から流れるニュースを聞いて思わず足を強く踏み鳴らした。
「うーっ、もうメチャクチャだよっ!」
「完全にやられたな。ここまでパニックになったら迂闊に顔を出せない」
私の中から分離したスーちゃんが横でふよふよと浮かびながら言う。
電車に乗り込んだジェイドを見逃してから一時間半ほどが経っている。
その間、あいつはいろんな所で好き放題に暴れまわっていた。
人気のない所には絶対に移動しない。
警察を見かけたら撃って騒ぎを大きくする。
近づく市民にも銃を向けてギリギリ当てないように発砲する。
たぶんさっきみたいに私が変装して近づいてくることも警戒してるんだろう。
さすがに市民を直接撃ってはいないけど、事故に巻き込まれて怪我をする人は出ている。
「こうなったらもう、イチかバチかやってみるしかないよ!」
「ダメだ。おまえが街中で暴れたら確実に死人が出る」
「だけど!」
「いいから瑠那が来るまで待て」
それはその通りなんだけど……おっ?
ちょうどタイミングよく携帯端末が鳴った。
私は急いで耳に当てて通話をオンにする。
「瑠那くん!?」
『はい。速海瑠那です』
やった来てくれた!
「いまどこにいるの?」
『立川です。都区内に向かう列車がすべて運行停止になってしまって……』
立川……
ってどこ?
「代われ、ハル」
「あ、はい」
私は携帯端末をスーちゃんに向かって差し出した。
彼女は自分では持てないので口元に当てて手で固定する。
「私は輝子人形SWZAM/6だ。ハルに代わって現場の指示を出させてもらう。ウォーリアの人間がサポートAIから命令を受けるのは不愉快かもしれないが、緊急事態なので我慢してくれ」
『問題ありません。よろしくお願いします』
「ジェイドが暴れている件は把握しているか?」
『はい。ニュースで』
「なら話は早い。これからおまえの携帯端末に一分置きにジェイドの座標を送るから、現場に行って奴を誘導してくれ。近づいたら自分のRACを頼りにしてもいい」
『誘導……ですか?』
「奴を人気のない広い場所におびき寄せて欲しいんだ」
私が全力で戦える場所までジェイドを連れ出してもらう。
簡単に見えるけど誰にでもできるわけじゃない難しい任務だ。
瑠那くんの返事までには五秒くらいの間があった。
『ボクなら周りに犠牲を出さずに戦えます。倒してしまうのはダメなのでしょうか』
「……ちょっと待ってろ」
スーちゃんは携帯端末から離れ、頭を抑えて唸った。
「どうしたの?」
「功に逸るガキをなんて言い聞かせるか考えてる」
「瑠那くんは自分でジェイドをやっつけたいって思ってるってことかな?」
「そうだろうな」
別に私は手柄とか考えてないし、瑠那くんに自信があるなら任せても良いと思うけど。
「ダメなの?」
「あいつじゃジェイドには勝てないだろ」
無理なんだ。
「それをハッキリ言ってへそを曲げられても困る。本来、私はあいつに命令する権限はないんだ」
「とりあえずやらせてあげてみて、無理そうならスーちゃんの言う通りにしてもらうってのは?」
「見極めがきちんとできればいいんだけどな……まあダメ元でやらせてみるか。携帯端末を」
「はい」
私はもう一度スーちゃんの口元に携帯端末を当てた。
「えっとな速海瑠那……」
『説明は大丈夫です、聞こえていましたから。やらせてもらえるってことでいいんですね?』
うわ、これは気まずい。
今度はスーちゃんが固まってしまった。
「……絶対に無理はするなよ。紅武凰国の平和のためにも任務達成を第一に考えてくれ」
『もちろんです。期待して待っていてください』




