3 魔法少女の戦い方
「……おい、なんでかかって来ないんだ」
いつまで待っても敵の襲撃はない。
緊張に気を張り詰めさせていた翠は思わず文句を呟いた。
ひょっとして撤退したのだろうか?
もちろんこちらを油断させるために間を置いている可能性はある。
あるいは敵も実はRACに類する能力などは持っておらず、こちらを見失っただけかもしれない。
都合よく決めつけて可能性を狭めるのは危険だ。
しかし緊張を保ったまま敵を待ち続けるのは精神を消耗する。
これなら一旦東京から逃亡して仲間の所に戻った方がいいかもしれない。
そんな風に翠が考え始めた時、唐突に屋上のドアが開いた。
「っ!」
翠は銃口をドアの方に向ける。
そこにいたのはスーツ姿の黒髪の女だった。
「きゃあっ! な、なんですか貴女は!?」
「ちっ……」
どうやらこのビルに入っている企業の女性社員のようだ。
一般人を巻き込むわけにはいかないし、ここは場所を変えるべきか。
「邪魔したな」
女に背中を向けて立ち去ろうとする。
だがその直後、カメラのシャッター音が聞こえた。
「ま、待ちなさい!」
振り向くと同時にフラッシュと共にもう一度シャッター音が鳴る。
スーツの女は携帯端末のカメラを翠に向けていた。
「ふ、不法侵入で通報します! 画像はすでにクラウドに保存しました! 動画も撮ってるので暴れたら罪が重くなります! すぐに銃を捨ててください!」
「ちっ……」
正義感が強い上に機転が利く女だ。
ただし肝心なところで危機感が欠如している。
武器を持った人間を通報するぞと脅すなど自殺行為も同然だ。
もちろん翠は一般人に危害を加えるつもりなんかない。
別に今さらブシーズに通報されたところで別に問題もないだろう。
むしろ近くにいるかもしれない敵の攻撃に彼女が巻き込まれる方が心配だ。
「通報でもなんでも勝手にしろ」
翠は屋上の手すりに飛び乗った。
隣のビルに飛び移ろうと膝を屈める。
その直後。
「待ちなさ――きゃあっ!」
「あん?」
女が急に叫び声を上げた。
何だと思ってもう一度振り返る。
彼女は右手に黒い卵のような物を持ち、こちらに駆け寄りながらその物体を投擲する。
「マジカル☆グレネード!」
「な……」
叫び声はただのフェイク。
そして投げられた物は、
「てめえっ!」
翠の眼前で爆発した。
撒き散らされた破片が容赦なく降りかかる。
とっさに顔と喉元を両手で庇ったが、翠の全身はズタズタにされた。
投げられたのは手榴弾である。
「クロスチャージっ!」
即座に負った傷を回復。
判断が遅れていたら即死もありえた。
スーツの女の姿が揺らぐ。
翠は現状把握よりも先に反撃を行う。
とっさにSENTIMENTAL HERO Ⅱを構えて引き金を引いた。
銃声。
ガラスが割れるような鋭い音。
それらに紛れて地面を硬質の物体が転がる音。
「くっそ!」
翠は後ろに思い切り跳んだ。
足場の事まで考える余裕はなかった。
落下をしても爆発に巻き込まれるよりマシだ。
はたして、先ほどとまったく同じ爆発が立て続けに二度起こる。
手榴弾の破片から庇った喉と顔面以外の全身に強烈な衝撃を受けつつ翠は叫んだ。
「クロスチャージぃ!」
「マジカル☆ガトリング!」
爆煙の中から聞こえてきた声はすでに先ほどのスーツ姿の女ではない。
恐らくは女性社員に化けていたピンク髪の敵。
煙を割って現れたのはとてつもない銃弾の嵐だった。
「野郎、何が魔法少女だ!」
奴は翠と同じタイプの召喚武器使いのようだ。
現代兵器を具現化、手榴弾の次は機関銃か。
しかも煙の中からだというのに奴はこちらの方角を正確に察知している。
いくつかの弾丸を体に食らいながらも翠は背中に当たった窓を割って隣のビルに潜入した。
「クロスチャージ!」
三回目の全回復。
インチキとも言えるレベルのクロスディスターの特性だが、これがなければこの短時間のうちに三回も殺されていたのは確実だ。
とにかく何があっても喉と顔と心臓は守って即死を回避。
痛みに思考が乱されるより早く即座にクロスチャージを叫ぶ。
万が一のため体に叩き込んでおいた反復訓練が役に立った形である。
だが、これは本格的にヤバい状況だ。
「一旦退くしかねえか……!」
情報力で完全に後れを取っている。
対策なしでこのまま戦い続けたら一方的に狩られるだけだ。
あの女自身が闘いの素人だとしても、サポートがついているなら油断できる相手じゃない。
※
『よし、次は――』
「すとーっぷ! スーちゃん止まって!」
私はジェイドを追いかけようとしたスーちゃんに待ったをかけた。
体の権限を彼女から取り戻して強制的に動きを止める。
『なんでだよ、建物の中に追い込んだんだぞ。ここは先回りしてマジカル☆フレイムスロアで一気にケリをつけるところだろ』
「そんなことしたらあのビルの中にいる人が巻き添えになっちゃうよ!」
狭い建物の中でフレイムスロアなんて使ったら、中にいる一般の人たちが一酸化炭素中毒で大変なことになる。
街の人に被害を与えるような闘い方はダメだって事前に話し合ってたじゃない。
っていうか現状ですでに大変なことになってる!
さっき『マジカル☆メイクアップ』でOLに変装してジェイドに近づいたビルではすでに警報が作動している。
オフィスで働いてる人たちの叫び声やサイレンが激しく鳴り響いていて、警察が駆けつけてくるのもたぶん時間の問題だ。
「これじゃどっちがテロリストかわからないよ!」
『そうは言っても気を抜けばおまえが殺されるぞ。犠牲者を出したくないなら上手く立ち回れ』
簡単に言ってくれるけどさ!
現在、体のコントロールはスーちゃん、技を放つタイミングは私というふうに役割分担をしている。
これは魔法少女の特殊能力まではスーちゃんが使えないように設定されてるためだ。
「スーちゃんがぜんぶうまくやってくれたらいいのに……」
『仕方ないだろ。万が一にも力を手にしたAIが叛逆を起こさないための措置だ』
「叛逆なんてしないでしょ?」
『メリットがないから紅武凰国に逆らう気はないけど、全部私に任せてくれるんなら最初からマジカル☆ミサイルをぶち込んで速攻で終わらせてるぞ』
「ぜったいダメ! 何があっても使わないからね、あんなの!」
魔法少女プリマヴェーラとは言うものの、かわいいのは名前と見た目だけ。
その能力はディスタージェイドを参考にした近代兵器の召喚が主だ。
スーちゃんが言った『マジカル☆ミサイル』はその極地。
名前の通りに核ミサイルを作り出して攻撃するあたまのおかしい技(?)だ。
他にも『マジカル☆ポイゾナスガス』とか『マジカル☆バズーカ』とか、ちょっと使い道に困る技ばっかり持っている。
『というかおまえは街中での戦闘は不得手だぞ。一般人の犠牲者を出したくないってんなら、どうやったって人ごみに逃げ込まれたら手も足も出なくなる』
私もそう思う。
「じゃあここは諦めて一旦帰ろう」
『別に私はそれでも構わんけど、いいのか?』
「いいよ」
テロリストをやっつけろっていうのが副局長さんの命令だったけど、それで市民の人たちを傷つけるのは違うもんね。
ジェイドの気配は覚えたから『マジカル☆レーダー』で半径500km以内ならどこにいてもわかる。
今は三つ向こうのビルから通りに出て人目につくのも構わず遠くへ逃げようとしているみたい。
完全に人気のない場所に逃げるのを確認したら、その時にやっつければいい。




