2 五種の召喚銃
翠は蒲田駅付近のビルに身を隠していた。
謎のピンク髪の女は一旦どこかへ逃げたが、すぐにまた襲ってくるだろう。
戦闘が再開される前にとりあえず携帯端末で火刃に連絡を取っておくことにする。
アドレス一覧から名前を選択すると通信はすぐに繋がった。
『どうした』
「新しい敵に遭遇した。たぶん紅武凰国製のクロスディスターだ」
『降伏は罠だったということか?』
「たぶん違う。一緒に列車に乗ってたウォーリアもまとめて攻撃された」
爆破されて脱線した車両は多摩川に沈んだ。
ウォーリアがあの程度で死ぬとは思わないが、無傷ではないだろう。
仮に犠牲を覚悟した罠だったなら翠のRACでも察知できない手段を使われていたはずだ。
『敵の戦闘力はどれくらいだ』
「わからねえけど、一筋縄じゃいかないとは思うぜ」
物理的ダメージを与えるB弾がバリアで弾かれた以上、簡単に勝てる相手じゃない。
以前のガムシャラに戦っていた時とは違って翠は敵の戦力を楽観することはない。
援軍を送ってもらうか、場合によっては撤退も視野に入れているが……
『そうか。なら十分に注意して戦え』
「は?」
『可能なら生かしたまま捕らえて連れて来い。ただし止むない場合は殺害も許可する』
「ちょ」
通話を切られた。
具体的な指示も援軍の約束もなし。
要は自分でがんばってどうにか解決しろってことだ。
「くっそ、あの陰険野郎!」
信頼されていると言えば聞こえはいいが、これはただの丸投げである。
まったく部下を思いやってくれない上役には頭を抱えたくなった。
愚痴を言っても仕方ない。
どうにか自力で切り抜けるしかない。
翠も相手がただのウォーリアならここまで警戒はしない。
しかし相手が同じクロスディスターなら最大限の警戒をする必要がある。
「自力で対処するしかねえか……」
先ほどの交戦でわかったことがいくつかある。
まず、あの女はRACを無効化する手段を持っている。
列車が攻撃される直前まで接近に気づけなかったのがその証拠だ。
移動中の列車を正確に狙ってきたことから、奴はこちらの気配を一方的に察知している可能性もある。
そして列車を一撃で破壊するほどの攻撃力と、意識外の攻撃からも身を守る防御能力。
あのピンク髪の女自身はかつての翠と同様に戦闘の素人のようだが、それを補って余りある基礎スペックを有している。
そして傍に浮いていた小人。
あれが女に触れると同時に動きが明らかに良くなった。
翠もクロスディスターになったことである程度の戦闘勘を得たが、より機械的なサポートシステムなのかもしれない。
「オレに狙われたウォーリア共もこんな気分だったのかもな……」
そんなことを考えながらも、やると決めた翠は即座に行動を開始した。
※
クロスディスターの特性は大きく分けて三つ。
自らに迫るあらゆる危険を察知するRAC能力。
どれほどの負傷や消耗も一瞬で回復させるクロスチャージ。
そして己のSHINEを物質的に変化させて武器を作り出す召喚武器だ。
このうちRACに関してはすでに対抗策を取られている。
今回もそうだが、これまでも何度か唐突な奇襲を受けることがあった。
クロスチャージに関しては喉を潰されたり、声の出せない状況になると使えない。
周囲にSHINEが充満していない所では使えないという欠点もある。
最後は召喚武器。
これは何でも出せる便利能力というわけではない。
一つの武器を具現化させるには長い時間とイメージトレーニングが必要となる。
現在、翠が使える召喚武器は五つ。
すべて実在する銃器を具現化したものである。
ただし弾丸は彼自身のSHINEを変質された特殊な弾だ。
A弾は非殺傷だが普通の人間なら当たれば数日は動けない。
B弾は物理的破壊力のある通常弾でウォーリアにもダメージを与える。
C弾は全快状態でも二発しか撃てない最強弾であり、あらゆる敵を一撃で消滅させる。
具現化できる召喚武器は以下の通りである。
ハンドガン『M2030』
旧クリスタ軍正式採用のオートマチック拳銃。
E3ハザード以前は日本の警察も使用していた信頼性の高いハンドガンだ。
使用弾丸はA弾。
リボルバー拳銃『SENTIMENTAL HERO Ⅱ』
反ラバース組織の依頼で旧クリスタ合酋国の新興銃器メーカーが制作した拳銃。
同じ愛称を持つSH2026と違い、こちらはオリジナルと同じ型のリボルバー銃である。
使用弾丸はC弾。
サブマシンガン『MPZ-K』
旧ドイツ製の短機関銃で連射速度と軽量さに定評がある。
実銃は破損頻度の問題で欠陥銃扱いだったが、召喚武器では欠点が克服されている。
使用弾薬はA弾。
アサルトカービン『M4 ALPHA』
旧クリスタ軍正式採用のアサルトライフル。
CQB仕様のショートバレルカービンであらゆる交戦距離で使えるメイン武器である。
仕様弾丸はB弾。
スナイパーライフル『BUSTER FLAME』
長大な銃身と圧倒的な射程を持つ狙撃銃。
ほとんどの敵を射程外から一方的に暗殺できる最強の必殺武器だ。
使用弾薬はC弾。
どれも新日本陸軍に実物があったもので、翠はそれらの銃に触れ、分解して機構を理解し、目を閉じても詳細な形が浮かんでくるまで使い込んでようやく具現化に成功した。
琥太郎はこの半年で新しい召喚武器をひとつしか具現化できなかったので、これにも得意不得意があるらしい。
この他にも翠が初期に使っていた必殺技として『クロスシュート』があるが、エネルギー効率、威力、使用中の隙の観点からもC弾に大きく劣るため、今後使う機会はほぼ無いと思われる。
「さて……」
翠はリボルバー拳銃『SENTIMENTAL HERO Ⅱ』を召喚してビルの屋上に出た。
ピンク髪の女を守っていたバリアは非常に強力で、B弾ではビクともしない。
しかしC弾ならば少なくとも一時的にバリアを破壊することができた。
相手がこちらの位置を把握しているなら長距離狙撃用ライフルで悠長に狙う余裕はない。
射程は短いが取り回しが良くて多少の連射もできる『SENTIMENTAL HERO Ⅱ』で接近戦を挑むのが現実的だ。
広い場所で精神を研ぎ澄ませて、相手が攻撃してくる瞬間を察知してカウンターを叩き込む。
遠方からの長距離攻撃の可能性は大いにあるため喉や頭さえ守りつつ警戒。
初撃の後はこっちから敵のところに向かってやる。
情報戦で負けているなら逃げ隠れしても意味がない。
だから敵を待って正面から受けて立つ。
これが翠の今回の基本戦術だ。
「さあかかって来いよ、クリスタ製のクロスディスター!」
気を張り詰めて翠は敵の襲撃を待った。
そして……
そのまま何事もなく三時間が過ぎた。




