8 ウォーリアの降伏
翠は久しぶりに東京にやって来た。
カワサキコミューン西部の丘陵地から街壁を越え稲城市へ。
ここから先は仮初めの自由に騙されている二等国民たちが暮らす地域である。
旧神奈川地域からウォーリアは一掃した。
現在は琥太郎が各地域を分ける壁に通路を作って回っている。
そして紅葉と特殊部隊クサナギの隊員たちは各コミューンで混乱を起こしていた。
翠がザマコミューンで三人組を倒した後は、ウォーリアの組織的な抵抗は全くなくなった。
時おり遭遇した職務に忠実なブシーズ隊員が散発的な攻撃を仕掛けてくる程度である。
そしてリシアから聞いた情報によると府中にウォーリアの重要な施設があるらしい。
ここを潰すことで二等国民地域からも完全に監視の目を潰すことができる。
東京が安全地帯になればクサナギの指揮所も箱根から移って来られる。
紅武凰国内部に恒久的な日本軍の拠点を作れることになるのだ。
移動中のトラックの荷台に飛び乗り、稲城大橋に入った所で携帯端末が鳴った。
『ようスイ』
「コタか、どした?」
『ウォーリア養成施設に向かってるって聞いたから、一応な』
連絡をしてきたのはディスターアンバーこと琥太郎だった。
『あそこを攻めるなら北側からがいいぞ。駅前の高層ビルから施設が一望できるはずだ』
「なんだ、詳しいな」
『しばらくそこで暮らしてたからな』
琥太郎は今から向かうウォーリア養成施設とやらで訓練を受けていたらしい。
内情を知る者からのアドバイスならば間違いないだろう。
「おっけ。助かるぜ、サンキュな」
『それから、これはできればでいいんだけど……』
「なんだ?」
「もし敵の中に降伏の素振りのある奴がいたら、命までは取らないで欲しいんだ』
今は敵とは言え、彼にとっては古巣のような場所。
きっと憎からぬ知り合いもいるのだろう。
友人の控えめな頼みを無視するほど翠は歪んではいない。
「わかった。約束するぜ」
『無理はしなくていいからな。あくまで翠自身の安全を第一に考えてくれ』
「おう、ありがとな」
※
通話を終えた翠は目的地に着くと、琥太郎から言われた通りにウォーリア養成所の北側へと向かった。
ここから電車で二十分ほどの場所に住んでいた翠も府中駅前は何度か訪れたことがある。
琥太郎の言う通りスナイピングスポットになりそうな高層ビルがいくつも建っていた。
中でもひときわ高いビルに侵入し、人の目を避けて上階へ駆け上がる。
屋上には鍵がかかっていたがB弾で撃ち貫いて侵入した。
見下ろせば南側に広大な施設が一望できた。
少し距離は離れているが十分に狙撃射程圏内だ。
とりあえず施設の俯瞰図を頭に叩き込もうと様子を探っていると、
「……ん?」
施設の一番高い建物に目が留まる。
翠はスナイパーライフルを召喚してスコープ越しに観察した。
複数の人間が集まっている。
彼らは集団で円を描くように並んで座っていた。
腕を組み、足を組んで、厳めしい目つきで全方向を見据えている。
その中心に重石をつけた白い旗が立っていた。
彼らのうち何人かは大きな看板を持っている。
遠くからでも見えるようにとの配慮だろうか。
大きな文字で描かれたその言葉は。
――我々は降伏する。
「マジかよ……」
さすがに罠を疑うが、直後にスコープ越しにひとりのウォーリアと目が合った。
彼は素早く立ち上がって掌をこちらに向け両手を上げてみせた。
残りの者たちも同じくそれに倣う。
たぶん、ここが絶好の狙撃場所だということは知っているのだろう。
目ざとく翠を発見した彼らは素早く降伏の意を示してみせた。
※
直前に琥太郎と通話をしていなければ構わずに撃っていたかもしれない。
翠はビルから降りて直接ウォーリア養成施設へと向かった。
北側入口で待ち構えている者がいる。
先ほど最初に翠の姿を見つけた男である。
翠は油断なく召喚武器のアサルトライフルを構えながら問いかける。
「さっきのあれは降参するって意味でいいんだよな?」
「そうだ」
男は頷いた。
RACは危険を認識しない。
「お前と争っても殺されるだけだ。降伏する代わりに我々の命は助けて欲しい」
男はハッキリと敗北を宣言する。
しかし簡単に信じるわけにはいかない。
こいつらはRACを誤魔化す手段を持っている。
何より、ウォーリアは平気で嘘を付く。
「あんたの名前と地位は?」
「ここの教官を務めているハクシュウという。ウォーリア序列は十位だ」
「さっき屋上にいた他のウォーリアたちはどこだよ」
「大勢で出迎えては威嚇と思われると考え、奥のグラウンドに待機させている。必要ならすぐに呼び寄せよう」
翠は迷った。
冷静な彼の態度からでは真偽は判別しづらい。
仮にこれが罠だとすれば、確実に翠を倒せる状況を整えているはずだ。
「降伏するって言ったけど、何をもってそれを証明する?」
ただの口約束ではだめだ。
抵抗しないという確約が欲しい。
そして仮に降伏が本当だったとしても、受け入れるのは難しい。
翠ならともかく、クサナギの隊員や陸軍の施設ではこいつらを捕縛しておくのは不可能である。
ウォーリアの力の源であるNDリングは一度着けたら決して外れることはないという。
常時監視するべき対象を内側に抱えるのは軍にとっても大きな負担になる。
「ウォーリアの力を消失させる技術を教えよう。そしてお前たちの手で我々にそれを施術してもらう」
「え、そんなことできるのか? NDリングは一度付けたら外せないって聞いてるぞ」
「若い世代には秘匿されているが、技術的には昔から確立しているものだ。もちろん専門の設備と施術者本人の同意が必要ではある」
安全に彼らを無力化できるのなら命を奪う必要もなくなる。
翠としても無理を通してまで殺したいわけではない。
もちろん、彼の言う話が本当ならだが。
「だったら降参する前に自分たちでやっておけばよかったじゃねえか。そしたら疑わずに受け入れてやってたぜ」
「今はまだできない事情があるのだ」
「オレたちが受け入れなかった時に抗戦するためか?」
「それもないとは言わんが、未だすべてのウォーリアが降伏に同意しているわけではないからだ。九天の第四位を中心とした数名のウォーリアとは合意が得られなかった」
対立した味方に倒されることを恐れているのか。
それならば理解できない理由ではない。
「恥を承知で頼む。力を放棄する代わりに我々を日本国で保護して欲しい。もちろん、そちらにとって有力な情報はできる限り渡すことを約束する」
「うーん……」
ハッキリ言って翠では判断に困る。
なので一旦相談することにした。
「ちょっと待っててくれ」
携帯端末を取り出し、箱根で部隊の指揮を執る火刃に繋ぐ。
『なんだ』
「ちょっといいか? 相談したいことがあるんだけど」




