2 管理局からの呼出
瑠那はクリムゾンアゼリアの四十九階層にやって来ていた。
管理局と呼ばれる組織から出頭命令を受けたのである。
ウォーリアは別に管理局の下に属しているわけではない。
本来ならこの指示は従う必要のないものだ。
出頭命令というよりは任意同行に近いか。
しかし今回ばかりは無視できる状況ではない。
なにせ父親である速海駿也が紅武凰国に反意を持っていたのだ。
あの夜、父に差し向けられていた追っ手は管理局から派遣された人間だったという。
ここで出頭命令に逆らえば瑠那も反乱の意志ありと見なされてもおかしくない。
釈明の場になるか、はたまた何らかの処罰を受けるか……行ってみないことには始まらない。
ターミナル階層と自宅のある階層以外に足を踏み入れるのは初めての経験だった。
階層間列車の駅から出ると、自分たちの区画と比べて随分と都会だなと思った。
青白い一面ガラス張りの高層ビル。
十一階層よりさらに縦横無尽に拡がっているパイプ型高速道路。
未来を思わせる風景は同じでもクリムゾンアゼリア内には階層ごとに差があるのだ。
この四十九階層には管理局、軍基地、SHINE研究所という三つの重要施設がある。
クリムゾンアゼリアでも特に重要な区画で、特別扱いされるのは当然と言えた。
無人タクシーに乗って管理局に向かう。
目的地をナビで入力すると自動で運んでくれる公共機関だ。
駅は階層の外周部にあるので中央街にある管理局までは少し時間がかかるだろう。
その間、瑠那は父親である速海駿也のことを考えていた。
なぜ父は紅武凰国に逆らったのだろう?
建国の英雄の一人であり、ウォーリア序列第二位という地位もある。
クリムゾンアゼリアに入ることも許可されているから冷遇されていたわけではないはずだ。
もとより家庭を顧みない人ではあった。
けど、残され立場の悪くなる家族を見捨ててまでやらなければいけない理由があったのだろうか?
母はこうなることを予感していたような口ぶりであったが、あれ以上は何を聞いても詳しく教えてくれることはなかった。
そしてさらに信じられないことに、序列一位『処刑人』こと星野空人までもが共に反旗を翻したらしい。
彼は紅武凰国に逆らった者を何人も処断してきたと言われるウォーリア最強の大英雄である。
父とは古くからの付き合いがあったとは聞いていたが、一体なぜ彼らは……
『まもなく目的地に着きます』
機械音声に思考を中断された。
考えている間に車は中央街に入っていく。
こうして内側から見ればまさしくここは未来都市である。
天井限界があるためさほどの超高層建築はないが、それでも見上げれば圧倒される。
管理局は周りと比べても特別目立つ建物ではなかった。
普通に都市内部の高層ビルのうちの一つという感じである。
無人タクシーから降りて建物の中に入る。
重要施設の割には特に見張りのような者もいない。
フロントで受付の女性に話しかけると笑顔で対応してくれた。
「ようこそ管理局へ。アポイントメントはお取りですか?」
「ウォーリア九天序列五位の速海瑠那です。副局長のアオイ氏からの呼び出しに応じて来ました」
「少々お待ちください」
受付の女性は局内通話回線で確認を取る。
「お待たせいたしました、副局長は三階右奥の応接室でお待ちです。右手のエレベーターをご利用ください」
「ありがとうございます」
営業スマイルで見送られて瑠那はエレベーターに向かった。
※
応接室で待っている、と言われたが中には誰もいなかった。
部屋を間違ってたらどうしようと思いつつもそこで待たせてもらう。
二十分ほど経った頃、その人物はやってきた。
「お待たせ。管理局副局長のアオイよ」
オフィスに似つかわしくない黒いドレス。
室内だというのに派手で大きな黒い帽子を被った女性。
この管理局においては局長を務める第四天使の次に偉い人物のはずだ。
「初めまして。ウォーリア九天序列第五位、速海瑠那です」
「硬くならないで良いわよ。別に貴方を罰しようとかそんなことは考えていないから」
ソファから立ち上がって敬礼をする。
彼女は瑠那の緊張を優しい声で解き解した。
「父親の罪は父親の罪。息子の貴方は関係ない。そうでしょう?」
「は、はい」
紅武凰国では親族の犯した罪によって国民ランクが降格することもある。
とはいえルールは絶対ではなく、犯罪者は必ず親族に類が及ぶと決まったわけではない。
特に真の紅武凰国民である一等国民には、よほどのことがない限り連座の罰は適応されないはずだ。
ただし、とアオイは付け加える。
「もちろん貴方自身が紅武凰国に反抗の意思あるのなら話は別ですけど?」
今回呼び出されたのは糾弾というよりは瑠那の意思確認か。
その質問に対する瑠那の答えはハッキリ決まっている。
「ボクは栄光ある紅武凰国のウォーリアです。反逆の意思など微塵も持ち合わせておりません」
「栄光あるウォーリアねえ……」
アオイはそんな瑠那の宣言に冷笑を浴びせた。
「たしか現在は休暇中だったわよね。貴方が実家でのんびりと休んでいる間、塔の外がどうなっているのか知っているかしら?」
「い、いえ」
瑠那としては父に待機命令を出されているだけで休暇中という認識はない。
それを主張しても特に意味はないので黙って話の続きを待った。
「大陸で活動中のウォーリアは所属不明の暗殺部隊によってほぼ壊滅。生き残った者も死を恐れて次々と連合に助命を願い出ているわ。一度付けたら外せないNDリングが、今じゃ呪いの腕輪なんて呼ばれているそうよ」
「えっ……?」
「ちなみに所属不明と言ったけど敵は日本の特殊部隊『クサナギ』とそれに協力しているクロスディスターで間違いないわ。貴方たちが八王子で討ち漏らした緑の奴と、貴方の元同僚の黄色い奴ね」
緑の奴、ディスタージェイド。
そして黄色い奴、ディスターアンバー。
琥太郎が大陸のウォーリアを暗殺しているだって?
瑠那の脳裏にかつての友人と、大陸で世話になった先輩たちの顔が次々と浮かぶ。
「国内のウォーリアも惨憺たるものよ。今現在、神奈川県内で破壊工作活動中のクロスディスターに次々と狩られている。北関東の治安維持に当たっている者も呼び寄せてるみたいだけど……まあ無駄な犠牲が増えるだけでしょうね」
「そんな……」
この数週間の間にそんなひどい事になっていたなんて。
しかも大陸に関する事件はもっと前から起こっていたことだろう。
大陸のウォーリア暗殺事件は九天第五位である瑠那にすら秘匿されていたのだ。
「そして『九天』だったかしら? ウォーリア最高峰の精鋭は九人中四人が紅武凰国を裏切った。うち二人はすでに捕らえたけれど、残り二人、星野空人と速海駿也とは未だに逃亡中。ちなみに残った五人のうち三人は先日ディスタージェイドに挑んで殺されたそうよ」
知らないうちにウォーリアはほとんど壊滅状態だった。
九天で残っているのは瑠那ともう一人だけ。
「今は最後の一人が残った戦力をかき集めて対クロスディスターの作戦を練っているそうだけど……」
「わかりました、ボクも微力ながら現地に向かって作戦に加わります」
気持ちを切り替えなければいけない。
かつての友人だろうと戦う覚悟を決めなくては。
誇り高きウォーリアとして命尽きるまで国家に尽くそう。
……そんなふうに思っていた瑠那だったが。
「馬鹿を言わないで頂戴」
アオイが指を鳴らす。
すると裏手のドアが開き、銃器で武装した紅武凰国軍の兵士がなだれ込んできた。




