1 リシアとの再会
翠の窮地を間一髪で救った茶色い猫。
彼女は翠の前まで歩いてくると、全身から光を放って変身した。
あっという間に色黒くせっ毛の少女へと姿を変える。
「よっ」
「やっぱリシアか!」
人間の姿になったリシアは額に手を当てぎこちない挨拶をする。
翠は自然と笑顔になり、少女の手を取った。
「久しぶりだな! 元気してたか?」
「まあ、ぼちぼちな」
リシアはクリスタ共和国からやってきた少女である。
何も知らずに東京で暮らしていた翠にクロスディスターの力を与えたのは彼女だった。
「そっちこそ見違えたよ。なんていうか、逞しくなったな」
「そうか?」
この力は借り物だが、お気楽な学生だった頃とは意識が違う。
そんな風に褒められるのは意外と気分がいいものである。
と、途端にリシアはしおらしい態度で声を潜めた。
「それと……改めて、ごめん」
「え、なにが?」
いきなり意味不明な謝罪をされた翠は首を傾げる。
「今さらだけど、あの時にちゃんと言えなかったから、どうしても一言謝りたかったんだ」
「だから何の話だよ」
謝られるようなことは何も思いつかない。
そもそも翠がリシアと会うのは半年以上ぶりだ。
むしろネズミ使いの攻撃から助けられたことにこちらが礼を言いたい。
「アタシが落としたCDリングを拾ったせいでアンタは戦いに巻き込まれた。もし、そのことを恨んでるなら……」
「なんだそんなことかよ」
リシアの言葉を聞いた翠は肩をすくめた。
「恨んでるわけねーだろ。それよりさっきは助けてくれてありがとな」
今さらの話である。
というか翠は一度だってリシアを恨んじゃいない。
リングを勝手に拾って自分のものにしようとしたのは翠が悪いし、後悔もしていない。
あの時リシアに会わなければ、何も知らないままだった。
まもなく戦争が始まろうとしている今、呑気に生活している自分を想像するだけでぞっとする。
「こっちこそ、ずっとほったらかしにして悪かったな」
リシアがそんな勘違いをした原因は自分にもあることは自覚している。
彼女の元を離れた時、翠は確かに心の平静を失っていた。
ウォーリア・アキナの襲撃で学校の皆を殺された直後のこと。
あの時は母親やクラスメイトもみんな死んでしまったと思いこんでいた。
復讐の鬼と化してウォーリアを片っ端から殺す。
そんな目的のため、翠はリシアの元を黙って去ってしまった。
ウォーリアを許さない気持ちは今も変わらないが、多少は落ち着いて周りを見れるようになった。
「リシアはこの半年間どこで何やってたんだ?」
紅武凰国からすればCDリングを持ってきた彼女も捕獲対象のはずである。
今も無事ということは、どこかに身を潜めていたのだろうか。
猫に変身できる特性は隠れるのに便利そうではある。
「ゆっくり話するならうちのアジトに連れて行くよ。別に急ぎの用はないんだろ?」
「他に一緒に行動してる仲間がいるのか?」
「仲間のひとりはアンタも知ってる人のはずだよ」
「もしかして直央さん?」
「あたり」
直央さんは翠の友人の彼女(一応)で翠の母親やクラスメイトたちが生きているという情報を持って来てくれた人でもある。
なにやら諜報員としての技術を持っているらしく、いろいろと裏で活動をしていたようだ。
あの人がいるなら信頼できる。
翠はリシアのアジトとやらについていくことにした。
※
それは随分と意外な場所にあった。
にわかにはそこがアジトと信じられない所である。
「……こんな場所で見つからないのか?」
「見つかるも何も、周りはみんな味方だしね」
神奈川南東部にあるカマクラコミューン。
かつての古都は、他の三等国民地域と比べても紅武凰国による再開発前の姿を強く保っている。
その一角、古い寺院の中に彼女たちのアジトはあった。
「そういやリシアはなんであんな所にいたんだ? 何かの活動中だったのか?」
リシアと再会したザマコミューンとこのカマクラコミューンはそこそこ距離が離れている。
たまたま出先で会っただけならすごい偶然だと思ったが、
「実を言うとね、アンタが紅武凰国に戻って来てるってことは知ってたんだ」
「え、なんでだ?」
「ここの人たちは日本軍とも繋がりがあるんだよ。反紅武凰国の現地協力者なんだ」
「ってことはもしかして、オレの知り合いのことを探してくれたのは……」
「各地にいる仲間から情報を集めて流してる。何人かはアタシや直央が見つけたよ」
「そうだったのか」
リシアたちは遠く離れていても力を貸してくれていた。
彼女たちのおかげで翠は友人たちを助けに戻ってくることができた。
そう考えるとあらためて感謝の気持ちが湧いてくる。
「ただいまー」
「おうリシアちゃんおかえり……って、そっちの美人さんは誰だい?」
寺院に入ると黒い法衣を着たお坊さんが出迎える。
強面の外見に似合わず随分とフランクな感じだ。
「こいつが翠だよ。ディスタージェイド」
「おお、噂の正義のヒーローか!」
「こんちわっす。翠っす」
別に正義のヒーローではないのだが。
いちおう礼儀として軽く挨拶をしておく。
「亭冠和尚。うちらを匿ってくれてるんだ」
「お坊さんがスパイや手配者の味方をしてるんっすか?」
「あの不心得者共をこの国から追い出してくれるのなら協力は惜しまんよ」
亭冠和尚は翠の手を取り、強く握手をしながら語った。
「建国の際に紅武凰国は既存の宗教を強く弾圧した。この辺りに寺社が多く残るのも、観光地として維持されているだけだ。奴らは人を機械のように管理し、伝統の価値や信仰の意味を理解しようとしない」
和尚も随分と苦労したのだろうか、その顔には怒りや歯がゆさが色濃く映っている。
そして彼の説明を引き継ぐように襖の向こうから知っている人の声が聞こえた。
「だから紅武凰国三等国民地域にある宗教関係者の人は宗派を問わずほとんど味方なんだよ」
「直央さん!」
翠の友人の彼女で中学の先輩でもある直央さん。
一見するとボーイッシュな女性のような外見だが実は男である。
「久しぶりだね。元気だった?」
「この通り元気っす!」
「八王子で消息を絶ったって聞いて心配したけど、無事で本当に良かった。火刃から連絡を受けた時は安心したよ」
「心配かけてすいません……って、火刃とも知り合いなんすか?」
「同業者みたいなものかな。実際に会ったのは一年くらい前に日本軍と正式に協力関係を結んだ時くらいだけど」
そういえば直央さんも忍者だとかなんとか言ってたのを思い出す。
あの時は冗談だと思ったが、少なくとも陸玄や火刃はガチの忍者の末裔らしい。
「その火刃から連絡が入ってるよ。もし君の姿を見かけたら『前に出過ぎてるから少し止まってろ』だとさ。携帯端末は持ってないの?」
「あ、電源切りっぱなしだったわ」
補給も指示も受ける必要がないため今まで気が付かなかった。
少なくとも最初の命令である旧神奈川県内のウォーリア全滅までは止まる気はなかったが。
「せっかくだし、しばらくここで休んで行きなよ。久しぶりで積もる話もあるからさ」
「いや、でも任務中だし……」
「いいから黙って休憩しろって。紅武凰国をぶっ潰すために頑張ってくれるのはありがたいけど、少しは自分の身体も気遣えよ」
リシアが翠の肩を組んで顔を寄せてくる。
正直、チャージすれば疲労も体力も回復するので休憩する必要はないのだが……
「あんまり無茶ばっかりすんなよな」
「……わかったよ」
今日は懐かしい顔にも会えたことだ。
少し腰を落ち着けてもいいかもしれない。




