4 救出作戦
「そして問題はもう一つある」
開戦すべきではないという説明を終えた畔木は机の上に地図を広げた。
日本の旧首都圏、つまり現在の紅武凰国の地形図である。
南側と東側の海岸から陸地に向かって大きな矢印が描かれている。
内陸のいくつかの地点には大きく×印が描かれていた。
「これは?」
「まだ計画段階だが、三大連合が紅武凰国に進行する時に予定している攻撃目標と侵攻ルートだ」
×印は主に三等国民地域の主要なインダストリアルコミューン。
矢印は湘南海岸及び九十九里浜から入って、それぞれ東京に向かっている。
「どのタイミングで紅武凰国の迎撃部隊や天使が出てくるかはわからんが、奇襲によって艦砲射撃を受ける沿岸部と連合軍の進行ルートは甚大な被害を出すだろう。仮にクリムゾンアゼリアへ攻め込むまで紅武凰国が全く動かないとすれば、何十万人もの犠牲者が出るのは確実だ」
翠たちは息をのんだ。
東京に住む二等国民は外のことなど何も知らない。
外周部に住む三等国民はコミューンからの移動権限を与えられていない。
戦争が始まったら紅武凰国はそれらの地域に住む人々を素早く避難させるだろうか?
ブシーズやウォーリアはきちんと国の人たちを守るために戦うのだろうか?
「見捨てられる……なんてことはないよな」
「わからん」
畔木は険しい顔で翠を見る。
「現状で三等国民地域には様々な問題が発生している。反乱を成功させて半独立状態になっている地区すらある始末だが、中央はそれに対して本腰を入れて対処しようとはしていない」
「三等国民地域なんてどうなっても良いって思われてるってことか?」
「クリムゾンアゼリアに住んでいるのは紅武凰国の一等国民、つまり真の紅武凰国民だ。東京も各コミューンもシステムに即した自治が行われているが塔の民からすれば劣等の民に過ぎない。見捨てられる可能性は……少なくともゼロではないだろうな」
空を貫き聳え立つ巨大な塔、紅武凰国の真の首都クリムゾンアゼリア。
物資の流れはほぼ独立していて外の地域から何かを受け入れている様子はない。
むしろクリムゾンアゼリアから外の地域にSHINEを分け与えているシステムである。
とはいえ自国の領土が戦火に晒されて無視するはずがない……
と、普通は考えるべきだが紅武凰国は成り立ちからして普通ではない国家だ。
そもそも領土的野心を持っているならとっくの昔に世界中が支配されているはずなのである。
「ところで話は変わるが、お前に約束のものを渡しておく」
「約束?」
畔木は地図の下から伏せていた紙を裏返して翠に差し出した。
翠はそれを受け取って軽く目を通す。
そこに描かれているのは見知った名前の数々。
そして三等国民地域のコミューンの名前や日本各地の地名。
「これは……!」
「お前の知人たちが現在暮らしている場所だ」
翠は自分の本来の目的。
それは紅武凰国に囚われた家族や学友たちを救い出すことである。
翠の通っていた中学はウォーリア・アキナによる襲撃事件でメチャクチャにされた。
多くの生徒があの事件で死んでしまったが、生き残っている人たちもたくさんいる。
陸軍に力を貸す見返りとして友人たちを探し出してもらう約束をしていたのだった。
「棄民として日本国内に放り出された一四二人はすでに順次保護している。今も紅武凰国に残っているのはそこに記されている者たちだけだ」
三等国民として紅武凰国内に残っているのは十五人。
母親の山羽輪、残り十四人はすべて翠と同じクラスだった生徒である。
「……よし」
翠はテーブル上の地図と各コミューンの位置を見比べた。
そして彼ら彼女らひとりひとりの居場所をしっかりと頭に叩き込む。
「さて、ここからが話の本題だ」
畔木は三人の顔を見渡して言葉を続ける。
「お前たち三人に俺から個人的な頼み事がある。紅武凰国の国土は元々日本の領土で、住んでいる民衆もほとんどが元日本人だ。可能なら戦争が始まる前に助けてやりたいと思っている。紅武凰国が彼らを見捨てるのならなおさらだ」
「三等国民地域に住む人たちを外に連れ出してこいって命令か?」
「繰り返すが個人的な依頼だ。紅武凰国の情勢が不安定になって難民が発生した場合、我が国はそれを受け入れる準備がある」
翠たちクロスディスターはあくまで日本とは関係ない。
個人の意思による自発的なテロ行為ならば問題にはならない……という理屈だ。
「さすがにそれは無理が過ぎないか? 表向きはともかく、紅武凰国も我々の所在は把握しているだろう」
紅葉が疑問を口にする。
軍のトップが他所の国の人たちを連れ出せと依頼をしている時点で普通はアウトだ。
今のところは引き渡し要求などは来ていないらしいが、翠たちが大陸で暴れまわっていた事も知られていると思って間違いない。
「ぶっちゃけると国内向けのポーズだよ。軍は同盟国へ干渉するような作戦行動を大々的には行えないが、紅武凰国が攻勢に回れば真っ先に被害を受けるのは隣接してる我が国だ。実際は万全のサポートをつけてやるから安心してくれ」
「なんだよやっぱり命令なんじゃねーか」
「嫌か?」
「いや、やってやる」
翠にとってはむしろ非常に都合がいい。
軍の力を得られるなら個人で行動するよりもずっと楽になる。
思うがままに暴れているだけでは前みたいに手詰まりになるかもしれないが、作戦を考える段階でプロの手を借りられるのはとてもありがたい。
「何も知らない三等国民の人たちが戦争の犠牲になるのは可哀想だもんな」
琥太郎も腕を鳴らしてやる気をアピールしている。
かつて三等国民だった彼にも思うところはあるのだろう。
ところが紅葉だけはあまり乗り気ではないようだ。
「待ってくれ。僕もその作戦に参加しなくてはいけないか?」
紅葉は翠や琥太郎と違って紅武凰国の生まれではない。
自分の利益に関係のない危険な任務なら彼にも断る権限はある。
「人命救助のために力を貸すのは吝かではない。しかし僕としてはわざわざ危険を冒して紅武凰国に再び潜入するのはリスクを考えても……」
「言い忘れていたが、お前たちとは別に実働部隊として特殊工作員をひとり派遣するつもりだ」
「えっ」
命令を断る素振りを見せようとしていた紅葉はあまり聞き慣れない気の抜けた声を出す。
「そいつには遂行中の任務を切り上げて大陸から直接向かわせる」
「あ、えっと、それって」
「秋山陸玄という密偵だ。もちろんこれは頼み事だからお前たちには断る権利がある。クロスディスターがひとり戦力から欠けるのは痛いが、陸玄がいれば紅葉がいない穴も十分に埋めて――」
「何をモタモタしているんだ二人とも! 早く紅武凰国に向かうぞ!」
「お前ってそんな面白いキャラだっけ?」
紅葉はソファから立ち上がって一瞬のうちに窓枠に飛び乗った。
生き別れた兄貴を探しているという話は聞いているが、それにしても極端な奴である。
「それじゃ三人とも協力してくれるってことでいいな?」
「おうよ」
「もちろんだぜ」
「すぐにでも行けるぞ!」
翠は家族や友人を助けるため。
琥太郎は翠の手助けと三等国民への共感。
紅葉は現地に向かっているらしい兄貴と会うために。
「今夜中に列車を出すから、それに乗ってまずは駿河に向かえ。詳しい作戦の内容は同行する将校から聞くように」
「了解!」
それぞれ理由は異なるが、三人のクロスディスターが揃っての一大作戦の開始である。




