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CROSS DAYSTAR JADE -Jewel of Youth ep3-  作者: すこみ
第二話 管理
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3 工場

「親友翔大は女王様の事を尊敬してるんですか?」

「当たり前だろ」


 間髪入れずに即答された。


「尊敬っつーか愛してる。それこそ母のように、あるいは妻のようにな。お前みたくPDAで女王様の映像を持ち歩けるのがうらやましいぜ。ああ、早く帰ってうちの女王様に会いてえなあ!」


 日中もPDAを持ち歩くのは二十歳未満の人間だけに限られる。

 女王が母代わりだとすれば、いい年をした大人が常に一緒というのもおかしいのかもしれない。

 この機械端末が高価で貴重だという理由もあるだろうが。


 もちろん三等国民には家に帰れば必ず一台の女王像がある。

 それに街中のあらゆる所に監視機能付きの女王の肖像画が飾ってある。

 先ほど翔大が叱られたように不穏な行動や言動が目につけばすぐに注意されるし、程度が過ぎれば処罰されることもある。


 ふと翔大はマジメな顔つきになった。


「若いうちはいろいろと思うところもあるだろうが、間違っても変な気だけは起こすなよ。なんだかんだ言っても女王様の与えてくださるSHINEの恩恵で俺たちは人間らしい暮らしができるんだ。万が一棄民なんかになったら獣の生活が待ってるんだってことを忘れるなよ」


 棄民とは、その言葉通り紅武凰国から棄てられ追放されることである。

 かつて人々の生活を支えていた電気エネルギーはE3ハザードを境に利用できなくなった。

 世界中に満ちた特殊な粒子による汚染で発電した電気が使用不可能になったのだ。


 獣の生活は言い過ぎだが、隣国の日本やその向こうのユーラシア大陸各国では、工業化以前の前時代的な生活を営んでいると聞く。

 対して紅武凰国ではSHINEという電気に変わる代替エネルギーが存在するため、E3ハザード以降も変わらない高い文明水準を保っている。


 エアコンもテレビもライトもない生活を想像してみる。

 現代社会に慣れきった琥太郎にはさっぱり実感がわかなかった。

 それを考えたら多少くらい窮屈な思いは我慢すべきなのかも知れない。


「それじゃな。今日も仕事がんばれよ、親友琥太郎」

「はい、親友翔大」


 二人はバラバラに個別の更衣室に入り、作業服に着替えてそれぞれの持ち場へと向かった。




   ※


 琥太郎の仕事は社内配送作業である。

 二階や三階で渡された書類や道具を一階の作業員たちへ持って行く。

 工場内を駆け回るため体力を使うが、一箇所にジッとしているのが苦手な琥太郎にとってはむしろ楽しい仕事だった。


 このような管理都市においても仕事は一方的に決められるわけではない。

 当人の適性に応じてある程度の作業の融通は利くようになっている。

 週に一度、工員同士の話し合いで持ち場の調整も行われてる。


 工員たちに上下の別はない。

 突っ立っているだけの現場監視員も存在しない。

 仕事は朝方に掲示物が張り出され、後は各々がそれに従って行動するだけだ。


 琥太郎は二階に行ってバインダーを受け取った。

 それに渡された進捗状況を記した用紙を挟んで一階の作業場へと駆ける。

 離れたライン同士のやり取りを密にすることで全体的な作業の流れを調整する大事な任務である。

 琥太郎はあっという間に書類を渡して二階に戻ってきた。


 すべての工員に作業ノルマは存在するが、無茶を強いられることはほとんどなく、能力に応じて真面目に働いていれば十分に達成できる程度の仕事ばかりである。


 琥太郎の場合は書類や物品の手渡し作業を十一時までの二時間で十回行うだけ。

 若年工員は一般工員よりもノルマが楽だが、もちろんそれを超えて働くことも可能だ。

 働いた分だけ特別報酬も出る。


 とは言え別に琥太郎は特別報酬が欲しいわけでも仕事に燃えているわけでもない。

 作業がないときは本当に何も仕事がなく、他の人の邪魔しないように作業場の隅で座っているしかできない。

 琥太郎はそんな退屈な時間が嫌いなので可能な限り限り仕事をもらおうと必死に動き回っているだけだ。


 周りを見てもみな真剣に仕事へ取り組んでいる。

 前工程から流れてきた品に新しいパーツをつけて後ろに流すだけの単純作業だが、誰一人飽きもせずマジメにこなしている。

 監視機能付きの女王の肖像画が見張っている中でサボるのは不可能という理由もあるが、みな自分が与えられた仕事に対して誇りを持っているようだ。

 こんな工場の空気が琥太郎はわりと好きだった。


 昼前に一回だけチャイムが鳴る。

 若年工員の終了時間である。


「お疲れ、親友!」


 最後に書類を渡した工員からねぎらいの言葉をもらって琥太郎の作業は終わり。

 大人たちはこの後も午後一時の休憩時間まで働き続ける。

 バインダーを返しに行き、更衣室へ入った途端にPDAの女王が声を上げた。


「情報伝達回数、三十二回! ノルマを大幅に超えています!」


 怒られるのかと思って反射的に身構えたが、どうやら違ったようだ。

 機械音声のくせに心なしか嬉しそうな響きで女王は続ける。


「今日も労働お疲れさまでした! ……がんばりましたね、琥太郎」

「……」


 普段は番号で呼ぶくせに、時々こいつは不意打ちのように名前で呼ぶ。

 しかも普段より数段滑らかなアニメーションの笑顔付きである。


 機械に気まぐれなんてない。

 これはあらかじめプログラムされたデータだ。

 そうとわかっていても褒められて悪い気はしなかった。


 女王は母親代わりと言っていた翔大の言葉が思い出される。

 琥太郎は嬉しいと感じてしまった自分を否定するため強く首を振った。

 PDAの女王様は何も言わずに作り物の笑顔を浮かべ続けていた。

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