7 瑠那の希望
「てやああああっ!」
瑠那は手にした槍を振り回した。
背中側から大きく回転させると同時に穂先が急激に巨大化する。
クロスディスターの召喚武器である槍は瑠那の意思に伴って多少の形を変える。
変化した姿は槍と言うよりは持ち手の細い巨大な剣のようになった。
青白いSHINEを纏う刃が周囲の訓練用ガゼンダー漆式を八体まとめて両断。
最初の攻撃を終えると刃は縮小して元のサイズの手持ち槍に戻る。
「だららららららぁっ!」
駆けまわりながら機関銃のような激しい連続突きを繰り出す。
一撃ごとに刃が巨大化と縮小を繰り返し、前方から迫るガゼンダーの大群を駆逐していく。
その姿はさながら立ちはだかる敵すべてを薙ぎ払って進む戦車のよう。
中隊単位で迫るガゼンダーたちは瞬く間にスクラップの山に変わっていった。
「はっ!」
縦に振り降ろす一撃で最後のガゼンダーを両断。
瑠那は頭上で槍をくるくると回転させてから虚空へと戻した。
敵を全滅させた後も油断なく周囲の様子を見回していると、乾いた拍手の音が響いてきた。
「やるなあ。さすがは最年少で『九天』に選ばれただけのことはあるよ」
「ハクシュウ様……」
拍手と声の主はウォーリア養成所の教官ハクシュウだった。
※
「たった半年で目を見張るような成長だ。もう間違いなく俺より強いんだろうな」
特別訓練室を出た瑠那はハクシュウと並んで歩いた。
教官の言葉に瑠那は気恥ずかし気に顔を俯ける。
「そ、そんなことはありません。ボクなんてまだまだ未熟者です」
「謙遜するな。並のウォーリアでは束になっても今のお前には敵わないさ」
一月ほど前、瑠那はついにウォーリア序列一桁台である『九天』に選ばれた。
瑠那の現在の序列は五位。
一年前の自分から考えれば雲の上の地位である。
ちなみにハクシュウは教官を続けるために序列十位のままだそうだ。
「それより例の件は考えてくれましたか?」
「あー、あれね」
ハクシュウは気まずそうに瑠那の問いに答えた。
「中央の人たちとも相談してみたんだけど、やっぱりダメだった。お前は来期も内地勤務だよ」
「そうですか……」
九天に選ばれたとはいえ、今の立場はクロスディスターの力によるところが大きい。
特例的存在であるため大きな権限は与えられておらず上からの命令には従わざるを得ない。
瑠那は大陸での勤務を希望しており、前々からそうしてもらえるよう伝えていた。
かつて過酷さに耐えきれず逃げ出した苦い過去。
今ならあの時の汚辱を払拭できるはずだ。
当時は迷惑をかけっぱなしだった先輩たちにも今の自分の姿を見てもらいたい。
しかし、残念ながらその願いは叶わなかったようだ。
「おっと勘違いするなよ。別にお前の能力に問題があるわけでも、信頼されてない訳でもないぞ。適材適所があるってだけの話だ」
「ボクに大陸勤務は相応しくないと?」
「相応しいっていうか、クロスディスターは紅武凰国の外じゃ満足に力を出せないだろ」
「あっ」
そういえばそうだった。
SHINEが満ちていない国外で瑠那は本領を発揮できない。
具体的には一瞬で怪我も疲労も全快できるクロスチャージという能力が使えなくなる。
「もっとぶっちゃけると、今は国外に戦力を割く余裕なんてないんだ。三等国民地域に人手が足りないって話は聞いてるだろ」
「はい」
北関東ではウォーリアの手が回らなくなったことで散発的な反乱が起きているそうだ。
その上、最近では同盟国であるはずの隣国日本も怪しい動きを見せていると聞く。
九天たるもの守護の要として最優先で紅武凰国を防衛しなければならない。
ジェイドやショウのような凶悪な敵がいつまた現れないとも限らないのだ。
「わかりました。引き続き国内の治安維持に努めます」
この手で守る。
祖国を、そしてこの国に住む人々を。
そのために瑠那はこの半年間、厳しい修行を己に課してきた。
……そうとでも思わなければ残念に思う気持ちを顔に出してしまいそうだった。
「そういえば、彼女とは最近うまく行ってるのか?」
「彼女?」
「とぼけるなよ。お前が現地で拾ってきた子のことだ」
「ああ、七奈のことですね。いい感じですよ」
エビナコミューンで出会ったウォーリアに恨みを持つ少女。
彼女は勘違いから反逆の罪を犯して処刑される寸前だった。
自分がエビナコミューンを訪れたことが彼女の暴走のきっかけになったのは確かであり、責任を感じていた瑠那は、彼女の罪を帳消しにしてもらう代わりに身柄を一時的に預かることになった。
現在は同じマンションで暮らして多忙な瑠那の代わりに家政婦のようなことを務めてもらっている。
「彼女も更生が進んでますので、以前のように暴れたりすることはもうありませんよ。一年以内には思想テストを受けた上で二等国民として社会復帰できると思います」
「いや、そういうことじゃなくてな……まあいいか」
なぜか肩をすくめるハクシュウだが、瑠那には彼が何を聞こうとしているのかよくわからなかった。
※
その翌日。
瑠那はハクシュウから新たな任務を受けた。
「クリムゾンアゼリアに?」
「ああ。お前の同行を直々にご指名だ」
紅武凰国の真の首都、クリムゾンアゼリア。
甲府盆地を覆い天高く聳え立つ白亜の巨塔。
そこはウォーリアですら立ち入り禁止の聖域である。
瑠那は一応クリムゾンアゼリアの生まれだが、育った階層以外のことはよく知らない。
「なぜボクなのでしょう」
「塔の中にクロスディスターに興味があるって人がいるらしくて、お前に直接会って話を聞きたいそうだ」
なるほど、そういうことか。
もちろん正式な任務なら断るつもりはない。
むしろ最近は訓練くらいしかすることがなくて退屈していたところだ。
「わかりました。謹んでお受けいたします」
「それから今回の同行者だが、お前もよく知っている人物だぞ」
「え……」
よく知っている人、と言われてドキリとした。
瑠那が真っ先に思い浮かべた顔は自分と一緒にクロスディスターになった少年だ。
八王子の山中でショウとその仲間にやられたきり離れ離れになってしまった琥太郎。
すでにショウは上位の九天と中央の人たちが協力して捕らえたが、琥太郎は行方不明のままだ。
もしかしたら彼が戻ってきたのかもしれない。
ウォーリアとしてまた一緒に働けるかもしれない。
そんな淡い期待を持ったのは一瞬のこと。
瑠那はドアが開く音を聞いて背後を振り返った。
そして、そこに立っていた人物を見て固まってしまう。
「久しぶりだな、瑠那」
「え、あ……」
数年ぶりになる再開の挨拶はそれだけだった。
たぶん口で言うほど久しいとも思っていないのだろう。
その人物の名は速海駿也。
九天上位者にしてウォーリア序列は二位。
すべての始まりのL.N.T.第一期から戦い続けてきた者。
瑠那の実の父親である。




