4 琥太郎、思春期の悩み
琥太郎には悩みがあった。
京都で暮らすようになってから半年。
ここでの生活に不満はない。
ライトもエアコンもない生活は最初こそ戸惑ったが、すぐに慣れた。
暇なときは市域を散歩するだけで十分な娯楽になる。
軍からは給料をもらっているし、金を出せば店で美味いものも食える。
何よりここにはウラワコミューンやウォーリア養成所には存在しなかった自由がある。
翠や紅葉をはじめとして周囲の人間はみな紅武凰国に対する闘志に燃えているが、琥太郎は別に何が何でも奴らを打倒しなくては気が済まないとは思ってない。
平和に暮らせればそれで充分。
もちろん、いずれ戦いの時が来れば力を惜しみはしない。
戦わなければこの平和が奪われてしまうというなら全力を尽くして守りたいと思う。
それほどに今の生活は満たされていた。
……ただひとつ、自分の心の問題を除けば。
「コタ!」
街路を歩いていると愛称で名前を呼ばれた。
琥太郎は思わずびくっとして背筋を正してしてしまう。
いや、別に緊張する相手ではないのだ。
ただちょうど彼のことを考えていたから驚いただけだ。
琥太郎の周りで彼のことをを『コタ』と呼ぶ人物は一人しかいない。
「よ、よおスイ」
こちらも愛称で返すと、スイこと山羽翠はにかっと笑った。
友人の笑顔がまぶしくてつい視線を泳がせてしまう。
「いまから陸軍省か? 一緒に行こうぜ」
短く刈り揃えた髪。
気に入ってるのか最近よく着ている軍の迷彩服。
格好だけ見れば男性的であるが、胸元の大きな膨らみは隠しようもない。
翠とは琥太郎が二等国民だった小学生時代の幼馴染であった。
親友と言っていい間柄で、当時はもっとも仲の良い友人だった。
なんやかんやあって、二人はお互いにクロスディスターとして再会。
琥太郎はウォーリアの立場を捨てて紅武凰国を裏切り今では一緒に過ごしている。
友人であり、共に戦う仲間。
そんな健全な関係のはずなのだが……
ちらり。
琥太郎はつい視線を翠の胸元に向けた。
しかしすぐに慌てて目を逸らしてしまう。
「ん、どした?」
「いいい、いや何でも」
「そっか」
翠は気にした風もなく先を歩く。
琥太郎は黙って隣を歩いた。
※
陸軍省の中庭で、二人は軍の将校からシガレット型エネルギーカプセルを受け取った。
それを口にくわえてタバコの要領でSHINEを吸引する。
このまま何もしないでいるとSHINEの過剰摂取で酩酊状態になって倒れてしまう。
その前にこのSHINEをすべて自身のエネルギーに変えるための言葉を叫ぶ。
「クロスチャージ!」
「クロスチャージ!」
二人の身体が光に包まれる。
クロスディスター本来の姿に戻る。
琥太郎は狼のシルエットような長い髪を持つ金色の西洋鎧風の姿に。
そして翠はふわふわもこもこのツインテールにバトルドレスに。
「おっし! やっぱリセットすると体が軽いぜ!」
掌に拳を打ち付けて気合いを入れる翠。
少年のような言葉遣いと行動だが、その恰好はどこからどう見ても女の子である。
実際に今の翠は女性なのである。
クロスディスターに変身した者は肉体が変化する。
琥太郎や他の二人は華奢な体つきになる程度だが、翠は性別すら変わってしまった。
中身は男、それはわかっている。
なのにどうしてもこう思わずにはいられない。
翠はかわいい。
とてもかわいい。
もっとハッキリ言えば……
「……っ!」
琥太郎は頬を両手で強く叩いた。
頭に浮かんだ変な考えを消し去るために。
「お、コタも気合入ってんな!」
それを勘違いしたのか翠は背中をぽんぽんと叩いてくる。
距離を感じさせない気軽なスキンシップにドキッとしてしまう。
「ま、まあな。早く行こうぜ」
「おう!」
最初に意識したのはいつだろうか?
たぶん陸軍の野営訓練に参加した夜のことだ。
その日は途中から土砂降りになった。
翠、紅葉、琥太郎の三人チームで簡易テントがひとつ。
びしょぬれになった戦闘服をためらいなく脱ぐ翠の姿を見てしまった時から。
琥太郎も十五歳の健全な男子である。
しかし、今まで彼は女性にそういった感情を持ったことが一度もなかった。
周りにいた女はゴリラのようなブシーズか、狂人を絵に描いたようなウォーリア候補生だけ。
ある意味であれは人生で初めての衝撃だった。
一度そういう風に意識するともう止めようがない。
翠が何をしてもかわいく見えるし、何を言われても嬉しい。
翠は基本的に良い奴だし男としても女としても魅力のある人間である。
正直に言ってすごく悩んだ。
というか今も悩み続けている。
だって翠は男だし。
でも今は間違いなく女の子。
意識しないようにと思うけど気になってしまう。
友だちに対して変だってわかってるけど感情は止められない。
こんな感情を抱いてるって知られたら気持ち悪いって思われるんじゃ?
毎晩考えては眠れなくなる。
「はぁ……」
「お、どうした溜息なんて吐いて」
「いや、個人的なこと」
「悩みがあるなら何でも相談しろよ」
さすがに悩んでるのはお前のことだよとは言えない。
※
朝の訓練を終えると、午後からは特別任務に参加することになった。
「今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
作戦に同行することになった特殊部隊の隊員二人に挨拶する。
彼らは人の良さそうな笑顔で返事をかえしてきた。
「おう翠ちゃんに琥太郎くん。今日はよろしくな」
「ちゃん付けするんじゃねえよぶっ飛ばすぞ」
「ははは、正義のヒロインに怒られちまった!」
「こわいこわい。さあ、さっさと乗り込んでくれ」
「ったく……」
翠は陸軍基地の人気者である。
朝アニメのヒロインみたいな外見。
本物のヒーロー同然の超人的パワー。
それなりに礼儀正しくてさばさばした性格。
そして彼らと同じく紅武凰国に強い憎しみを持って戦うシンパシー。
これで基地内の軍人たちからの評判が良くないはずがない。
ただし流石に中学生なので、邪な感情を向けられることはいまの所ないようだ。
どちらかというと『みんなの娘(あるいは息子)』という感じの扱いである。
「結構な長旅になるからな。ちゃんと暇つぶしのオモチャは持って来たか?」
「いや子ども扱いすんなって」
「ボードゲームを積んであるから四人でやろうぜ!」
「真面目にやれ。操縦ミスって墜落死とか冗談じゃねえぞ」
冗談を交わし合いながら四人は大型の輸送ヘリに乗り込んだ。
今回の表向きの任務は同盟国である清華民国への物資輸送である。
東亜連合とオリエンタル同盟の戦場に近い内陸部へ武器や食料を運ぶという任務だ。
ただし本当の目的はクリスタ製の秘密兵器クロスディスター二名を戦場に運ぶことである。
陸軍基地から飛び立ったヘリは小倉で燃料を補給した後に玄界灘を渡る。
朝鮮半島を経由して清国領内に入り数日かけて南西方向へ。
やがて彼らは四川省西部の高原にある臨時基地に到着する。
現地の清国軍に支援物資を引き渡し、それが終わると本来の任務の開始である。
「じゃあ一週間後に、また」
「おうよ。ご苦労様」
ここからはしばし軍とは無関係。
琥太郎と翠は日本へ帰っていく輸送ヘリを見送った。
「さて、さすがにこんな奥地まで来るのは初めてだな」
「戦場にも近いし気合入れないとな」
そして現地で調達した民間用オートバイに跨る。
運転するのは琥太郎で翠はタンデムシートだ。
エンジンに火を入れて盛大に空ぶかしする。
「さあコタ、行くぜ!」
「ああ!」
思春期の悩みは一旦お預け。
ウォーリア狩り、大陸出張だ。




