表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CROSS DAYSTAR JADE -Jewel of Youth ep3-  作者: すこみ
第十四話 Battle of the Deviant
146/232

8 ショウVS星野空人

 ぴちゃり。


「……………………は?」


 マコトは混乱していた。


 背中が冷たい。

 何やら自分は水の中に横たわっている。

 視界の先に見えるのは薄暗い天井で、体に濡れた布団がまとわりついている。


 布団を跳ね上げて起き上がる。

 隣には同じように眠っているタケハとケンセイの姿。

 行燈の灯りは消えているが、さっきまで話し合いをしていた御殿場の旅館に間違いない。


 だが自分はいつの間に眠っていた?

 いつの間に布団を敷いた?

 この水はなんだ?


 強い潮の香りがする。

 これはたぶん海水だ。


「……ありえない」


 ここは建物の二階だ。

 それにこの辺りは海から離れていて標高も高い。

 どんな大津波が起ころうと海水が押し寄せるなんてことは絶対にない。


 そう考えたところでマコトの頭の中にとある人物の名が浮かぶ。


『海使い』


「っ、タケハ! ケンセイ!」

「……ぬ?」

「! な、何事だ!?」


 文字通り叩き起こすと、反紅武凰国組織の親友二人はすぐに目を覚ました。

 彼らもマコトと同じく夢から覚めたばかりで混乱の中にある。


 そして、さっきまでこの場にいた残りの二人。

 ショウと厳強王の姿がない。


「まさか……」


 時間が飛んだかのような不思議な感覚。

 いや、それ以前からあまりに朦朧とし過ぎていた。


 ここは紅武凰国から何キロも離れていない。

 そんなところで呑気に宿を取って話し合っていただと?

 ショウがいるとはいえ、どれだけ油断していたらそんな判断をするんだ。

 自分たちは十年以上も慎重に戦ってきた地下組織だぞ。


「あいつっ!」

「みんな、無事っすか!?」


 直後、襖が勢いよく開いて太い声が飛び込んできた。

 ケンセイが刃を突きつけ、タケハは行燈を手に身構える。


「動くな、厳強王!」

「ちょ、ちょっとなんすか! 俺っすよ! ツヨシっす!」

「貴様が我々を罠に嵌めたのだろう! 催眠術の類でも使ったか!」

「誤解っす! 俺も隣の部屋で目を覚ましてたったいま起きたんっすよ!」


 こいつが何かをしたわけではないのか?

 いや、簡単に信じるのは危険だ。

 三人は疑いを向けつつ厳強王から距離を取る。


「それより外を見てください! 大変なんすよ!」

「外……?」


 厳強王への警戒はケンセイとタケハに任せ、マコトは窓から建物の外を見た。

 そこでは完全に半ばまで水没した宿場町の景色がある。

 大勢の人々の叫び声も聞こえてきた。


「この大量の海水は、やっぱり……」

「たぶん『海使い』速海駿也の仕業っす!」


 ウォーリア序列第二位。

 その能力はほぼ無尽蔵の海水を召喚すること。

 そしてその水を操ること。

 

「そうだ、ショウはどこに行った!?」

「こっちの部屋にはいなかったっす!」

「もしや敵を察知して一人で迎撃に向かったのでは?」


 タケハの推測は楽観が過ぎる気もするが、あいつならあり得ないことではない。

 仮にこの近くに速海駿也がいるとしてもショウなら問題ないはずだ。

 天使はともかくあいつがウォーリアに負けるわけがない。


「彼なら上で戦っているわよ」


 ぞっとするような女の声が聞こえた。

 真っ黒なドレスに身を包み、闇に溶け込む女。

 そいつはマコトたちのいる部屋の隅に立っていた。


 この女の声には聞き覚えがあった。

 マコトよりも強く反応したのは厳強王である。


「て、テメエっ!」

「久しぶりねツヨシ。貴方、裏切るのはこれで何度目?」


 闇の中でもはっきりとわかるよう彼女は薄く微笑む。

 マコトは足が動かせないことに気づいた。

 足首を濡らした海水が凍っている。


「それじゃ後はお願いするわ、美紗子」

「わかりました。アオイさん」


 さらに反対側から別の声が聞こえる。

 マコトはそちらを振り向くこともできない。

 ただ、ケンセイとタケハのうめき声だけが聞こえた。


 その直後に首筋に強い打撃を受け、マコトの意識は闇に沈んだ。




   ※


「ちくしょう、ふざけんなっ!」


 ショウは御殿場宿場町の上空で戦っていた。

 相手は真っ黒なスーツに身を包んだ男。

 その手には闇よりもなお濃い刃。


 名はウォーリア序列第一位、星野空人。


「どうした。その程度か赤坂翔輝」

「うるせえいちいちフルネームで呼ぶな!」


 異常を感じ取ったのはショウが一番早かった。

 外に出て、どこからともなく溢れた海水に町が侵食されているのに気づく。

 溺れる住人たちを助けようと飛び立ったショウを、不意打ちで真っ黒な刃が斬りつけた。


 真っ二つにされることは避けたが、右腕が完全に使い物にならなくなってしまった。

 神器≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫は接近攻撃に対してはオートガードが発動しない。

 予想外の奇襲を受けた彼は負傷し、圧倒的不利な状況に追い込まれてしまった。


 ショウは左手の≪魔王風神剣デビルズブレイド≫で必死に迎撃する。

 真下には水害を受けている町があるから大規模な竜巻も起こせない。

 空人の黒い刃をショウの赤い刃が受け止める。


「お前は荏原新九郎と並ぶ最優先排除目標だ。管理局と連携を取るのも、町を盾にするような作戦も気に食わんが、それだけの価値がある相手と認識していた……が」

「ぐ、ぬっ……!」


 能力の強さでは決して負けていない。

 しかし左手一本しか使えないため純粋な力で押し負ける。


「なんだ、お前?」


 星野空人の剣から闇があふれ出す。

 それはショウの身体に纏わりついて動きを阻害する。


「てめえ何しやがるっ!」

「……()()()()な」

「ああ!?」


 空人が漆黒の刃を振り上げる。

 神器のひとつある≪白命剣アメノツルギ≫のコピーから作られた≪黒冥剣ヨモツミツルギ

 ショウは≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫の任意ガードを展開して防御をするが、敵の刃は軽々と防御壁を斬り裂いた。


「ぐあああ……っ!」

「能力は確かに強力だが、それだけだ。格下が相手なら力任せでも問題ないのだろうが……赤坂翔輝は戦闘の天才ではなかったのか? ただの老いと考えるにはあまりに劣化がすぎる」


 刃がショウの身体に食い込む。

 激しい痛みと共に全身から力が抜けていく。


「そうかお前、()()と同じ、しかも自覚がないのか」

「何言ってやがんだテメエ、さっきから……」

「哀れな奴め。もう寝てろ」


 闇を纏った空人の拳が鳩尾を打つ。

 その瞬間、ショウの意識は闇へと沈んだ。



   ※


 紅武凰国の外では通信機が使えない。

 空人は上空から仲間の姿を見つけて降り立った。


「もう止めていいぞ、速海」

「お。終わったのか?」

「予想よりずっと楽な相手だった」


 空人が肩に担いだショウの身体を軽く叩いてみせる。

 正々堂々と戦えばもっと手ごわい相手だったのは間違いないだろう。

 しかし奇襲で最初に致命的なダメージを与えられたため、さほど苦戦することもなかった。


「オッケー。お疲れさん」


 速海駿也は≪大海嘯ワダツミ≫による海水の召喚を止めた。


 作戦所要時間はおよそ五分。

 多くの建物が水没したが次第に水は引いていく。

 溺れ死んだ町人もいるかもしれないが、最低限の犠牲だったと言えるだろう。


「管理局の者たちは?」

「第一ターゲット以外の捕縛を任せてあるよ。騒ぎも起こってないし、たぶん上手くやってるんじゃないか?」

「そうか。では先に帰るぞ」

「え、第一ターゲットの身柄はこっちで確保しておかなくていいのか?」

「その必要はなくなった。処分も奴らに任せる」

「お前がそういうなら良いけどよ……じゃあ、帰る前に彼女たちに挨拶してくか」

「それこそ無用だ。協力は今回限りの約束だし、管理局は本質的に敵だ」

「あいつらウォーリアをめっちゃ見下してるしなあ」

「特に清次を殺したアオイという女」


 普段は無表情な空人の顔に明確な怒りが浮かぶ。


「奴は時が来れば必ず殺す。天使共々な」


 ウォーリアにあるまじき過激な発言である。

 速海は慌てて周囲を見回して人に聞かれていないことを確認した。

 そして不用意な同僚の発言に対して肩をすくめる。


「おお怖。聞かれてたらどうすんだよ」

「予定が少し早まるだけだ」

「バーカ」


 二人はフッと笑い合い拳を重ねた。

 彼らの目には強い意志の光が宿っている。


 彼らもまた戦い続けてきた。

 ショウやマコトたちよりも慎重に。

 天使によって支えられた真の紅武凰国と。


 彼らの自由を縛っていた『ラバースコンツェルン』という存在が消えたあの日から、ずっと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ