7 異世界帰り
「さて」
紅葉が宿から去った後、残ったマコトたちは改めて今後のことを話し合った。
「なあ厳強王。ひとつ確認したいんだが」
「ツヨシでいいっすよマコトさん」
「実際の所、紅武凰国はもうボロボロなんだよな?」
マコトの質問に厳強王は表情をこわばらせた。
一見すると紅武凰国は万全の体制で世界を支配している。
国内の市民たちは等級に関わらず、程度に応じた管理を受け自由はない。
大陸では紅武凰国の利益のためだけに三大連合が無意味な争いを長く続けている。
しかし、内情を知れば知るほど決して現状は盤石ではないとわかる。
数秒の沈黙の後で厳強王は秘密を語るように小声で答えた。
「はい。どこもかしこも不満と不正だらけでめちゃくちゃっす」
「え、そうなのか?」
「特に酷いのがウォーリアだ」
意外そうに首をかしげるショウ。
マコトは詳しく説明をしてやった。
マコトのようなスパイが簡単に入り込めた杜撰さ。
序列三位である厳強王が気分次第で簡単に裏切ってしまうような環境。
中には高い忠誠心を持って国家に尽くしている者もいるが、多くは自身の栄達のためだけに動いている者ばかりである。
「ウォーリアによる監視力の低下の瑕疵は三等国民地域から始まっている」
地域にもよるが、特に北関東では近年生産性が激減している地域が多い。
流通システムの穴をついた一部の市民たちが物資を横領しているのが主な原因である。
中には現場のウォーリアと癒着している三等国民もいて、ガス抜きのはずの自作自演の反乱を成功させて、時限付きで好き勝手に振る舞う者まで出てくる始末だ。
コミューン支配のためのコンピューターAIである『ローカル女王システム』はすでに多くが解析されている。
各地の指導者層は女王を宗教的象徴として利用し、すでに小規模な非国家従属団体が多くのコミューンに発生していた。
完全管理社会の維持ができているのは東京に近い神奈川や埼玉南部、千葉北部くらいだろう。
中央の目が届かなくなればすぐにでも各地で独立運動が起きてもおかしくない。
「東京は? あそこはかなり平和っぽかったぞ」
「国民生活がすぐにどうこうってレベルじゃないけど裏は割と酷いぞ」
限定的民主制による高度な自治権が認められている二等国民地域、東京。
そこでは政治代表による汚職が横行し、自治法改正で一部の企業家が富を独占。
近年になって急速に都市内の経済格差が顕在化している。
そして東京の民は誰もが嘘で塗り固められた世界で生きている。
真実を知った時、多くの二等国民がどう行動するかはわからない。
「最近じゃ国外に派兵できるウォーリアの人員も不足してるって聞きます。三大連合が手を組むのも時間の問題なんじゃないっすかね」
ウォーリアの武力によってのみ支えられた脆弱な管理国家。
その崩壊の時はもう目前に迫っていると考えられる。
ただし、あの場所だけはまったく事情が異なる。
「クリムゾンアゼリアはこの状況をどう見てるんっすかね」
甲府盆地にある紅武凰国の真の首都。
かつてのラバース新社屋予定地だった天を貫く巨塔。
あの中は同じ紅武凰国でも他の地域とはまったく違う国と言ってもいい。
「厳強王もあの中には入ったことがないのか?」
「ないっすよ。ウォーリアで入塔が許可されてるのなんて、空人さんと駿也さんくらいじゃないっすかね」
基本的には上位のウォーリアですら立ち入ることを許されないクリムゾンアゼリア。
立ち入りが許可されているウォーリアは序列一位と二位のみ。
ただし彼らにしても序列上位だから許可をされているわけではない。
共に紅武凰国建国以前、ラバースコンツェルンが一企業だった頃から忠誠を誓っているからである。
「マコトの部下になっていたウォーリアは一等国民ではなかったか?」
「瑠那ちゃんなあ。軽く探りを入れてみたけど、生まれ育った区域のことくらいしか知らないっぽいんだよなあ」
塔の中には一等国民と呼ばれる一般人が大勢住んでいるのは間違いない。
聞く限りは民は東京とたいして変わらない生活を送っているようだ。
「紅武凰国全域に広がるSHINEはすべてあの中から供給されているのは間違いない」
SHINEの秘密を探り出すためにはクリムゾンアゼリアに侵入するしかない。
マコトたちは十数年かけて一度もそれを成功させていない。
塔の中に入るのは至難の業だ。
まず、都内と同様に登録されていないJOYは一切使えない。
どのような隠密性に優れた能力であっても強制的に無効化されてしまう。
そして何よりもクリムゾンアゼリアには『アレ』がいる。
「ところでマコト」
「なんだ?」
「『天使』はあの塔にいるのか?」
「……たぶんな」
ショウの質問にマコトは頷いた。
それはウォーリアよりもずっと恐ろしい存在。
単身で世界を滅ぼしうる者。
天変地異の具現。
世界中の国々が協力して攻め込もうと。
紅武凰国の民衆が内部から蜂起しようと。
何らかの手段でウォーリアを殲滅しようと。
クリムゾンアゼリアを守護する五体の『天使』がいる限り、紅武凰国が滅ぶことは決してあり得ない。
「じゃあ話は簡単だぜ。俺があそこに行って天使を狩ってきてやるよ」
「おいおい、あの中じゃJOYは使えないって言ってんだろ」
「それをどうにかするのがお前らの仕事だろ」
「いや、そうだけど……はぁ」
マコトは溜息を吐いた。
ショウという男は相変わらず勝手な奴だ。
「仕方ねえなあ」
それでも彼なら『天使』もどうにかできるかもしれない。
そう期待させてくれるだけの信頼は確かに存在する。
「というか今さらだけど、お前はこの十数年間どこで何やってたんだ?」
E3ハザードの少し前にショウは突如として姿を消してしまった。
東京湾でルシフェルや陸夏蓮と争っていたことまでは知っているが、その後の動向は不明だ。
「ルシフェルのアホが作った別世界で遊んでた」
「別世界? 仮想現実ゲームのことか」
ずっと昔、マコトもリアルなゲーム世界に閉じ込められたことがある。
奇妙なモンスターがたくさんいる不思議な空間だった
「ゲームなんかよりもっとすげえよ。マジで地球とは別の異世界って感じでさ。ビシャ……なんとかって言うらしいけど、俺たちはずっと『魔界』って呼んでた」
「ひょっとして香織さんやKも一緒だったのか?」
「京介の野郎とは何度もやり合ったぜ」
ショウは目を輝かせて向こうでの生活を語る。
「基本は各地を回って冒険しながらいろんな奴とケンカしてたんだけどよ、マジであっちの世界は地球と同じくらい広いんだ。人間の言葉が通じる奴もたくさんいる。あの世界を作ったはずのルシフェルのアホなんかよりずっと強い奴もいたぜ」
「お前の能力があればどこでもやっていけるだろうしな」
ショウは『神器』と呼ばれる無敵を象徴するようなJOYを使う。
それこそゲーム感覚で別世界を楽しんでいられたのかもしれない。
「そんで各地の強い奴をぶっ倒して回ってたら、いつの間にか『魔王』とかって呼ばれるようになってた」
「魔王って」
「ショウよ。香織さんたちは一緒に帰って来なかったのか?」
「あいつらはもう向こうで落ち着いて暮らしてるよ。俺があっちの世界はもう飽きたから地球に戻るって言ったら、そっちのことは任せるってさ」
「お前マジで自由過ぎるだろ……」
だが、それでこそショウという人間だ。
異世界帰りの魔王なんて、天使への対抗馬にはもってこいだろう。
なんにせよ、まずマコトたちがまずやるべきことは、ショウがクリムゾンアゼリアの中でJOYを使えるようにしてやることである。
今のところその方法の目途は立っていない。
それでも、これまでの先が見え無い戦いよりは遥かに気分が楽である。
ショウという最高に頼れる仲間を得たマコトたちは、確かに勝利への道筋を得たと言える。
「でも、面白くなってきたな」
ウォーリアの数を減らして紅武凰国崩壊を早めてやるのもいいだろう。
多少の無茶なことも、ショウがいればなんとでもなる。
例えばあの星野空人だって……
そんなことをマコトが夢想した、その時。
世界が、割れた。




