6 宿場にて
山林を抜けた紅葉たちは、ひとまず近くにある御殿場の宿で一泊することになった。
大きめの部屋を借りてこれまでの事とこれからの事を話し合う。
この場にいるのは紅葉とマコト、ケンセイ、タケハの反紅武凰国組織メンバー。
唐突に表れた透明な翼の能力を持つ謎の男ショウ。
そして厳強王である。
「すんませんっした! ほんと、調子こいてました!」
その厳強王は畳に額を擦りつけて必死に謝罪をしていた。
「ちょっと強くなったと思っていい気になってたんす! 万が一にもショウさんに勝てるかもなんて、完全に思いあがってました! タケハさんもケンセイさんもマコトさんもマジで申し訳ないっす!」
「う、うむ……」
昨晩の尊大な態度はもう欠片も見られない。
三下のようなビビりっぷりで必死に謝る厳強王。
「我々が貴公に負けたのは事実だ。そこまで卑屈にならなくても良かろう」
「いえ! 全然そんなことないっす! お三方の器の広さには全然及ばないっす!
そんな彼の態度の変化には負傷をさせられたタケハとケンセイも対応に困っている。
幸いにも後を引くような怪我はなく、二、三日もすれば全快する程度ではあった。
「俺っていっつもこうなんすよ……アミティエの頃からちっとも変ってないっす。ちょっと強い力を持つと調子に乗って、それで何回も失敗してきてるってのに」
「あれ? お前、アミティエの人間だったのか?」
ショウが尋ねると、厳強王は嬉しそうに顔を上げた。
「はい! 解散前は第四班に所属してました! 本名は巌強って言います!」
「第四班ってことはオムの下か」
「いえ俺は元々は第三班で、第四班に移籍したのはポシビリテの事件の後っす」
「個人的な思い出話はいい。それよりお前はこれからどうする気なんだ」
ショウという圧倒的な味方が加わったこともあって弛緩した空気が流れているが、こいつはマコトたちを捉えに来た紅武凰国の追っ手のはずだ。
本来なら一緒の宿に泊まって仲良く語り合うような仲ではない。
「そうっすね。ちょうどいい機会だし、紅武凰国を抜けてみなさんの味方をしようかなーなんて考えてますけど、どうっすか?」
「いやいやいくらなんでも適当すぎるだろお前!?」
さらっと寝返る宣言をする厳強王にマコトが強めのツッコミを入れる。
「スパイをやってた俺が言うのもなんだけど、お前は三番目に偉いウォーリアなんだろ? そんなあっさり国を裏切るとかありえるのか?」
「いやだって、紅武凰国に義理とかないし。仕事だからやってただけで、そもそもウォーリアなんて国内じゃ単なる便利屋扱いっすから。マコトさんもそれは知ってるっすよね」
「そりゃ知ってるけどさ」
「……」
横で話を黙って聞いている紅葉。
彼にとってはあまり面白くない話だった。
彼はその便利屋扱いであるウォーリアに人生をメチャクチャにされた。
父が殺され類まれなる才能を持つ兄ですら手も足も出なかった敵。
あの時の紅葉は恐ろしくて震えるばかりで何もできなかった。
仇本人であるウォーリア・アキナはディスタージェイドこと山羽翠に殺されたという。
復讐に拘っていたわけではないが、どこか空虚な気持ちになった。
「僕からもいいだろうか」
会話が途切れたタイミングを見計らって紅葉は発言する。
ショウの目を見て彼に質問をした。
「そちらの貴方に聞きたいことがある」
「あん?」
「先ほどは僕を兄と間違えたようだが、貴方は秋山陸玄を知っているのか?」
このショウという男が乱入して来たのは紅葉を陸玄と見間違えたからだ。
つまり、少なくとも味方をする程度の関係ではあったと推測される。
「ああ、弟なのか、道理で似てると思ったぜ」
「兄とはどういう関係なんだ。兄は元気なのか」
いまの紅葉の目的は生き別れた陸玄と再会することである。
紅武凰国は憎いが、その後にどうするかはまだ決めかねている状態だ。
「親しい知り合いってわけじゃないぜ。俺の友人が日本の軍の偉い奴になってて、そいつの部下の密偵をやってるってことで、しばらく一緒に行動してただけだ」
「日本軍の密偵……!」
「マコトたちも知ってるだろ、テンマ」
「ああ、元アミティエの班長のひとりだっけ」
「相当なやり手と聞いているが、先にショウを捕捉していたのか」
兄は日本の軍隊に所属しているのか。
しかも密偵とは、秋山の力を存分に振るっていることだろう。
「ショウが軍のサポートを受けていたとは意外だな」
「いやあ、こっちに帰ってきたらラバースが国とか作って世界がメチャクチャになってるって聞いて、速攻でぶっ潰しに行こうとしたんだけどさ。なんでか知らないけど東京じゃJOYが使えねえじゃん? さすがに一人で行動するのは危ねえかなって思ってたところで陸玄が声をかけてきたんだよ」
「新型AJSのせいで東京都内じゃ登録されてないJOYは一切使えないっすからね」
「たしか二年前からだっけか。都内の未登録JOYの使用禁止は」
「そのうち紅武凰国全域に広まると聞いている。おかげで戦力拡充が急務になった」
「まあぶっちゃけショウさんと上海にいるあの人への対策なんすけどね」
「それで、兄はどこにいるんだ?」
話が関係ない方へ流れているので紅葉はもう一度口を挟んだ。
彼らにとっては大事な話だろうが、とにかく紅葉が知りたいのは兄の現状だけだ。
「たぶん京都に戻ってると思うぜ。捕まえたクロスディスター二人をテンマのところに運ぶって言ってたからな」
「京都……」
紅武凰国に奪われた東京に代わって、現在の日本の首都である都。
そうか、兄は京都にいるのか。
「わかった。礼を言う」
紅葉は立ち上がって襖に手をかけた。
「世話になったな」
「待てよ紅葉ちゃん。どこ行くつもりだ」
「京都」
「おいおいそれはちょっとズルいんじゃねえか? オレらに強力してくれる代わりに紅武凰国脱出の抜け道を教えてやるって約束だっただろ」
「……」
不義理なことをしているのはわかっている。
マコトが批判するのは理にかなっている。
だが……
「いいんじゃねえの、別に」
ショウがマコトの肩を強く叩いた。
「痛てえよ、なんだよ」
「兄貴と会いたくて国を出てきたんだろ。だったら行かせてやれって。つーか戦力が欲しいなら俺がいるだろうが」
「……わかった」
マコトは腕を組んでその場に座り直す。
ただし微妙に納得していない様子ではある。
戦力としては紅葉よりショウという男の方が上なのは間違いない。
彼は軍に属しているんじゃないのかと思ったが、余計なことは言わないでおく。
「悪いな」
「いいよもう。さっさと行け」
ひらひらと手を振るマコト。
紅葉は彼らに背を向け廊下へ出た。
「ただし気をつけろよ。クロスディスターは紅武凰国の外じゃ力を出せないみたいだからな」
そんな最後のアドバイスを背中で聞きながら、紅葉は部屋の襖を閉めた。




