3 厳強王
そして紅葉たちは紅武凰国国境までやってきた。
各コミューン間を仕切る街壁よりもさらに高く聳え立つ国境の壁。
足をかけて昇れるような取っ掛かりは全くない。
さらに壁面全体がややこちら側に傾き、表面をオイルのような液体が絶えず流れている。
「こいつは無理に登ろうとして感知されると、上にある火炎放射器が作動する。オイルに引火して壁全体が燃えちまうから、仮に生き延びたとしても場所が一発でバレるぜ」
何があっても外に出さないという強い意志を感じる場所だった。
さすがに紅葉でもこれを越えるのは一筋縄ではいかない。
自在に空を飛べる者でもない限りは無理だろう。
「どうするんだ?」
「実は抜け道がある」
タケハの先導で四人は壁の真下まで移動。
足元をよく見ると地面が不自然に盛り上がっている箇所があった。
「ここだ」
周囲は代わり映えのない山中である。
壁にも特徴はなく、現在位置を把握するのも難しい。
道中に目印があったようにも思えなかった。
「よく覚えているな」
「何度も通っているからな」
タケハが土を素手で掘る
すると壁と地面の間に人が通れそうな穴が現れた。
穴の左右にはせり出すように灰色の構造物があり、それが奥まで伸びている。
「通路があるのはここだけだ。他はすべて地中深くまで鉄板が埋まっている」
「どうやってこんな場所を見つけたんだ?」
「地道な努力という奴だな」
タケハは冗談のように笑うが、口で言うほど簡単なことではない。
十数年にわたる活動は伊達ではないということだ。
ともかく紅葉たちは地中を通って国境の壁を抜けた。
体格の大きなタケハはかなりキツそうだがなんとかギリギリ通れるようだ。
「脱出成功……っと!」
最後に穴から抜け出たマコトが親指を立てる。
四人がいる場所はもはや紅武凰国ではない。
国境の向こう、隣国日本の駿河県である。
「この辺りはまだブシーズがうろついてるから気を抜くなよ」
「ああ……ん?」
国境を越えたことで紅葉は背後から感じる圧迫感が弱まっていることに気づいた。
代わりにRACが伝える前方の嫌な感覚が目立つようになる。
「マコトさん」
「なんだい紅葉ちゃん」
「貴方の能力で近くに何かを感じないか」
紅葉のRACの方が危機に対する感度は上である。
だが潜んでいる『何か』に対しての正確な位置はわからない。
それが自分にとって明確な脅威でない限りは無視されてしまうのだ。
対して彼の固有能力は周囲の空間の完全把握を可能とする。
脅威未満の弱い敵であっても正確に見つけ出せるらしい。
「いや、別に何も? 小さな野生動物なら何匹かいるけど」
「そうか……」
マコトは何も察知していない。
紅葉自身もRACに頼らない気配の探知では何も感じない。
やはり感覚が鋭敏になってるだけなのだろうか。
こんな山の中なら隠れて待ち伏せするところはいくらでもある。
例えば目の前にあるあの大きな岩の陰とか……
……岩?
違う。
あれは岩じゃない。
「ふぅぅ~っ、待ち草臥れたぞぅ……」
岩に見えたものが、動いた。
紅葉は未だにそこに何の気配も感じない。
見えているものが視覚以外の器官で認識できていない。
だが、それは確かにそこにいた。
岩と見間違えるほどの大きな動く物体が。
人の言葉を話し、人の姿形をした、巨岩のような生物が。
「おいおい、マジかよ……」
マコトが絶句する。
たった今、彼は何の気配も感じないと言った。
それは紅葉も同様だった。
「国家に逆らう反逆者共よ。貴様らをここで成敗する!」
瞬間、すべての感覚が一気に膨れ上がった。
目の前の人物の気配が。
突き刺すような強烈な殺気が。
そして薄々と感じていたRACが知らせる危機も。
奴は気配を殺していただけなのだ。
空間把握の能力やRACすらも誤魔化すほど完璧に。
どれだけの技量があればこんなことができるのか。
兄の陸玄を髣髴とさせる脅威的な才覚と鍛錬の賜物か。
「お前、まさか……厳強王か!?」
「いかにも!」
マコトが気配を抑えることをやめた敵の名を確認する。
その正体はタケハよりさらに二回りも大きい巨漢の男。
「我が名は厳強王! 紅武凰国『九天』ウォーリア序列第三位、覇帝厳強王也!」
※
「厳強王だと? 奴は何者なのだマコト」
タケハが油断なく敵の動きに注意しながら尋ねる。
いつ襲い掛かって来ても対処できるよう≪鋼鉄肉壁≫は常時発動中。
彼も二メートルを超える巨漢だが、厳強王を名乗った男はさらに二回りも大きい。
「アイツが自分で名乗った通りだ。九天のひとりで序列は三位、すべてのウォーリアの中で三番目に強いって言われてる奴だ」
最強のウォーリアから逃げた先に第三位が待ち受けていた。
紅武凰国は裏切り者を何が何でも許さないということか。
「五年前、この辺りで紅武凰国と新日本軍の独立部隊の戦闘があったのを覚えてるか?」
「『裾野の戦』か」
「その戦闘中に化け物じみた活躍で敵部隊をたった一人で壊滅させた奴がいた。その際ついた二つ名が覇帝厳強王。純粋なパワーも他のウォーリアと比べてかなり強いらしいけど、何より恐ろしいのはその固有能力で……」
「くっくっく……」
厳強王が低い声で笑った。
それは空気を震わす振動となって彼らに届く。
特に大声で遮られたわけでもないのにマコトは言葉を途切れさせた。
「安心せよ。貴様らごときに我が固有能力を使うつもりはない」
「何?」
「それよりも情報は正確に語ってもらいたい。我が力を評するに『かなり強い』などとは、あまりにも過小と言うもの。凡百のウォーリアなどと比較されるのは……片腹痛いわ!」
一歩、厳強王が足を踏み出した。
四人はとっさに構えを取る。
地面が大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
「くっくっく……我が怖いか? 矮小なる反逆者共よ」
厳裂王は向かって来ない。
足を踏み鳴らして大きな音を立てただけ。
単なる挑発だった。
「舐めおって……!」
眉間に青筋を立て、タケハが前に出る。
彼もまた対抗するように強く足を踏み鳴らす。
「厳強王だかなんだか知らぬが、我らの邪魔となるのなら叩き潰すのみ。ウォーリア序列三位? それがどうした。たったひとりで挑んできた事を運の尽きと思え!」
「『ヒノカワ』のタケハか……」
二人の巨漢が睨み合う。
体格は厳強王の方が大きい。
だが気迫はタケハも負けていない。
「ラバースコンツェルン時代、旧能力者組織における総合戦闘力は第二位。最初期の能力者と言われるL.N.T.の孤児のひとりで固有能力は鉄壁の防御を誇る肉体強化≪鋼鉄肉壁≫と大剣≪古大砕剣≫。ただし後者は知人に譲って現在は所有していない」
ぺらぺらと流暢にタケハの情報を口にする厳強王。
詳細に知られているのが不気味だったのかタケハは眉根を寄せた。
「ずいぶんと詳しく調べているのだな」
「情報は何より重視すべきだからな。我は貴様のような単なる筋力馬鹿ではない」
ぴきり。
タケハの拳が震える。
額に青筋が浮かぶ。
「無論、力においても我は貴様を遥かに凌駕しているがな!」
「そうか……ならば!」
先ほどと同様の安い挑発だ。
しかしタケハは乗ってしまう。
「どちらが強いか、力比べといこうか!」




