6 物流
丹沢山地の地下にある反紅武凰国組織アジトにて。
紅葉は数か月ぶりのまともな食事をとっていた。
クロスディスターは食事を必要としない。
チャージによって身体状態が完全にリセットされるからだ。
あらゆる負傷や消耗も、たった一言発するだけで完全に回復してしまう。
「そいつはマジですげえな……」
「クリスタ共和国の人間兵器。まさしく個人が国家と戦うための切り札ということか」
とはいえ美味いものを食べることの満足感を忘れたわけではない。
紅葉はマコトに振舞ってもらったポテトと魚のフライをありがたく平らげた。
「空気中のSHINEを吸収しているのか。どういう原理なんだ?」
「もらい物だから詳しいことは知らない」
紅葉が探し求めた反紅武凰国組織はたった三人だけのがっかりテロリストだった。
とは言え十年間ずっと壊滅することもなく活動してきた実績はある。
とりあえず話だけでも聞いてから彼らとの付き合い方を判断しようと考えた。
「この調子で瑠那ちゃんも味方にできりゃいいんだけどなあ」
「お前の部下になったクロスディスターか。引き入れられそうにないのか?」
「こき使われてたわりに忠誠心が高くてな。下手に勧誘なんかしたら上に密告されそうだぜ」
なぜ彼らはクロスディスターという個人戦力にこだわるのだろうか。
紅葉は質問をしてみた。
「戦力を充実させたいのなら他所の国を頼ればいいんじゃないか?」
例えば旧首都圏の領土を紅武凰国に奪われた日本国。
表では友好を結びつつ、裏では常に反撃の機会を伺っていると聞いた。
あるいは東亜連合と敵対しているロシアやクリスタに行けば相応の協力を得られると思うが。
「外の国の人間は信用ならん。ロシアやクリスタはもちろん、日本もな」
「何故だ?」
ケンセイが強い口調で否定する。
疑問に思う紅葉にマコトとタケハが補足した。
「ぶっちゃけそいつらは味方とは言えないからな」
「我らのやるべきことに必要な人数は三人だろうが三〇〇人だろうが大した違いはない。少年よ、紅武凰国に最も簡単に損害を与えられることは何だと思う?」
「SHINEの独占を崩す事」
「その通りだ」
旧首都圏という狭い領土しか持たない紅武凰国が世界全体に影響を与え続けている理由は、紅武凰国がSHINEという次世代エネルギーを独占しているからだ。
「SHINEの秘密を探り出し、それを世界に平等な形で公表する。その時点で我々の勝利だ」
「必要なのは頭数じゃなくて信頼できる少人数の精鋭ってわけ」
「なるほど」
彼らが紅葉を仲間に引き入れようと考えた理由は納得できた。
高い戦闘能力を持ち、単独で無限に行動ができるクロスディスターは諜報活動にはもってこいだ。
技術的優位が崩れてしまえば紅武凰国は現在のように好き勝手はできなくなる。
E3ハザードを起こした歴史的事実や戦争を裏で操っていた真実を世界は決して許さない。
そして最終的に紅武凰国を打倒するのは全世界の紅武凰国に恨みを持つ者たちだ。
彼らは目的も方向性もハッキリしている。
これまでのように一人で行動するよりは協力しても良いかもしれない。
「いいだろう。貴方たちに力を貸そう」
「お、マジか!」
「ただし一方的な命令は受けない。行動に意味があると思った時にだけ協力をする」
マコトは数秒の間をおいた後、深く頷いた。
「わかった、それでいい」
※
食事を終えた紅葉はプリントアウトされた紙束を手渡された。
これは彼らが収集した情報の一部だそうだ。
「紅武凰国の地理データか」
旧日本国の首都圏。
東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城、群馬、山梨。
今はかつてと異なる形で分断されたその地域内の詳細な情報が纏められていた。
特に三等国民地域の各コミューンの生産量や人や物の流れなどは、年度の推移に至るまで驚くほど事細かに記されている。
「すごいだろ。日本軍やロシアのスパイだってそこまで詳細なデータは持ってないぜ」
自慢げに言うだけあってデータ自体はすごいものである。
しかし、これが何の役に立つかと言われると……
「これをどう有効利用するんだ?」
「貴公に渡した情報はあくまで一部。我々はさらに重要な情報も持っている」
「そのデータからだっていろいろわかることがあるぜ。例えば六ページ目を見てくれ」
指定されたページには大雑把な地図と無数の矢印が書き込まれている。
各コミューンで生産された製品がどこに送られるのかを詳しく記しているようだ。
紅葉はしばらく紙面を眺め、あることに気づく。
「クリムゾンアゼリアへの物資の流れがおかしい……?」
「お、よくわかったな」
三等国民地域で生産された製品は大部分が東京の二等国民地域に送られる。
稀に現地で消費されることもあるが、官給品という形で改めて入ってくる物資は多くが別のコミューンで作られた物だ。
山梨県にあるクリムゾンアゼリアへ送られる製品の数量は東京に比べて非常に少ない。
多くのトラックが塔付近を無意味に経由してそのまま東京に戻っている。
特に食料品の出入りに至っては皆無である。
このデータからわかること。
それはクリムゾンアゼリアはほとんど外部からの輸入に頼っていないということだ。
そしてクリムゾンアゼリアから一方的に外に送られているモノがあった。
正確に言えば物資ではなく、エネルギー。
SHINEである。
「あのバカでかい塔は内部だけでほぼ物流が完結してるんだ。それ以外の領土とはまるっきり別の国って言ってもいい。そしてSHINEの秘密は確実にあの中にしか存在していない」
生産のために生きる三等国民でもない。
かりそめの自由を与えられた二等国民でもない。
一等国民が住んでいると言われるクリムゾンアゼリア。
その内部に関する情報を紅葉は全く知らないし、知っている人物に会った事もない。
「貴方はウォーリアだろう。塔の中でSHINEに関する情報は得られないのか?」
「基本的にあの塔はよほどの人物じゃなきゃ立ち入り禁止なんだ。全ウォーリアの中で九番目に偉いオレでさえ一度も入塔許可が下りないんだぜ?」
ウォーリアですら立ち入りを許されない紅武凰国の中枢。
だからこそ、忍び込むしかないわけだ。




