3 消えたクラスメイト
「ほら、いい加減起きろ」
頬に強烈な痛みを感じて瑠那は飛び起きた。
反射的に壁を背に身構え、自分を叩いたのがマコトであると認識。
それから時計を見て時刻を確認する。
寝坊しそうだったために叩き起されたのだと理解した。
首を振って周囲を見ても琥太郎の姿はどこにも見られない。
わかってはいるけれど、納得するまでに数秒の時間を必要とした。
夢、かあ……
「締まりの無い顔してぐーすか眠ってたぞ。よっぽどいい夢見てたんだな」
「いえ……寝坊をしてしまい申し訳ありませんでした」
露骨に表情が曇るのを見られたくなくてわざとらしく頭を下げる。
実際マコトの言う通りなのだが、認めるのは癪なので誤魔化した。
「夢の中でイチャイチャしてたのは彼女か? それとも片思いの子でもいるのか?」
マコトはニヤニヤしながら追求してくる。
どれだけ締まりの無い顔をしてたのかと考えると恥ずかしくなった。
瑠那はわざと表情を消して強めに否定する。
「そんなのいませんよ。そもそも女性に対してそういう感情を持っていませんから」
「お、おう」
なぜか引かれているが別に良い。
自分にはウォーリアの責務があるのだ。
いつまでも後ろ髪を引かれてないで早く仕事をしなければ。
※
昨日はようやく標的の赤いクロスディスターに遭遇することができた。
断片的な目撃情報しかなかった頃に比べれば大きな前進である。
だが捕縛は失敗。
下手をすればこちらが息の根を止められていた。
改めてわかった。
奴は決して侮れる相手ではない。
失態を二度と繰り返さないためにも今度はこちらから攻勢に出よう。
午前中の労働には行かないことにした。
チャージをして軍服風衣装のラピスラズリの姿になる。
そしてコミューン内で一番高いマンションの屋上へとやってきた。
「カーネリアン……次こそは!」
神経を研ぎ澄ませて敵の居場所を探る。
あれだけの実力者なら町のどこにいても脅威に感じるはず。
向こうからわざわざ姿を現したということは、あちらも瑠那の存在に気づいたのだ。
目的は緑色の奴と同じくウォーリア狩りか。
それとも別の意図があるのか。
「……くそっ」
しかし瑠那のRACはなんの脅威も捉えられなかった。
周辺に彼の命を脅かす敵はいない。
すでに他のコミューンへと逃げてしまったのか。
あるいは瑠那が普段そうしているように髪を切って力を抑えているのか。
思い返せば昨日はカーネリアンが接近する直前まで脅威を感じなかった。
ならば奴はおそらく戦闘前にチャージをしたのだろう。
生身の人間の出入りを許すほどコミューン間の関所を守るブシーズは甘くはなく、だとしたらやはりカーネリアンはエビナコミューンの中にいる可能性が高い。
瑠那は右腕にはめたリングに目を落とした。
一つはクロスディスターの力を与えてくれるCDリング。
そしてもう一つはマコトから借り受けた敵のRACを誤魔化すARリングだ。
敵の居場所さえわかれば一方的に奇襲できる。
クロスディスターの特性と余裕を逆手に取るのだ。
※
午前中は何の成果も得られなかったので午後は学校へ向かうことにした。
昨日は学校で遭遇したし、校内に潜んでいる可能性も考えられる。
広い敷地内にはこっそり隠れ住む場所くらいあるかもしれない。
髪を切って服を着替え、バスに乗って学校へ入る。
PDAを学業モードに切り替えて教室に向かう途中で楓真に肩を叩かれた。
「よっ、瑠那」
「おはよう……あのさ」
瑠那は少し迷ったが、それとなく質問してみる。
「七奈のことだけど、今日は来てるのかな?」
「なな? 誰だそりゃ」
「……ごめん、なんでもない。二等国民時代のクラスメートと混同した」
「おいおい以前の生活が名残惜しいのはわかるけどいい加減に慣れろって。ここも別に悪いところじゃないだろ?」
「そうだね」
「あんまり未練たらしい態度取ってると警察に捕まって記憶を消されちまうぞ」
「ごめん、先に行くね」
冗談っぽく笑う楓真を見ていられずに急ぐフリをして逃げた。
記憶を消されるのは反逆的行為をした時だけではない。
クラスメートに何かあった時……
転校と言う名の処分が下ったとき、その生徒に対する記憶は知り合い全員から消去される。
それは寝ているうちに行われ決して気付くことができない。
七奈という人物は最初からここにはいなかったことになった。
自分がやって来なければ。
あるいはもう少し気をつけて行動していれば。
彼女は今も仲間に囲まれて楽しく笑っていたかも知れないのに。
やるせない気持ちを表情に出さないよう注意しながら、瑠那はクラスメートがひとり減った教室へ入っていった。




