2 九天
「本音を言えば俺も口惜しい」
ハクシュウは困ったような顔で肩をすくめて言った。
「一応これでも旧東京区部の能力者組織でサブリーダーを務めていたってプライドもある。でも上の命令じゃしかたねえ。俺は減ったウォーリアを補充するため、これまで通り後進の教育に精を出すことにするよ」
彼が持つ自分の実績と能力に対する自負は瑠那の比ではないだろう。
心中察するに余りあるが、自分の立場では何も言えないと思っていると
「そうそう。お前は自分のやるべき事を頑張ればいいよ、ハクシュウくん」
背後から突然声がして瑠那は振り返った。
いつの間にか後ろに男が立っている。
部屋に入った時、ドアは確かに閉めたはずだ。
音も気配も一切感じさせずいつの間にか忍び込んだ者がいる。
いや、瑠那は気づいていた。
この部屋に入る前から感じていた不安の正体。
RACが危機を伝えていたのはハクシュウからの罰ではなかった。
「入室するならちゃんと正面から入れ、マコト」
「固いこと言うなって。同じ東京の能力者組織時代からの仲間じゃん?」
「西の班長だったあんたと仲間だった覚えはないけどな」
瑠那が実際に目にするのは初めてだが、彼の名前と顔は知っている。
ウォーリア序列九位、マコト。
先ほど話に出た九天のひとりである。
彼は無造作に瑠那の肩に手を置いて肩越しに顔を覗き込んできた。
「で、誰なのこの可愛い子は? 新人メイド? お前の愛人?」
「ふざけんな。そいつは序列二十七位のウォーリアで、クリスタ共和国の秘密兵器の被験者だよ。お前の下につけるからかわいがってやれ」
「へえ、この子が!」
「お、お初にお目に掛かります、速海瑠那であります!」
九天と言えば多くのウォーリアにとって雲上人のような存在である。
彼の下につくというのは初耳だが、作戦の一助となれるならば光栄であった。
瑠那が背筋を正して名乗ると、マコトはいぶかしげな表情で睨んできた。
「……ん、速海? って、まさか」
「序列二位、速海駿也さんの息子だよ」
「うげえっ!? マジかよ! あの駿也さんにこんな可愛い娘が……って息子?」
「男だよ、そいつ」
「マジで?」
直立不動の格好のままの瑠那をマコトはじろじろと前後左右から眺める。
居心地の悪い思いに耐えていると、急に胸の辺りに触れてきた。
「ひやっ」
いきなりだったので思わず変な声を出してしまった。
慌てて口を噤むがマコトは興味深そうにうんうんと頷くばかり。
「ぜんぜんオッケー。ってわけで今夜うちに来ない?」
「えっ、えっ」
「おいこらマコト。お前いつからそっちもいけるようになった」
「いや、だってこの子、下手な女の子より全然可愛いじゃんか。少なくともここのブシーズ共に混じって美少女コンテストやったら一〇〇人が一〇〇人ともこの子が一番って答えるぞ」
「意味わかんねーよ」
「あ、あの……」
「まあ、冗談は置いといてだ」
あ、冗談だったんだ。
本当に何かされるのかと思った。
「クロスディスターとかってやつは予知能力を持ってるって言ってたよな」
「そうだ。こいつが脅威に感じるレベルの相手ならどこにいても見つけられる」
「今、序列で空いてる一番高い数字は?」
「三ヶ月前にソラトさんが粛正して以来、十一位がずっと欠番だ」
「よし、じゃあ瑠那ちゃん今から序列十一位な」
「えっ!?」
瑠那は思わずハクシュウの方を見る。
彼はやれやれと肩をすくめるだけで否定をしなかった。
改めてマコトに視線を戻し、不躾かもと思いながらも疑問を口にする。
「し、しかし私はなんの功績も挙げてはおりません」
「俺と一緒に行動をするんだから、序列が低いと都合が悪いんだよ」
「国家危険度Sに対応する人材というだけで資格は十分にある。いいから黙って受けておけ、正式な手続きはこっちでやっておくから」
なんということだ。
任務を失敗し、処罰も覚悟で帰って来たのに、罰を受けるどころか何もしてないのに序列が上がってしまうなんて。
だが命令とあらば受けるしかない。
分不相応な地位ではあるが、承ったからには全力で当たろう。
「拝命しかと承りました! 若輩の身ではありますが、重用して下さった先輩方の大恩に少しでも報いるよう、粉骨砕身の気組みで誠心誠意努力いたします!」
声を張り上げて決意を述べる。
しかしなぜかマコトに苦笑いされた。
「固い、固いよ瑠那ちゃん。もっとリラックスして」
「マコトの言う通りだ。別にお前に九天並の活躍を求めてるわけじゃないし、こいつと付き合っていくのに今からそんなんじゃへばっちまうぞ。マジメは美徳だが軍人気質はしばらく封印しておけ」
「そ、そういうものですか……」
「そうそう。無茶させようともこき使おうとも思ってないし。俺のことは対等な仲間だと思っていいし、言いたいことがあったらハッキリ言ってくれ。その方がこっちもやりやすい」
それは随分と無茶な要求である。
建国の英雄である九天と対等に接しろと言われても。
恐れ多いやら後が怖いやら、素直に了解いたしましたとは言えない。
「で、では、一つだけお願いをさせていただいてよろしいですか」
「おう。何でも言ってよ瑠那ちゃん」
気さくな態度で笑顔を浮かべるマコト。
瑠那は息を飲み込むと、意を決して要求を述べた。
「ボクのことをちゃん付けで呼ぶのはやめてください」




