8 Restart
「そいつに火をつけて吸ってみろ」
建物の裏庭に連れて来られた翠と琥太郎は、畔木から煙草のようなものを渡された。
白い円筒の先にマッチで火をつけて銜えた反対側から息を吸い込む。
スーッとした空気が肺に入ってくる。
ふわりと宙に浮くような甘さが頭の中に染みこんでいく。
「……これ、ヤバいやつなんじゃね?」
シガレット型エネルギーカプセル。
タバコのような苦さをイメージしていたが全然違った。
隣では同じように煙を摂取した琥太郎が微妙そうな顔をしている。
「高濃度のSHINEだからな。過剰摂取すれば麻薬と同じ弊害がある」
「怖えな! そういうことは早く言え」
「だから吸引したら早くチャージしろ」
畔木のいい加減な説明に翠は顔をしかめた。
琥太郎と顔を見合わせて同時に言葉を口にする。
「クロスチャージ!」
「クロスチャージ!」
二人の身体を光が包んだ。
髪が伸び、着ていた服が一瞬のうちにそれぞれ緑と黄色の衣装に変化する。
翠はひらひらしたバトルドレス、琥太郎は中世騎士風の鎧姿に。
そして身体の底から沸き上がるよう力が溢れてくる。
「なるほどな」
腕を組んで畔木は頷く。
「SHINEを完璧に取り込んで戦闘エネルギーに変換している。ウォーリアを遥かに超える高出力が出せるわけだ」
「まあ、この子たちが使い物になるかどうかは今後の教育次第だけどね」
陸玄の上から目線な言い方にカチンと来たが、反論は堪えて飲み込んだ。
「さて山羽翠。いやディスタージェイド」
「本名でいいよ、長いし呼びにくいだろ」
「お前の得意技を見せてみろ」
広々とした草むらの向こうに人型のパネルが立っている。
「わーったよ。んじゃ、久しぶりにやるか」
翠はその中のひとつ、自分の身長の三倍ほどある岩塊を見据えて右手に力を込めた。
一般人でもわかるほどの緑色のエネルギーが右拳に集中する。
そして気合いを込めて技の名前を叫んだ。
「クロスシューーーートッ!」
右拳を突き出すと同時に膨大なエネルギーが極太の光線となって射出される。
それは三十メートル先の標的を消失させ、さらに後方の木々すらも容易くなぎ倒した。
「さて、じゃあ次は俺の番だな」
黄色の戦士ディスターアンバーとなった琥太郎は右腕を大きく振り上げる。
すると彼の右手の先に自身の身長をも超える巨大な斧が出現した。
「せぇの……っと!」
素早い動きはまるで重さを感じさせない。
琥太郎は巨大な戦斧を易々と振り回すと、近くの木々をまとめて両断した。
クルクルと斧を回転させた後は柄を思いきり地面に突き立てる。
「なるほど。ジェイドはエネルギー放出型、アンバーは物質化の特性持ちか。確かにかつてのJOYを彷彿とさせるな」
「戦闘の素人でもウォーリアと互角に戦えるわけだね」
「力だけ強くても陸玄や俺には敵わないけどな」
陸玄はあくまで上から目線で、火刃は面白くなさそうに呟く。
言い返したいとも思ったが八王子では陸玄にやられた事もあって何も言えない。
それに。
「……っ」
足下がふらついた。
気を抜くと全身から力が抜け出てしまいそうだ。
「二人とも戦闘力に文句はねえ。RACとやらのおかげで隠密行動もできる。ただ、問題は自分が一番よくわかってんだろ? 特に翠」
「ああ……」
翠にとって必殺技とも言えるクロスシュート。
その威力はガゼンダーも一撃で破壊できるほど強力だ。
だが、消耗が激しすぎる。
摂取したばかりのSHINEを一発でほとんど使い果たしてしまった。
周囲にSHINEの溢れる紅武凰国内ならいくらでもチャージすれば済む。
しかし、それ以外の場所での戦いになればそう都合よくはいかない。
チャージができる状況においてもそうそう使える技でない。
乱戦の最中に大技を外せば大きな隙を生むだろう。
なにより派手すぎて隠密行為にはまるで向いていない。
一対一の戦いで翠がウォーリアに負けることはまずない。
だがこれからは以前のような自暴自棄な戦い方をするだけではいけないのだ。
敵が律義に毎回単身で挑んでくるなんてこともあり得ないだろう。
紅武凰国に奪われた友人たちや家族を助け出すために。
避けられる戦闘は避け、確実に成果を上げていく。
それが翠に求められるこれからの闘い方だ。
「今日の所はこれでいい。明日からはリングの調査・研究に協力してもらうから、お前たちは毎朝六時に陸軍省に来るんだ」
「毎日かよ。しかも早いし」
「軍属扱いとして給料は払う。トレーニングに軍の施設も使っていいぞ」
まあ、面倒だが仕事だと割り切れば悪くはないのかもしれない。
※
陸軍省を出た翠と琥太郎は徒歩で旅館に戻ることにした。
陸玄と火刃はまだ畔木と話すことがあるらしい。
アイツらとは一緒に居たくないので別々に帰れるのは都合が良かった。
「なんだか変なことになっちまったなあ」
「ほんとにな」
京都に来て、軍に協力する代わりに後ろ盾を得た。
遠回りになってしまったのは確かだが、ある意味で順調だともいえる。
少なくともいつ戦いの中で野垂れ死ぬかわからなかった時に比べれば、ずっとマシだ。
「スイ」
「なんだ?」
琥太郎が足を止める。
「友だちやお袋さんを救出するの、頑張ろうな。俺も精いっぱい協力するからさ」
「なんだよ改まって」
琥太郎は真剣な顔で翠の目を見て言う。
どことなく悲しいような、申し訳なさそうな表情だった。
「俺もウォーリアだったんだ。代わりに罪を償うってわけじゃないけど……」
確かに翠はウォーリアを憎んでいた。
だが、琥太郎の事まで怨んでいるわけじゃない。
彼は友人だし、そうせざるを得ない事情があったことも聞いた。
「ありがとうな。でも、お互い様だぜ」
琥太郎も友だちをウォーリアに殺された。
三等国民に落とされてからの監視生活のことも聞いた。
なんとか生きるために自分もウォーリアになることを選んだというだけだ。
こうして出会え、手を取り合えたのは幸運だった。
ウォーリアにもいろんな事情がある人間がいると知った。
だからと言って翠の胸にくすぶる怒りの火が完全に消えたわけではないが……
それはそれとして、気持ちを切り替えていこう。
「そうだコタ、ひとつ頼んでいいか?」
「おう。何でも言ってくれ」
「本格的に戦いを再開する前にトレーニングがしたい。ほら、オレってずっとひとりで戦い続けてたしさ。オマエのやってた武器の召喚ってのも試してみたい。付き合ってくれるよな?」
「……もちろんだ!」
いまはしばらく実戦から離れる時。
感情だけで動いていたが、ここで少し冷静になってみよう。
ウォーリアの襲撃で日常を失い孤独な戦いを続けた一ヶ月。
今まではなんとかやってきたが、自分が死んでしまえば大切な人も救えない。
この機会にクロスディスターの力に頼るだけのガムシャラな戦い方も見直してみようと思う。
「改めてよろしくな、コタ」
「こっちこそな、スイ」
仲間がいるというのは良いもんだな、と翠は改めて思った。




