6 陸軍省
翠たちは迎えに来た馬車に乗って堀川通を北上していた。
やたらと豪奢な二頭立ての四輪馬車である。
行く先は聞かされていない。
馬車の中の空気はかなり最悪だった。
路面が悪くて思ったよりも揺れるのはまだいい。
中は広くて四人が乗っても足を延ばせる程度のスペースもある。
問題はメンバーだ。
翠と琥太郎、陸玄、そして火刃である。
特にさっきの一件のせいで琥太郎は火刃を露骨に敵視していた。
「翠」
「なんだよ」
そんな中、陸玄が翠に話しかけてくる。
「ラバースコンツェルンって聞いたことある?」
意図のわからない質問である。
翠は少し考えてから答えた。
「音楽の授業に聞いたことあるよな……」
「それじゃないね。やっぱり知らないんだ」
自覚があるのか知らないが、コイツはいちいち人の神経を逆なでする奴である。
翠も態度に出さないようにしているが陸玄の事は良く思っていない。
力が戻るならさっさとコイツらから離れたいくらいだ。
「紅武凰国の前身となった企業連合体さ。元々は日本の単なる一企業だったんだ」
「企業……って会社のことだよな?」
「ちっ」
斜め向かいで火刃が舌打ちする声が聞こえた。
それに対してか琥太郎もイライラをアピールするように膝を揺する。
「ラバースコンツェルンはSHINEを発明し、自前の武力であるウォーリアの組織力を使ってE3ハザード後に紅武凰国を建国するに至ったんだけど……」
「到着しました」
まだ話を続けようとする陸玄の声を遮って業者の人がドアを開けた。
凍り付くような気まずい空気に耐えること十数分、馬車はようやく目的地に着いたようだ。
「話の続きはまた後でね」
ドアに近い火刃から順に陸玄、琥太郎と続いて最後に翠が外に出る。
「陸軍省?」
馬車から降りるた目の前あったのは平城である。
長い槍を持った門番が入り口を守る厳めしい雰囲気の建物だった。
見るものすべてを威圧するような巨大な看板に書かれた文字を琥太郎が口に出して読んだ。
「そう、この国を守る軍の中枢施設さ」
「こんな所に連れてきて何のつもりだよ」
「ぼくの上役に会ってもらう」
陸玄と琥太郎が会話をしている最中、翠の視線は門の横にある開けたスペースに向いていた。
正確には馬車が入っていた大きな空き地に停車した一台のバイクにである。
「なんだ、あのバイク」
見たことのない水色の大きなアメリカンスタイルの車体。
翠が知ってるどんな車種よりも古い型の二輪車だ。
「あれは畔木陸相の陸王だね」
「クロキ陸相?」
「この中で一番偉いひと。ぼくたちがこれから会う人物だよ」
先に行ってしまった火刃を追って翠たちも建物の中に入っていく。
門番の兵士はずっと無言で厳しい目を前方に向けていた。
※
「お待ちしておりました」
陸軍省の中に入ると迷彩模様の軍服を来た男性に恭しく敬礼された。
彼らが案内された先は大きなソファのある応接室である。
中には誰もいなかった。
なんとなくソファには腰かけない。
翠は立ったまま窓の外を見たり室内のアンティークな調度品を眺めたりしながら待った。
そして十五分ほど経った頃、ようやくスーツ姿の壮年男性がやってきた。
「待たせたな」
いかにも軍人然とした剽悍な面構えの男性である。
軍の偉い人らしいが、敬礼でもした方がいいだろうか?
とはいえ正しい作法もわからないし別に自分は軍人ではない。
翠は黙って軽く会釈をするだけに留めた。
「ほんと待ちましたよ。退屈すぎて死ぬかと思いました」
「うるせえな座って本でも読んでりゃいいだろ」
陸玄はハッキリと文句を言い、火刃は不満そうな顔を隠しもしない。
どうやらコイツらも別に仲が良いわけではないらしい。
男性は向かいのソファにどっかりと腰かけた。
こちら側は陸玄だけが座る。
「そっちの二人は初めてだな。俺は畔木天満だ」
彼は突っ立ったままの翠と琥太郎に目を向けて自己紹介をする。
一国の陸軍大臣を務める人物のわりにはだいぶフランクな印象だ。
「陸軍のトップをやってるが別に敬う必要はねえ。ガキ共に礼儀なんて求めても仕方ねえとわかってるし、必要以上に親しくする気もねえからな」
「はあ……」
「こっちからの要求はひとつだ。お前らの持つクロスディスターの力とやらの調査に協力しろ」
上から目線の態度に反発心をおぼえる翠だったが、さすがに軍施設の中でそのトップを相手に面と向かって逆らう度胸はない。
もちろん力を封じられていなければ話は別だが。
現状では下手に出るしかなかった。
「クロスディスターのことはどうやって知ったんだ?」
代わりにやや尊大な態度で尋ねてみる。
畔木陸相は傍らに置いた桐箱の蓋を開けて中身をこちらに見せる。
そこには翠のものとは多少形状が異なるが、紛れもなくクロスディスターリングがあった。
「ウォーリアの拠点を強襲させた時に陸玄たちが見つけて来た。元々はクリスタから来たスパイが持っていたものだと聞いている」
リシアのことか。
そういえば五つあるリングのうち三つをどこかで無くした言っていた。
うち二つは琥太郎と彼の同期のウォーリアが使い、最後の一つをこいつらが奪い返したわけだ。
「安全性が確定していないのでまだ誰も装着していなし、今の日本の技術じゃ分解して調べることもできない。だから実際に使用しているお前らに詳しく聞きたいんだよ」
「日本……か」
自分も日本に住んでいると思ってた。
一ヶ月とちょっと前のあの日までは。
こいつを拾ってからすべてが変わっちまったな……
そんなことを思いながら翠は自分の腕にあるリングに視線を落とした。




