4 京都にて
「ねえ、ちょっとアレ。見てご覧なさいな」
「あらややわ。えらい『いけめん』さんやなあ」
「もしや『じょにいず』のお人でっしゃろか」
どことなく不思議な響きのする関西なまりの声が聞こえてくる。
道の端で着物姿の女性たちがこちらを見ながらひそひそと話をしていた。
彼女たちだけに限らず、道行く人たちはみなこちらを振り返る。
その視線の先は主に翠の隣を歩く琥太郎である。
翠たちが京都に連れて来られてから三日目。
今日は旅館から外出を許され、街を歩いていた。
と言っても別にのんきに京都観光をしているわけではない。
翠はできるなら今すぐにでも東京に帰って友人たちを探したいと思っている。
しかし現状ではそれも叶わず、今日は陸玄に「大事な用があるから指定の場所に来てくれ」と呼び出されたのである。
「本当に時代劇みたいな町並みだなあ」
琥太郎は自分が注目を集めていることに気付いているのかいないのか。
きょろきょろと興味深げに視線を彷徨わせながら歩いている。
七分丈の灰色の羽織りを着て、短めの髪を黒く染めた姿はかなりの好青年に見える。
まあ、翠から見ても彼が人目を集める容姿なのは納得できる。
それは別にどうでも良いのだが……
「隣の彼女はんもえらい美人さんやなあ」
「まさに美男美女かっぷるやわ」
ひくり。
続いて聞こえた言葉に翠は眉を跳ね上げた。
思わず顔が引きつるが、わざわざ足を止めて文句を言うわけにもいかない。
二人は羨望の視線を背中に受けながら町を歩き続ける。
男らしい灰色の着物を与えられた琥太郎に対し、翠が着ているのは女性用の花柄の浴衣である。
髪は目立たないよう黒く染めたが、肩までのミディアムロングで整えられた髪はどう見ても女の髪形であり、しかも赤い髪飾りまで付けられている。
やたらと見た目にうるさい宿の女将さんは翠がオレは男だと主張しても聞き入れてくれなかった。
こんな格好のまま町を歩かされるハメになった翠はとんだ針のむしろである。
長いことバトルドレスを着ていたことを考えれば今さらではあるが。
「ん、どうしたスイ?」
知らずのうちに半歩遅れていた翠。
琥太郎が足を止めて振り返る。
「別に、なんでもない」
「そっか。でも不思議だよなあ。またスイとこうやって一緒にいられるなんて」
嬉しそうにニヤリと笑う琥太郎。
周りからカップル扱いされてるのが耳に入ってないのだろうか。
どうにも微妙な発言が気になったが、思わぬ再会を喜んでいるのは翠も一緒である。
「茶処羅門。ここだな」
琥太郎が目の前の建物の看板を見上げて言った。
陸玄に来るよう言われたのは確かにこんな名前の茶屋だったはずだ。
暖簾を潜って店内に入ると、控えめ京言葉の給仕さんが奥の座席に案内してくれる。
陸玄の姿はまだ見られない。
二人は向かい合って座り、お品書きを拡げた。
「へえ、抹茶アイスとかあるんだ。まるっきり江戸時代ってわけでもないんだな」
町を歩いていて気がついたが、所々で英語の看板も見かけた。
街並みは古いが江戸時代というよりはどちらかというと明治・大正時代に近い。
微妙に時空が歪んだ不思議な世界に放り出された気分である。
さすがに一国の首都なので工場では動力として蒸気機関も使っていると聞いた。
「あ、白玉ぜんざいと冷茶で」
「オレ抹茶アイス。すいませーん、注文お願いしまーす」
「はいーただいまー」
注文を受けた給仕さんが奥に引っ込むと、翠は周りの席に聞こえないように声を潜めて尋ねる。
「なあ、コタは本当にもう紅武凰国に未練はないのか?」
「ないよ。ウォーリアになったのは虐げられるよりはマシって理由だし、仲間意識も国に対する忠誠心もこれっぽっちも持ってないよ」
その言葉に嘘はないと翠は思う。
三等国民に落とされた後はよほど抑圧された生活を送っていたのだろう。
友人を殺されたという境遇は翠と似ているが、その時に彼が縋ったのがウォーリアからの誘いだけだったという話だ。
「お待たせしました」
両手にお盆を持って戻ってきたのは、さっきの人とは違う長い髪の美しい女性だった。
「あ、いえ」
驚くほど美人なひとで翠は思わず驚く……が。
丁寧な物腰で一礼をするハスキーな声にはわずかな違和感があった。
関西風のイントネーションではない。
そして何故か注文してもいないバニラアイスをテーブルに置くと、自分も座席に座ってしまう。
「なに、お姉さん」
「ふふ……気付きませんか?」
彼女は口元を隠し、気品のある笑顔で言った。
「ぼくですよ、陸玄です」
「あ」
化粧もしていてすぐには気付かなかったが、よく見れば陸玄で間違いない。
しかしそうとわかっても彼の姿は女性にしか見えなかった。
「オマエ、女装趣味があったのか……?」
「別に趣味じゃないよ。諜報活動を行うにはこの姿の方が便利なんだ」
確かに相手を油断させるなら女の方が都合が良いのはわかる。
翠はそこまで割り切ることはできないが。
「わざわざ呼び出したのは女装姿を見せるためだったのか」
琥太郎は苛立ち混じりの声で彼に問いかけた。
別に仲良くスイーツを楽しむという間柄でもない。
「いやいや、まじめな用事だよ。でもその前にアイスを食べてからね」
陸玄は琥太郎の怒気を受け流してスプーンでアイスを口に運ぶ。
「やっぱり羅門の甘味は最高だなあ」
しゃりしゃりと幸せそうに舌鼓を打つ陸玄。
翠たちも仕方なく自分たちの前に置かれたデザートを食べる。
確かにここの抹茶アイスはとても美味かった。




