2 地下牢
狭い石畳の道。
街路の左右に立ち並ぶのは瓦屋根の木造建築。
どの家にもライトらしきものはなく、代わりに提灯が垂れ下がっている。
通路に面した入り口には暖簾が垂れ下がる。
あちこちで活気に溢れた声が聞こえる。
もちろん町行く人々はみな和服だ。
「うわあ……」
翠は思わず声を上げた。
時代劇のような町屋の景色が目の前にある。
もちろんこれはセットなどではなく実際に多くの人が暮らしている町並みだ。
「外の世界は時代が何百年か遅れてるってのは本当なんだな」
話には聞いていたが、こうして自分の目で見るとちょっと感動する。
「あんまり口に出してそういうこと言わない方が良い。気象の荒い人にぶん殴られるよ」
隣を歩く陸玄に窘められた。
確かに時代遅れなんて言われていい気がする人間はいないだろう。
「まあ、京都はかなり意識して古い町並みが作られてるんだけどね。再開発の時に紅武凰国から資金援助を受ける代わりに都市計画にかなりうるさく口出されたらしい」
「それより聞きたいことがある」
感動はしたが、別に時代劇好きというわけでもないで細かいことはどうでもいい。
陸玄は着流し姿で並ぶと翠より頭二つ分ほど背が高かった。
「オレはいまクロスディスターの力を封じられてるんだよな? なんで男の姿に戻ってないんだ?」
翠は恨めし気に自分の胸元に視線を落とす。
着物の上からでも隠しきれない大きな二つの膨らみ。
クロスディスターになった代償に得た……もとい、失った身体。
いい加減に慣れたとは言え、男に戻れるのなら今すぐにでも戻りたい。
リシアには無理だと言われて半ば諦めていたが、これは逆にチャンスだとも思った。
「言ってる意味がよくわからないけど、別にクロスディスターの力を封じてるわけじゃないよ。ここじゃエネルギー源がないから力の回復ができないってだけだよ」
「どういうことだ?」
クロスディスター最大の特殊技能、クロスチャージ。
消耗したエネルギーを全快にして外傷さえも一瞬のうちに完治する能力。
さらには破損した衣服も元通りになって、空腹も感じなくなるという究極の回復技だ。
しかもノーコストで何度でも使用できる。
使用方法は簡単で「クロスチャージ」と口にするだけ。
このおかげでクロスディスターは単独でずっと戦い続けることができる。
「調査によると、君たちは空気中のSHINEを取り込んでエネルギーに変えているようだ。周りにSHINEがなければ回復はできない。要は紅武凰国内限定での能力なんだよ」
「そ、そうだったのか……」
つまりここじゃどうやってもクロスディスターの力を発揮できない。
隙を見て逃げることも、自力で走って東京まで戻ることも不可能ということだ。
「それじゃ何か、オレは紅武凰国の外じゃ全く普通の人間ってことなのか?」
「エネルギー源のSHINEさえ得られれば戦うこともできると思うよ」
「どんな方法で?」
「それはまだ教えられないね」
まあ、そうだろうよ。
協力を確約するまでは味方とは言えないんだろうからな。
話しながら歩いているうちに周囲の家もまばらになり、左手側には田んぼが見えてきた。
小さな鳥居の神社がある四つ辻を曲がるとやけに頑丈そうな石垣の建物がある。
そこでは袴姿の男が槍を持って厳めしい表情で前方を睨んでいた。
「こんにちは」
「面会か?」
「はい」
交わされた会話はそれだけ。
男は槍を持ったまま横に移動する。
陸玄が建物の中に入っていくので翠も後を追った。
横を通り過ぎるときに男がギロリとこちらを睨み付けてきた。
建物の中はすぐに下り階段になった。
やけに自分の足音が大きく響いて聞こえる。
所々に灯された行灯の光だけが薄暗く先を照らす。
二階分くらい降りたところで階段は終わった。
狭い通路の左右は木格子の牢屋である。
ほとんどは空室だが所々の部屋で白装束の人間がうなだれている姿が目にとまる。
低い唸り声がどこからか聞こえてきて、あまり居心地の良い場所とは言えない。
陸玄が足を止めた。
向かって右側の牢屋に一人の囚人がいる。
身に纏うのは他の囚人と同じ白装束。
金髪というよりは目の覚めるような真っ黄色の髪。
ただし、前と違って肩の辺りでざっくりと切りそろえられている。
ディスターアンバー。
彼はこちらに気付いて顔を上げる。
つり目がちの鋭い瞳がギラリと陸玄を睨む。
「やあ、飯は食べてるみたいだね」
気安く呼びかける陸玄にアンバーは言葉を返さない。
囚人の食事とは思えないような立派な膳を無言で格子に近づけた。
「コタ」
翠が呟くように呼びかける。
アンバーの視線がこちらに向いた。
「スイ……か?」
彼は戸惑ったように翠を小学校時代のあだ名で呼ぶ。
「オマエ一体なにやってんだよ。なんでコタがウォーリアなんだ!?」
やはりかつての友人で間違いのないことを確信した翠は思わず声を荒げる。
問い詰められたディスターアンバーこと夜久琥太郎は視線を逸らした。
「そりゃこっちのセリフだ。スイこそなんでウォーリア殺しのテロリストなんかになってんだよ」
「オレのことはどうでもいいんだよ! なあコタ、オマエ知ってんのか? あいつらがどれだけオレたちの生活をメチャクチャにしたか……」
「はいはいそこまで。感動の再会のところ悪いけど、こっちの用事を先に済まさせてくれ」
木格子に詰め寄って声を荒げていると、後ろから強引に引き剥がされた。
振り向いて睨み付ける翠を宥めるように陸玄は肩を軽く叩く。
「時間はたっぷりあるから、後でゆっくり語り合ってね。二人とも悪いようにはしないからさ」
「……ちっ」
ここで食い下がっても仕方ない。
おそらく陸玄は琥太郎も味方に引き入れる気なのだろう。
そして琥太郎が説得を聞き入れるまではずっと牢屋に閉じ込めておく気なのだ。




