12 謎の二人組
瑠那は息をのんだ。
あいつら報告にあった謎の集団。
東京治安維持部隊ガッデスを全滅させた二人組だ。
こいつらが現れることは全くの計算外だった。
神出鬼没で捉えることもできず戦闘力も計り知れない。
瑠那たちよりも高位のウォーリアが担当すべき強敵である。
幸いなことにどうやらジェイドの仲間というわけではないらしい。
だが、琥太郎があれだけ手こずったジェイドを一瞬で無力化してしまうとは……
「さて、次はそっちの二人か」
報告によれば特に怖いのは木上の壮年の男とのことだが、突然現れた黒髪の青年も相当な実力者だ。
明らかに害意を持っているのに何故か全くRACが働かず、脅威と認識できない。
ジェイドが不意打ちを食らったのもそれが原因か。
単なるサポート役ではなく、こいつは理解の及ばない能力を持っている。
琥太郎が負傷している現状では戦闘を続行するのは厳しいと言わざるを得ないだろう。
「琥太郎、ここは一旦引きましょう」
「スイ……」
琥太郎は倒れたジェイドを眺めながらうつろな目をしている。
そんな同僚の態度に瑠那は思わず激高した。
「なにやってるんですか、しっかりしてください!」
「えっ、あっ」
ジェイドは琥太郎の古い友人だったのかもしれない。
しかし今は彼を気にかけている時ではないはずだ。
ここで自分たちが全滅したら他のウォーリアにも迷惑がかかる。
貴重なCDリングを失うのも紅武凰国にとって大きな損失である。
「逃げますよ、走れますか!?」
「う、うん……つっ」
何とか正気を取り戻してくれたが、同時に腕の痛みも思い出したらしく、琥太郎は顔を歪める。
その一瞬が命取りになった。
「……っ!」
瑠那は反射的に上体を反らす。
木上から飛んできた拳大の石が瑠那の首筋を掠めた。
「ぐげっ」
反応の遅れた琥太郎は投石をまともに食らってしまう。
喉元を抑えて苦しむ彼の背後にゆらりと黒い影が立った。
「逃がさない」
黒髪の青年。
彼はその手に握った刀を振る。
琥太郎の髪がばっさりと切り落とされた。
ここまで接近されてなお脅威を認識しないことに瑠那は戦慄する。
いつの間にか感覚がRAC頼りになって、目の前にある危機を認識できなくなっている。
反撃するなら今。
この手に握った槍で貫いてやれ。
仲間を助けるにはそれしかない。
やれるはずだ。
思考を巡らせた時間は一秒にも満たなかったが、瑠那は頭で考えた結論に逆らった。
戦場で得た経験がRACよりも優先されて彼は逃走を選ぶ。
「……っ、ごめん、琥太郎っ!」
見捨てることになった琥太郎への謝罪を叫び、瑠那は山中を全力で駆けた。
街道に辿り着くまで彼は一度たりとも振り返らずに走り続けた。
※
「良かったんですか。ひとり逃がしてしまって」
秋山陸玄が刀を鞘に収めると、木上から相棒である壮年の男性が降りてくる。
「二人も捕縛したんだから文句はねえだろ。最低でもひとり連れて来ればいいって言われてんだし」
「敵の戦力は削れるときに削っておいた方が……いえ、なんでもありません」
この男にはそういった考え自体がないのだろう。
いざとなれば勝てない相手なんて存在しないのだから。
「だからよ陸玄、火刃と一緒にこいつらをテンマの所に運んでってくれ」
「あなたはどうするつもりなんです?」
「もう少し遊んでいく」
陸玄は苦笑いするしかなかった。
この世界を実質支配する紅武凰国の中枢都市、東京。
そんな場所ですら彼にとっては少し刺激的な遊び場に過ぎないらしい。
自称『異世界帰りの魔王』、ショウにとっては。
※
翠が目を覚まして最初に見たのは土色の地面だった。
それはみるみるうちに接近し……
「がべっ!」
意識が完全に覚醒するより先に顔面にぶつかった。
というより翠の身体がどこかから落ちたのだ。
「……ぇ」
痛え、と言いたかったが喉が痛くて声が出ない。
何とか膝を折り曲げて蹲った姿勢のまま顔を押さえる。
「あ、落ちた」
前方から声が聞こえてきた。
翠は顔を上げ、急いで立ち上がった。
足下がふらつく。
なんとか踏ん張って転ぶのは堪えた。
しかし拳を握ろうとしても体に力が全く入らない。
さっきぶつけた顔だけでなく全身が痛い。
衣装のあちこちが破け、小さな無数の傷ができているのに気付く。
というか、ここはどこだ?
周囲は森だが八王子の山中ではない。
気を失ってからこれまでの間に一体何があったんだ。
「ごめんごめん。ちゃんと固定してたつもりだったんだけど」
黒髪の青年が近づいてくる。
その姿は無防備でこちらを警戒する様子もない。
翠は喉に手を当て、何度か呼吸を繰り返して調子を確かめる。
たった一言だけでいい。
翠は左腕を掲げ、喉を振り絞って言葉を発した。
「――クロスチャージっ」
かすれ声だったが確かに発声に成功した。
しかし何も起こらない。
光も溢れなければ、生まれ変わるような、体力が全快した感覚もない。
「やっぱりSHINEで満たされている場所じゃなきゃリフレッシュはできないらしいね」
黒髪の青年は言う。
いま気付いたが、彼は大きな台車を引いていた。
その上にはいくつかの荷物と一緒に琥太郎が乗せられている。
どうやら琥太郎は気を失っているらしく、身体を縄で固定され台車に括り付けられている。
翠もたぶんさっきまでこんなふうに運ばれていたのだろう。
「お前は何者だ」
「心配しなくてもちゃんと質問には答えるし、取って食べたりしないからさ。ほら、君の直感もぼくを敵だって認めてないだろう?」
確かにゾッとするような恐怖は感じない。
それは翠に危害を加えるような人間ではない証拠である。
……が、それと同時にこの感覚を信じるわけにいかない理由が二つあった。
一つは実際にこいつらに襲撃されてわけもわからぬままた倒されたこと。
こうやって意に反して連れ去られどこかへ運ばれているという現実。
「ぼくは秋山陸玄。八王子では少し乱暴をしてしまったけれど、本来は君の敵じゃないよ」
「……」
翠は敵意を込めた目で陸玄と名乗った黒髪の青年を睨み付ける。
周囲を警戒する。
こいつが信用できないもう一つの理由。
それは背後から奇襲を受けるまで全く攻撃の気配に気づけなかったことだ。
こうして会話している最中にも誰かが背後から忍び寄ってきそうな予感がする。
髪を切ることで力を隠して近づいた琥太郎たちの件といい、これまでのようにRACに頼ることが怖くなるほどのトラウマだった。
「というかぼくは君を助けてあげたんだよ。一人でウォーリアを狩って回っていたらしいけど、いくらなんでも無茶しすぎだ。東京であんなことを続けてたらいつか死ぬよ」
実際に琥太郎たちに追い詰められた上、こいつらにやられてしまった翠は返す言葉もない。
だからって知らない奴に連れ去られて「そうですかありがとう」と感謝ができるわけもない。
「まあ、疑り深いのは悪いことじゃない。とりあえず黙ってついて来てね」
そう言って陸玄は翠に背を向け歩き出す。
引かれる台車の上では琥太郎が静かに寝息を立てていた。
力が出せない以上、抵抗は無駄。
そもそもここがどこなのかすらわからない。
しかたなく翠は台車を引く陸玄の後を追いかけた。
喉の痛みに耐えて何度も咳き込みながら小高い丘を越える。
「ほら、もうすぐだよ」
陸玄は丘の頂上付近で翠を待っていた。
彼の隣に並んで丘の向こうを見下ろすと、眼下に町が広がっていた。
東京で暮らしていた翠から見ればどこか古めかしい。
しかし整然と立ち並んだ和風建築の街並はどこか懐かしさを覚える。
町並みに見とれていた翠に陸玄は誇らしそうに語りかける。
「あれがぼくたちの本拠のある街。東亜連合の重要拠点にして現在の日本国の首都――京都だよ」




