3 生きていた友人たち
「男子三日会わざればって言葉があるけど、本当に見違えたよ」
「生きてたんですね……」
自分でも驚くほど心が安堵しているのがわかる。
あの日に知り合いはみんな死んでしまったと思っていたから。
実際に会って喋ったのはほんの一日だけだったけれど、それでも彼が生きていてくれたことが本当に嬉しい。
「そう簡単に死なないよ。なんてったって私は忍者だもん」
「はは、なんすかそれ」
翠は直央が冗談を言っていると思った。
しかし彼女の格好は言われてみれば『くノ一』のようにも見える。
「本当はもっとはやく接触したかったんだけど、なかなか君を見つけられなくてね。クロスディスターだっけ? あの日の子がウォーリアを倒して回ってるなんて、こうして会うまでは信じられなかったよ」
「直央さんはどうしてそのことを?」
女性化したことは知られているが、クロスディスターのことは話していなかったはずだ。
知ってるのはリシア以外では母親と三人のクラスメイトだけのはずである。
「君の友人の猫ちゃんに聞いたのさ」
「リシアか」
そういえばあいつ、元気にしているんだろうか。
世界のためにSHINEの秘密を探り出す活動には協力できなかった。
けど、結果的に翠はこうして紅武凰国と敵対している。
巻き込まれたことを恨んでいないといえば嘘になる。
だがやはり本当に許せないのは友人たちを手にかけたウォーリア共だ。
「ゆっくりお喋りしたいところだけど、私は君と違ってRACなんて便利な能力は持ってないからさ。悪いけど用事を終えたら身を隠すためにまたすぐ隠れるよ」
「直央さんも紅武凰国の敵なんすか」
「君に会うずっと昔からね。今日は伝えたいことがあって来たんだ」
伝えたいこととは? と翠が尋ね返すと直央さんは神妙な声色で言った。
「君の大切な人は生きてる。冷二郎も、他の二人の友だちも、それから君のお母さんもね」
「え……」
翠は驚きに目を見開いた。
生きてる? みんなが……
直央が現れた時、もしかしたらと思った。
でも、淡い期待を抱いちゃいけないとも思った。
ハッキリと彼女の口から聞けばもう感情は止められない。
「間違いじゃないんすか」
「ああ」
知らず知らずのうちに瞳から涙がこぼれた。
無理に無理を重ねてここまで生き延び戦ってきた。
復讐のためと自分に言い聞かせてきたが、本当は心のどこかで望んでいた。
また以前のように平和な日常を取り戻したい。
友人や家族と会いたいって。
「そっか、生きて……」
顔を手で覆って呟く。
そんな翠を見た直央はフッと笑った。
「安心した。中身は以前の君と変わっていないようだね」
「あ、当たり前っすよ。で、あいつらはどこに?」
「その前に約束して欲しい。感情的になって無茶はしないって」
「わかってますよ。オレだってもう理解してるつもりだ」
一ヶ月間、直央が翠に接触できなかったのは逆によかったのかも知れない。
もしあの事件の直後に冷二郎たちが生きていると知ったら、翠は怒りのままに動いていただろう。
この荒んだ生活のおかげで翠はだいぶ落ち着いて物事を考えられるようになった。
彼はもはや過剰な力を手にしただけのただの中学生ではない。
戦士として判断を下せるほどに成長している。
「お察しの通り、みんなは紅武凰国に捕らわれている。あのウォーリアが学校を襲撃した事件で三分の一くらいの生徒は殺されてしまったけど、生き残った人間はまとめて施設に連れていかれた。たぶん罪人として三等国民に降格したはずだ」
罪を犯した二等国民は罰として等級を落とされる。
自由のない東京外部の街で死ぬまで働く三等国民になるか。
もっと酷い場合は機械文明のない国外に棄民という形で追放される。
ただしこの場合の『罪人』というのは文字通りの犯罪者だけではない。
紅武凰国にとって都合の悪い人間は、たとえ何の罪もなくても罰を受ける。
「みんなはすでに壁の外に?」
「いや、処遇が決まる前に一度中央に送られる。まとめて救い出すならそこを狙うしかない」
「中央……」
「紅武凰国の本当の首都、クリムゾンアゼリアさ」
※
直央は翠に情報を伝えるとすぐに隠れ家を去った。
せっかく再会できたのに名残惜しいと思うが仕方ない。
あの人もまた、命がけで何かを成そうとしているのだろう。
そして翌朝。
橋の上の国道に立ち、翠は遙か西方を見上げる。
朝靄の向こうにうっすらと見える巨大な塔。
近隣の山々よりも張るかに高く聳えるその建造物の名はクリムゾンアゼリア。
一等国民が住むと言われる紅武凰国の真の首都だ。
何も知らずに学校に通っていた頃は宇宙観測施設だと教わって、疑いもなくそれを信じていた。
だが毎日のように見ていたあの塔こそが彼らの生活を支配している悪の居城だったのだ。
国民を仮初めの自由の中で管理し、この世界を操っている、悪魔たちの本拠地。
直央は知りうる限りの情報を数枚の紙にまとめて残していってくれた。
そこには紅武凰国の簡単な仕組みや外の世界の現状などが書かれていた。
それによるとタイムリミットは二週間ほど。
中央で処遇を割り振られた罪人はみんなバラバラに各地区に送られてしまう。
三等国民として登録された人間は完全な監視下に置かれ、一人ずつ探し出して解放するのは難しくなる。
しかも場合によっては、ここで暮らしていた頃の記憶を抹消される可能性もあって、そうなったらもう手遅れだ。
助けるならクリムゾンアゼリア下層部の拘置所に捕らわれている今しかない。
すでに猶予は一刻たりともなく、ジッとしている暇もない。
ウォーリア狩りは一旦中止。
クリムゾンアゼリアに向かう。
あの塔に潜入する方法を探るのだ。
翠は頬を叩いて気合いを入れた。
「よし、行くか!」
相手はこの国の中枢、世界の支配者たちだ。
一筋縄でいく相手ではないが、久しぶりに胸に灯った希望の火は、前へと進む翠の足取りをとても軽くさせてくれた。




