1 ウォーリア・ディアスの最期
ディアスはエリートであった。
父は紅武凰国の前身であるラバースコンツェルンの重役。
母は建国戦争を戦い抜いたJOY使いで、後に『最初のウォーリア』の一人にも選ばれた歴戦の勇士であった。
そんな二人から生まれたサラブレット。
物心ついた時には紅武凰国の一等国民であったディアス。
彼は将来は自分もウォーリアとして国家に忠誠を尽くすことを当然の運命と思って生きてきた。
十二歳の誕生日にNDリングが与えられた。
早いうちのウォーリア着任は心身の負担が大きいだろうと父は心配したが、母は反対を押し切って期待の息子にこの栄光あるウォーリアの証を与えた。
またディアス自身もそれを望んでいた。
拒否反応は全くなかった。
見事にディアスはウォーリアとしての才能を開花させる。
二世代目の特権としてすぐに現地で任務に就くことも許されていたが、ディアスはそれを断って辛く厳しい養成所通いをすることを選んだ。
何事も基礎を身につけることが大事。
そう教えてくれた父の薫陶が活きた選択だった。
結果としてそれは正解だったと言ってもいいだろう。
情も特別扱いもなく、同期や先輩たちとひたすらに拳を交え合う日々。
あの辛い経験があったからこそディアスは『暴力を躊躇しない』というウォーリアとしての最大の心構えを骨の髄にまで染みこませることができた。
養成所の殴り合いでディアスは一度も負けなかった。
固有能力は四日目に習得したが、彼はそれを隠して拳での戦いに拘った。
幸いなことにウォーリアとしての基礎身体能力にも恵まれており、おかげで能力頼りの罠に陥る心配もなかった。
もちろん習得した固有能力も強力だ。
彼が得た能力は≪気功円月輪≫という。
表面は機関銃の連射すら防ぎきる無敵の盾。
外刃は触れれば鋼鉄ですら豆腐のように斬り裂く最強の投擲武器。
五センチから一メートルまで、自由自在の円形エネルギー武器を作り出す能力である。
養成所を卒業したディアスは正式なウォーリアに任じられた。
序列はなんと初年度から二十九位という高位のランクを与えられた。
流石にこの時ばかりはディアスも大いに浮かれて増長してしまう。
自分に意見したブシーズを殺めてしまうという、今なら考えられない失態を犯したこともあった。
その事件に危機感を抱いた母は、即座にディアスを『九天』と言われる序列一桁のウォーリアに引き合わせた。
模擬戦という形ではあったがディアスは彼に手も足も出ずにボコボコにされてしまう。
しかしディアスは心折れることはなかった。
むしろ上に行けばこんなにも強い人間がいるのだと感動すら覚えた。
結果、ウォーリアという立場により強い誇りを持つようになり、以後は決して自分の立場を忘れることなく職務に邁進することを決意した。
その後、ディアスは八王子で地区管理の任に就くことになった。
本当なら海外での戦場勤務が理想だったが、彼は決して功を焦らない。
現在の自分に与えられたふさわしい仕事をキッチリとこなすことだけに集中した。
年上のブシーズ隊員たちを顎で使い、反乱や重犯罪が起きれば自ら現場に赴いて解決もする。
そして去年はウォーリア東京地区管理部門の最優秀賞メダルも与えられた。
一週間後には十四歳の誕生日を迎える。
来年度からは希望通りに戦場管理部門へと移籍し、大陸へ渡ることも決定していた。
まだまだ目指すべき高みがあることが嬉しい。
ディアスはまだ若く、エリートとして迎える未来は希望に満ちあふれていた。
※
この日にディアスに与えられた任務はいつも通り。
与えられた自由を勘違いし、愚かな考えを持った二等国民の反乱鎮圧。
ウォーリアの圧倒的な力で馬鹿者を叩き潰して目を覚まさせるだけの簡単な仕事だった。
頻繁に起こるわけではないが、定期的に発生するありふれた任務。
そのはずだった。
「くそっ、なんだよ! なんなんだよお前ぇ!」
ディアスは左右の指先に円形のエネルギー体を作り出す。
強く腕を振るって必殺の武器を撃ちだした。
しかし攻撃は当たらない。
うち片方は首の動きだけで避けられた。
もう一つはこれ見よがしに白羽取りのような形で止められる。
敵が駆けてくる。
異様に量の多い翠色の髪を振り乱し、翡翠色、黄緑色、緑がかった白の三色のバトルドレスを纏った反逆者。
ディアスは慌てながらも≪気功円月輪≫を飛ばして迎撃をしようとする。
その前に反逆者は大きく跳ね一気に間合いを詰めてきた。
顔面に強烈な跳び蹴りが浴びせられる。
「はぶぅっ!」
たまらず吹っ飛ぶディアス。
強化された身体はそれほどのダメージは受けない。
だが不様に地面を転がされた事が彼のプライドを大きく傷つける。
「なにを、なにを、なにをすんだよぉ!」
片膝を突いて起き上がると、ディアスは怒りの声を上げて駆けた。
攻撃が全く当たらないことに業を煮やした彼は接近戦を挑むことにした。
右手に掴んだ≪気功円月輪≫で直接相手を斬り刻んでやる。
翠色の反逆者はディアスの攻撃を易々とかわす。
懐に入り込まれ思いっきりボディーに拳を叩きこまれる。
「ご……」
呻き声を上げる暇もない。
さらに顔面に強烈なフックが叩きこまれた。
トドメとばかりに回し蹴りでまたしても盛大に吹き飛ばされた。
立て続けに強力な連続攻撃を喰らい、もはやNDリングの守りも痛みを抑えきれない。
「い、いたい、いたいよ……なんで、なんで、なんでぇ……!」
なんとか上体を起こすが、ディアスはもはや立ち上がれなかった。
身体が動かないほどの致命傷ではないのだが、ショックで戦う心が完全に折られてしまった。
以前に序列一桁の先輩に敗北した時とも違う。
この相手には欠片ほどの優しさもない。
大丈夫だと言ってくれる母親もいない。
こんなんじゃがんばれるわけないだろう。
それでも湧き上がる怒りが彼の口を動した。
「なんでなんだよ、おかしいだろぉ! なんでぼくがやられなきゃいけないんだよぉ!」
反逆者はゆっくりと近づいてくる。
「お前ウォーリアじゃないだろ!? 反逆者がこんなに強いとかよくないんだぞ! いいか、ぼくはエリートなんだ! 序列二十九位だぞ! お前は大人しくやられなきゃだめだろぉ!」
ディアスの幼稚な文句には一切耳を貸さない。
彼を処刑するために反逆者は歩を進める。
「い、いまならまだ許してやる! 土下座して謝れっ! じゃ、じゃなきゃお前、死ぬぞ! いや、もう死ね! 謝罪して死ね! 死ね死ね死ねっ!」
「お前がな」
緑髪緑ドレスの反逆者はディアスの胸倉を掴んで無理やり立たせると、彼の腹部に拳を当てた。
これ、知ってる。
この攻撃だけは気をつけろって作戦前に言われてた。
報告班の嘘つき。
この技だけに気をつけてもダメだったじゃないか。
こいつ、全体的にぼくより強いぞ。
手も足もでなかったぞ。
「や、やめ――」
「クロスシュート」
反逆者の拳から放たれた緑色のエネルギーが、若すぎたウォーリアの意識を永遠に失わせた。




