9 神速の槍使い! ラピスラズリVSガゼンダー肆式!
「もう良い!」
老人は大声で叫んだ。
「……ウォーリア様、よくわかりました。あなた方は最初からまともな交渉をするつもりなどなかったのですね」
老人が怒りをかみ殺したような震え声で言う。
条件を飲めば自分たちの希望が叶う代わりに死は免れない。
そうわかっているからこそ、こちらの出した条件を勝手な解釈で一蹴したのだ。
「いつもそうだ。中央の人間はそうやって、いざとなれば我らを虫けら同然に踏み潰せると思っている。だからそんなヘラヘラ笑っていられるのだ。自分で身体を鍛えたわけでもない紛い物の兵隊の分際で!」
「だったら何だ?」
NDリングにせよCDリングにせよ与えられた力ということは理解している。
だから琥太郎はそんな挑発には乗らない。
老人は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ならばこちらも力で抵抗するまで!」
そう言うと老人はポケットから何かを取り出した。
ソフトボールくらいの大きさの紫と黒まだら模様の球体。
それを見た瑠那が叫ぶ。
「あれは……琥太郎、下がって!」
「先に手を出したのはお前らだからな、いい気になったことを後悔しろっ!」
老人が球体を地面に叩きつけると、紫色の煙がもうもうと立ちこめて視界を隠す。
瑠那の言葉を合図に二人は後ろへと飛んで距離を取った。
「ガゼンダー!? なんで反乱市民がそんなものを……!」
「ただのガゼンダーではないぞ!」
煙が晴れ、中から姿を現したのは全長三メートルほどの鎧武者。
兜の隙間から覗くその瞳は怪しく輝いており、中身が人間ではないことを告げている。
右手には肉厚の巨大な刀を握っていた。
「ガゼンダー肆式。お前たちウォーリアを狩るために作られた悪魔の兵器よ!」
※
「おい、あのガゼンダーってのは一体なんなんだ」
ゆっくりと近づいて来る機械の鎧武者。
視線はそちらに向けながら琥太郎は瑠那に尋ねる。
「元々は軍が戦場に投入するため開発した人型兵器のプロトタイプです。実験段階ですでに暴走が多く、また別の主力兵器の生産が軌道に乗ったことからすぐに開発は中止になりましたが、少数の試作機が現存していると聞いています」
「ヤバいのか?」
「単純な戦闘力だけなら序列二桁前半のウォーリアにも匹敵すると聞いています」
「なるほどな。そんな切り札を持ってるから強気で反乱を起こせたわけだ」
なぜそんな物騒なモノが地方の反乱勢力の手に渡ったのか?
それは彼らにはわからないし考えても仕方ない。
こうなっては戦うしかないだろう。
琥太郎が獰猛な笑みを浮かべた、その直後。
二人の目の前で突然ガゼンダーが向きを反転した。
凄まじい勢いで地を蹴り、反乱勢力の目の前に着地する。
「え……」
呆然と鎧武者の巨体を見上げる首謀者の老人。
その眼前で肉厚の刃が頭上に掲げられる。
反応すらできず、老人は呆然と刃が振り下ろされるのを見ていた。
凄まじい轟音が辺りに響き、ガゼンダーの振るった巨剣はアスファルトの大地を抉った。
※
「うあ、な、なぜ……?」
老人は亀裂の真横で腰を抜かしていた。
彼が真っ二つにならずに済んだのは、直前でガゼンダーの振るった刃の軌道が逸れたからである。
「はやく逃げてください。こいつはもうあなたの制御なんか受け付けません」
そう老人に告げるのはディスターラピスラズリこと速海瑠那。
その手には長さ一メートルほどの柄を持つ槍を握っている。
至ってシンプルな形状の槍。
石突きに長い飾り布がついた、どことなく清国風の槍だ。
アンバーの戦斧と同様、この槍はラピスラズリの召喚武器である。
攻撃の軌道がズレたのは瑠那が側面から穂先で突いたからである。
ガゼンダーは巨体には似合わず驚くほどに俊敏だ。
しかし瑠那はそれよりさらに速い。
瞬時に真横に回り込んで攻撃を妨害したのである。
「う、うわあああっ!」
「逃げろっ、にげろーっ!」
反乱勢力の人間たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
腰を抜かしていた老人も近くの青年に担がれて運ばれていった。
ガゼンダーの正面には槍を構えた瑠那。
そして後方には戦斧を担いだ琥太郎が立つ。
「琥太郎」
「なんだよ」
鎧武者を挟んで二人のクロスディスターは言葉を交わす。
「キミはさっきブロックを壊す働きをしたから、今度はボクが活躍する番ですよね」
琥太郎は目を細めて苦々しい顔をした。
そして肩をすくめて戦斧を消す。
「ちっ、勝手にしろ」
ガゼンダーが序列の高いウォーリアに匹敵すると言うのは嘘ではないだろう。
この巨体であの俊敏さ、そして大地を割るほどの破壊力。
戦場に出ればたった一機で戦局を変えうるポテンシャルがあるのは間違いない。
だが、怖くない。
クロスディスターの危機回避能力は、こいつを全く脅威だと認識していない。
「譲ってやるからさっさと済ませろ」
「ありがとうございます」
瑠那は槍を構えたまま腰を落とす。
そして、突いた。
「ふっ!」
鎧武者の巨体が揺らぐ。
瞬間移動したのかと錯覚するほどの速度。
ガゼンダーは瑠那の攻撃にまるで反応できていなかった。
瑠那はそのまま鎧武者の背後に回ると、今度は背中を突き刺した。
揺らいだものの何とか倒れず耐えた鎧武者が振り向く。
その時にはすでに瑠那の姿は同じ場所にない。
今度は側頭部に穂先が突き刺さる。
瑠那は攻撃を当てては離れるという攻撃を繰り返した。
クロスディスターにはそれぞれ特長がある。
例えば琥太郎のディスターアンバー。
彼にはブロック塀を簡単に粉砕するほどの攻撃力がある。
そして拳銃の弾を至近距離から受けてもほとんどダメージを受けない圧倒的な防御力を持つ。
それに対して瑠那のディスターラピスラズリは目にもとまらぬほどの攻撃速度がある。
あらゆる角度から攻撃を食らって、そのたびにふらつくガゼンダー。
その様子は一人の敵を相手にしているようには見えない。
まるで四方八方から複数の銃撃を受けているように次々と鎧にへこみ傷ができる。
鎧武者は反撃を試みるが、瑠那は同じ所に一秒も留まらない。
がむしゃらに刀を振るう様はまるで蠅叩きを振り回しているようだ。
だが鎧武者の装甲もかなり厚くて瑠那は決定的なダメージを与えられない。
「手伝うか?」
「心配無用です!」
ガゼンダーの剣が振り抜いた先で停止する。
その刃の上には瑠那の姿があった。
「いまトドメを刺しますから!」
瑠那は刃の上を走り、槍と一体化して敵に飛び込んだ。
「クロスガトリングランジ!」
これまでに比べて数倍する威力の連続刺突。
鎧武者の巨体に無数の穴が穿たれる。
まるで超威力の機関銃を乱射しているかのようだ。
瑠那は敵の背後に着地した。
ガゼンダーの巨体がぐらりと揺らぐ。
どうやらついに耐久力の限界を超えたらしい。
凄まじい地響きを立て、鎧武者は大地に倒れた。