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CROSS DAYSTAR JADE -Jewel of Youth ep3-  作者: すこみ
第九話 悪のクロスディスター! アンバー&ラピスラズリ!
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8 交渉

 ターミナルビルからゾロゾロと反乱市民たちが姿を現す。

 全員ではないだろうが、およそ三〇人くらいが琥太郎たちの前にやってきた。


 武力による威嚇は逆効果と理解したのか銃を持っている者はいない。

 それどころか降りてきた人々の中には子どもが混じっている。


「話し合いに応じてくれるというのは本当か」


 代表として杖をついた白髪の老人が口を開いた。

 琥太郎はちらりと斜め後ろ、ラピスラズリこと瑠那に視線を向ける。

 ポニーテールの同僚は頷いて琥太郎の代わりに初老の男性の質問に答えた。


「はい。我々はあなた方の要求の一部を飲む用意があります」


 正直なところ、自分に交渉ごとを行うような能力はないと琥太郎はわかっている。

 最初の脅しを終えたら後は後方から敵に威圧感を与えつつ次に斧を振る時を待つだけだ。


 ……と、冷静に現状を分析する反面、琥太郎は内心で心臓がバクバクと鳴っているのを必死に隠そうとしていた。


 反乱市民たちが怖いわけではない。

 クロスディスターの危機回避能力(RAC)とやらも彼らが恐れるような相手ではないと告げている。


 心の乱れの原因は一つ。

 さっきのが琥太郎にとって初めての人殺しだったからだ。

 養成所で相手を半殺しや再起不能にしてきたことは何度もあるが、人を殺した経験はなかった。


 ウォーリアは舐められたらお終いである。

 しかも相手は国家に盾突く反逆者で、先制で銃を撃ち込んできた。

 琥太郎は懸命に平静を装いつつ、交渉は瑠那に任せて来たるべき実力行使に備える。


「この地区の労働者の配給費用を除いた自由給金は月当たり約三十二万円。これを三十五万まで引き上げると約束しましょう。今回の騒動における罰則も一切問いません。その代わり移動制限解除の要求は取り下げていただきたい」

「は、話にならない!」


 老人の右後ろの青年が興奮した面持ちで叫んだ。

 肌は青白く随分と不健康そうな男である。


「下がっておれ、村上」

「しかし地区長! 俺たちはこんなちんけな賃上げのために危険を冒したわけじゃありません!」

「いいから黙っとれ!」


 地区長と呼ばれた老人に凄まれ、顔色の悪い青年は渋々と引っ込んだ。


「さてお若いウォーリア様。わざわざご足労いただきながら恐縮ですが、その条件では承服しかねます。どうやら情報がねじ曲がって伝わった様子ですが、我々が第一に要求しているのは隔離地区の間に立つ断絶壁の撤廃。つまり移動制限解除が本命なのです」

「それはできません。その要求を飲めば国家の仕組みを根底から覆すことになってしまいます」

「何故ですか? 我々はなにも二等国民に上げろと要求しているわけではありません。三等国民としての分限は守って東京やクリムゾンアゼリアには近寄らない。休暇が終わればまたこの地に戻って真面目に働くと誓いましょう」

「いえ、でも……」


 瑠那は押され気味になっていた。

 彼はかつては海外で正規ウォーリアとして働いていたと言っていた。

 任務という形で一箇所に留まる事はあっても、三等国民ほどの束縛を受けたことはないだろう。


 どうやら敵に対して同情の念を持ち合わせてしまっているようだ。

 瑠那が口ごもった様子を見て老人はさらに畳みかける。


「若い頃、私は登山が趣味でしてな。ここがまだ日本だった頃はよくいろんな山に登っておりました。特に感動したのは富士山に登った時です。苦労して登った日ノ本の象徴。てっぺんから見たあの雄大な景色は生涯忘れられません」

「う……」

「狭いコミューンしか知らない子どもたちに、あの景色を見せてやりたいんですわ」


 老人は容赦なく情に訴えかける。

 瑠那は完全に言葉を失ってしまっていた。


 ルールが大切なのは間違いないけれど、内心では共感するところもある。

 紅武凰国の制度が彼らから自由を奪っているのは確かなのだから。


「そ、それでも」


 事前の打ち合わせで給金増額要求に関してはある程度の融通を利かせてもいいと言われている。

 だが移動制限撤廃に関しては一切要求を聞くことは許されない。

 いくら説得されようが瑠那の権限では首を縦に振れないのだ。


 どうしても交渉がまとまらない場合、琥太郎たちが取り得る手段は武力による排除だけ。

 老人の背後では反乱に加わった市民たちが無言で瑠那に視線を向けている。

 特に大人の手を握りながら不安そうな目でジッと見つめる幼子の圧力は絶大だった。


「まあ、良いんじゃねえの?」


 すっかり言葉を失っている瑠那に琥太郎は助け船を出すことにした。


「え?」

「認めてやれば良いじゃねえか。たまの旅行くらいさ」


 反乱勢力たちからおおっと歓声が上がる。


「待って、それはボクたちの権限で決められる事じゃないよ」

「んなことはわかってる。だから、とりあえずは俺らが窓口になって上に掛け合ってやろうぜ。壁の撤廃は無理でも短期旅行を認めるくらいなら許されるかもしれないだろ。俺も元は三等国民だったから、こいつらの気持ちは痛いほどわかるしな」

「おお、では……」


 説得が通じたと思ったのか老人が目を輝かせる。

 だが琥太郎はそんな彼に容赦のない言葉をぶつけた。


「ただし、これだけの事件を起こしたんだ。特例を認めるなら罰則というか代償は必要だよな。だから今回の反乱の首謀者とそれに近い者、計十名の処刑と引き替えでどうだ?」

「……は?」


 瞬間、反乱市民たちは水を打ったように静まり返る。


「ひの、ふの、みい……ガキを除けばちょうど十人だな。よし、お前たちの命と引き替えでいいぜ。それで他の奴らはお咎めなし。給料アップは確約で短期旅行の許可も市庁に掛け合ってやる。な、決まりだ」

「いやいやいや待て待て待て!」


 老人は杖を投げ捨ててあわあわと両手を振る。

 他の代表者たちも目を見開いて真っ青になって怯えていた。


「そ、それはいくら何でも横暴でしょう!?」


 村上とか言う元から顔色の悪い男に至ってはもう土気色だ。

 大声で文句を飛ばすが琥太郎は小馬鹿にするように言い返す。


「何が横暴だよ。お前たちは若い世代に夢を見させるため危険を冒したんだろ? だったら自分たちの命でそれが叶えられることを喜ぶべきだろうが」

「それとこれとは話が違う!」

「命と引き替えってそりゃおかしいだろ! お前らには血も涙もないのか!」

「仮にその条件を飲むとしても、刑に処される人間はもっと交平に選ばなくっちゃおかしい!」


 それを皮切りに次々と代表者たちが文句を言い始める。


 琥太郎は見抜いていた。

 こいつらが幼い子供を連れてきた理由。

 それは交渉の際に相手の同情を買うための道具に過ぎない。


 瑠那はまんまと引っかかったが、琥太郎の目にはこんな手段など「卑怯」としか映らない。

 覚悟を試すつもりであえて過激なことを提案したが、返って来た反応は予想した以上に酷かった。

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