10 同業
「こうして息子たちに会うのは初めてだな。俺は宗燃許、お前たちの親父の古い友人さ」
五人は街中を歩いていた。
先導する燃許が前を向きながら紅葉たちに自己紹介をする。
物腰でわかる、この男性は秋山の同類だ。
これだけ広い町で連絡も取らずにやって来た三人を即座に発見して接触するなど、常人にはない力を持った同業の人間だろう。
そして燃許に並んで歩きながら、こちらを……正確には陸玄を睨んでいる逆毛の少年も。
「こいつは倅の火刃だ。仲良くしてやってくれ」
「……よろしく」
仏頂面で挨拶をする火刃。
陸玄は彼にいつもの人懐っこい調子で手を差し伸べる。
「秋山陸玄だ。こっちこそよろしく」
「紅葉です」
火刃は握手に応じようとしない。
陸玄は苦笑いをしながら手を引っ込めた。
紅葉も軽く頭を下げたが火刃はこちらを見ようともしない。
恨みすら抱いているような視線が真っ直ぐ陸玄だけに向けられる。
紅葉はそんな彼の態度を不快に感じたが陸玄は気にするそぶりもなかった。
「で、今日はどうした? 子供たちを連れて来たって事は何かしら意味があって来たんだろ」
「二人をしばらく預かって欲しい」
紅葉は驚いて透輝の顔を見た。
まったく寝耳に水だったのである。
「構わんが、理由はなんだ?」
「今後、紅武凰国から狙われる可能性がある。お前なら上手く匿ってくれるだろう」
「匿うのは構わんが、修行が疎かになっても知らんぞ。俺は秋山の技なんて教えられないからな」
「それなら心配ない。すでに家督は陸玄に譲った」
「なんだって!」
透輝の言葉に強く反応したのは燃許ではなく息子の火刃だった。
逆毛の少年は透輝と陸玄の顔を交互に見比べ、より強い視線を陸玄に向けた。
燃許は驚いた顔こそしてみせるものの平静に事実を受け入れ興味深そうに陸玄を眺めている。
「コイツが家を継いだだって……?」
「ほうほう、若いのにたいしたモンだ」
宗親子の視線を同時に受けても陸玄は微笑んだまま自分からは何も言わない。
燃許は一歩前に出て強く地面を踏みしめ、そんな陸玄の顔面にいきなり拳を叩き込んだ。
「あっ!」
と、見えたのは間違いで、実際は鼻先一センチの所で寸止めしている。
紅葉は彼が動く瞬間がまったく見えなかった。
声を上げたのも一秒遅れてからだ。
「なぜ避けなかった?」
拳を突きつけられても兄の表情の余裕はまったく崩れない。
そう問いかける燃許に陸玄は何事もなかったかのように答える。
「敵意がなかったから」
反応できなかったのではなく避けなかったと、陸玄はそう言っている。
ふつうは敵意がないとしても眼前に拳を突きつけられれば多少なりとも狼狽えそうなものだが。
改めて紅葉は兄を尊敬する。
火刃が小さく舌打ちをする音が聞こえた。
「なるほど度胸もある。その歳で秋山を継いだのは伊達ではないな」
「陸玄の天秤は若いころの俺を凌いでいるよ。礼儀も仕込んであるから迷惑はかけん。もちろんまだまだ技を磨く余地はあるがな」
「だが透輝、これほどの跡取りを俺に押し付けてお前は何をするつもりだ?」
「ちょっと身を軽くしたいんだ」
透輝の返答に燃許は眉をしかめた。
「お前、一人で『FG』に参加するつもりか」
「そうだ。お前には連絡役になって欲しい」
燃許は立ち止まり、難しい顔で透輝の顔を眺めた。
「決意は変わらないか」
「誰かがやらねばならないことだ。ならば俺はその一助となりたい」
「わかった。火刃、透輝の息子たちを隠れ家へ案内してやれ」
「えぇ……」
父親の指示を受けた火刃は露骨に嫌そうな顔をする。
「父さんはどうするんだ?」
「透輝と話をしてくる。夕刻までには戻るから食事の支度をしていろ」
「……わかった」
しぶしぶながら了承をする火刃。
彼はこちらをちらりと見るとさっさと歩き出してしまう。
「父上。ぼくたちにはいまいち状況がよくわからないのですが」
「心配するな、説明もせず置いていったりしないさ」
批難するような陸玄の視線を受け、透輝は困ったような顔をした。
兄は普段こそ落ち着き払っているが意外と不満をすぐ顔に出す。
もちろんそれが不利益になると理解していれば自制するだけの分別はある人間だ。
「色々と急だったのは悪いと思っている。帰ってきたらすべて話すから、しばらく燃許の息子と遊んでいてくれ」
「わかりました。約束ですよ」
陸玄がとりあえず納得をしたので、透輝は燃許と二人で町の雑踏に消えていった。
すでにかなり先に行ってしまった火刃が不機嫌そうに怒鳴る。
「ほら、さっさとついてこいよ!」
陸玄と紅葉は小走りに彼を追いかけた。
※
高さ三階ほどのコンクリートで固められたビルが立ち並ぶ裏通り。
ほとんどの建物には植物のツタが巻き付くほどに荒れ果てている。
火刃はそのうち一つの建物のドアを開いた。
中は意外と綺麗である。
窓ガラスも割れておらず、ツタの隙間から差し込む光だけでも十分に明るい。
剥き出しのコンクリートが広がるだだっ広い空間の奥に階段があった。
「あの上が隠れ家だ」
簡単な説明をして火刃はその場で立ち止まる。
「行かないの?」
「秋山の人間を中に入れたくない」
火刃は陸玄の問いに剥き出しの敵意を込めて振り返る。
彼は上着を脱ぎ捨て、拳法のような構えを取って陸玄を睨みつけた。
「剣を抜いて俺と勝負しろ」
「なんで?」
「裏社会最強は俺たち宗の一族だ。秋山を継いかなんだか知らないけど、俺はお前なんかに負けやしない。今からそれを証明してやる」
どうやらこの少年は陸玄……というより秋山に対して敵意を持っているようだ。
一族に誇りを持つのはいいが、これでは単なる乱暴者である。
もちろん陸玄はまともに相手をしない。
「どっちが最強でもいいよ。仲良くやろうよ」
「ふん、負けるのが怖いのか!」
あからさまな挑発である。
陸玄は面倒くさそうに頭を掻いた。
そして火刃と同じように拳を握って構える。
「それじゃ、これならどうだ?」
「なんのマネだ。お前は剣士だろう、剣を抜け」
「秋山は敵ではない人間を斬らない。拳同士で良ければ相手してあげるよ」
「ふざけるな!」
眉間に青筋が立って見えるほどの怒りを込めて火刃は声を荒げた。
しかし陸玄は悠々としながらトドメの一言を突き刺す。
「あれれ、ひょっとして負けるのが怖いの?」
火刃の怒りは頂点に達する。
ぶちっ、堪忍袋の緒が切れる音が聞こえたような気がした。
「……いいぜ、ぶちのめされなきゃわかんねえなら、望み通りにしてやるよぉ!」
そして二人のケンカが始まった。