神の前で愛は誓えない
今日、私は、神の前で結婚誓約書に署名した。
相手は、王国唯一の王子で、将来の国王。
私は公爵家の娘として、国内バランスのために生まれた時から、結婚を定められていた。
私と彼は、将来の国王夫妻となるべく、厳しい教育を受け、お互いに慰めあい、励ましあい、競いあい、共に同じ時間をすごし育った。そこに、信頼関係と深い愛情があったはずだった。
彼が私より、愛する人をみつけるまでは。
「君を正妃にするよ。彼女に公務は無理だ。心安らかに後宮ですごして欲しいから、彼女は側妃にする。大丈夫、君のことだって愛してあげるよ」
彼は、私が傷つくことなんて微塵も思っていなかった。
彼は王太子だったから。
いつだって正義は彼にあったから。
今だって、愛する女性とすごす時間を想像して、幸せそうに笑っている。
「陛下は何と?」
「もちろん、父上は許してくれたよ」
一人息子である彼に、国王はいつも甘い。私の父である公爵は私を家の駒だとしか思っていない。
彼だけは、私にも心があることを、わかってくれていると信じていたのに。
愚かにも、信じていたのに。
私は貴方を、愛していたのに。
署名を終えて、司祭が神の前での愛の誓いを求めてきた。
私の意識が過去からもどる、今は、結婚式の最中だ。
「いいえ、誓えません。彼を愛しておりません。政略なので結婚はします。王命ですもの、逆らえません。でも、神の前で嘘は申せません。彼に愛は誓えません」
静まりかえった大聖堂に、私だけの声が響いた。
近隣諸国からの賓客、王国の高位貴族、大勢の前で。
「神の前で、愛を彼に誓えません」