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翌日、わたしは朝から外出した。
「お嬢様、これはこちらでよろしいですか? 」
「ええ、ありがとう。それもこちらでいいわ、あとはわたしがやるので、もう帰っても大丈夫よ 」
「かしこまりました。お昼頃にはお迎えに上がります 」
付き添ってくれた侍女が帰ると、わたしは早速、持ち込んだ荷物の仕分けを始めた。中には懐かしい思い出の物もあり、考えすぎて煮詰まっていた頭と表情がやんわりほぐれてくる。色と材質でざっくりした仕分けを行なっていると、元気な声がいくつも聞こえてきた。
「アリーナ様! こんにちは! 」
一時限目の授業が終わった女の子たちが、部屋の中にはしゃぎながら飛び込んできた。
「わぁっ! 素敵! アリーナ様、今日は何を作るんですか? 」
ここは教会が運営している一般市民の子供達のための学校だ。カーティス王国では、7歳から16歳までのすべての子供達に義務教育を課している。幼い時からの最低限の教育が将来のカーティスを支えるという信念のもとに、だ。それに賛同する貴族たちも、各々の教区にある教会内の学校に思い思いの寄付や援助を行い、国庫予算の足りない部分を補うことで成り立っている。
我がアカトフ家も賛同の気持ちはあるものの、あまり内証が豊かとは言えないため、寄付金…… だけではなく、実地で教えられることを子供達に教えている。お兄さまは得意な剣術や体術だったり、お母さまやわたしはお裁縫をといった具合だ。あれでいてお母さまのお裁縫の腕は見事なもので、わたしには到底追いつけそうにない。まぁでも、お母さまほどのプロ級ではないにしても、わたしも貴族令嬢の嗜みとして、刺繍や編み物などはかなり上手に仕上げることができるので、子供達の二時限目の先生は、驚くなかれ、わたしなのだ。義務教育だから学校に通えるものの、お家の事情はそれぞれだ。勉強も大事だが、将来の糧を得る技術の習得も大切だと思うので、わたしも一生懸命教えているし、子供たちも一生懸命学んでくれる。
「皆さんこんにちは。今日はパッチワークをやりましょう。小さな布片をいくつも作って繋ぎ合わせるだけ。けれどいくつ繋ぎ合わせてもいいからいろいろな大きさのものを作れるのよ。今日は今度のバザーに出すためのクッションカバーを作ってみましょう。布はいっぱい持ってきたから、まずは解す作業から始めましょうね 」
持ってきたのは、お母さまやわたしがもう着れなくなったり、古くなったりしたドレスや、小物類。紳士服よりも華やかな色合いが多いので、女の子たちが喜ぶし、それを解して再利用した作品の売れ行きも上々なのだ。昨年のバザーでは、端切れで作ったリボン型の髪飾りの大人気ぶりにびっくりした。
授業が終わり、次の二週間後までの宿題を出した後、食堂で顔見知りの教会スタッフとお茶を飲みながらふと思う。二週間後、わたしはまたここに来ることができるのだろうか。ゲンナリしていたのがわかったのか、お茶飲み相手が怪訝そうにわたしの顔を覗き込んできた。
「アリーナ様。今日はなんかお疲れのご様子ですね? 」
たしかに疲れてはいる。精神的に。
「そう? ここのところ夜会続きだったせいかもしれないわ 」
きらりと光った彼女の瞳に、嫌な予感がした。
「アリーナ様。夜会といえば先日のアレですね? 」
しまった。自分で踏んでしまった地雷ではあるけれど、まったく見当がつきません、といった顔を作ってみた。
「もう! アリーナ様ったら。レオニード王太子殿下のお妃様選びの夜会のことですよ! いずれ王妃様になられる方でしょう? 市民たちも興味津々です。どなたにお決まりになったんですか? 」
いずれ王妃…… あぁ、ますます精神的な疲労がかさみそう。
「やはりお噂のある公爵家のご令嬢でしょうか? 」
噂ね。『みんなが知ってる噂』=『真実』なんじゃないかしら。
「アリーナ様。やはりバランコフ公爵家のご令嬢でしょうか? 」
リュドミラ様ね。完璧淑女の。まさに王太子妃になるべくして生まれたような方。生まれも血筋も美も才も申し分のない方。わたしだってあの夜会で遠目から見ても、決まりだなと思っていたぐらい。殿下とリュドミラ様のお二人は、幼馴染兼従兄妹同士でいらっしゃる。いつの夜会でもパートナーとしてダンスされるお二人の姿は会場の華だし、気心知れた仲の良いあのご様子に割って入れる人などいるわけがない。が、バランコフ公爵家というのがネックなのだ。リュドミラ様のお母さまは、現国王陛下の妹姫。先の王女殿下が降嫁された先が、バランコフ公爵で、お生みあそばされたのがリュドミラ様なのだ。二代続けて同じ公爵家と王家の縁組には、かなりの反発がある。それこそ勢力関係がバランコフに一気に傾くことが必至であるから。
だから…… リュドミラ様でないのなら、誰でも良かったんでしょうね。ほかの『不可』がなければ…… アリーナでも。
「アリーナさん、こんにちは 」
めんどくさいな、という気持ち以外の何かに気づかないフリをし、ため息を押し殺していたわたしの目の前に、突然、可憐な花束が差し出された。驚いて目をやると、教会の御用聞きを受けている小間物屋の息子、ワシリーがいた。
「今日は、アリーナさんが来る日だな、と思って。これ良かったらどうぞ 」
ワシリーとはここに来てから知り合った。ワシリーの実家の店は、かなり長くからこの教会に出入りしているらしく、たまに配達に来る時には、子供達の相手をしているらしい。若いお兄さんは子供達にも大人気で、子供達を通して、少しずつ話をするようになっていた。家族以外の同年代の男性と、普通におしゃべりをするのはわたしにとって初めての経験だった。そういえば、前に薔薇のような豪奢な花には気後れしてしまうけど、可愛いお花は大好きで、庭師に頼んで季節ごとに可愛い花も植えてもらっているとか話をしたような気がする。昨日もらった花には気後れしたけれど、今差し出されている花は、可愛かった。頬を綻ばせながら、花束を受け取ろうとした瞬間、後ろから大きな手が伸びてきた。
「アリーナ。私という婚約者がいながら、ほかの男から花をもらうなんて感心しないな 」
可憐な花束は、王太子殿下の手の中に収まっていた。
「でっ!! 」
殿下! と叫びそうになったところを、なんとかこらえた。慌てて立ち上がろうとしたところ、大きな手が肩に乗せられ、そのまま座らされる。
「君、ワシリーだったかな? この教会に出入りの商会は、たしかボージン商会だが、君は商会の? 」
ワシリーは気の毒なぐらい目を白黒させながら、わたしの顔とわたしの後ろにある殿下の顔とに何度も視線を走らせている。
「あ、あの、あなたは…… 婚約者って、アリーナさんの? 」
「あぁ。失礼。問いかけておきながらこちらが名乗っていなかった 」
え? 名乗るの? ここで? まさか……
「私は、レオニード・ルカ・カーティス。正真正銘アリーナの婚約者だ。そうだろう? 愛しい人 」
肩に置かれた手にぎゅっと力が入る。ワシリーの瞳が大きく見開かれ、その中に動揺と同時に傷ついたような色を感じ、いたたまれない。
「ん? アリーナ? 」
長い指がわたしの顎を捉え、そっと上を向かされる。なんとも言えない甘い仕草にも関わらず、その瞳は笑ってない。
「恥ずかしがらなくていい。アリーナ 」
いえ。恥ずかしいより、恐ろしいんです。
「カーティスって…… レオニードってこの国の…… アリーナさんが…… まさかこの国の王子様の婚約者…… 」
「そうだ。アリーナは私の妃になる。この花束は、私たちへの婚約祝いとして受け取っておこう。発表はまだだから、祝いをもらうのは君が初めてだ。ワシリー・ボージン。感謝の印として、後ほどアリーナと私から何か贈らせてもらおう 」
そう言うと殿下は、花束の中からすっとガーベラを抜き取り、パキリと音を立て茎を短くするとわたしの耳の後ろにそっと差し込んだ。
「アリーナ。君にはこういう可憐な花がよく似合う。大輪の薔薇よりも。ワシリーのおかげでよくわかったよ 」
突き刺さる絶対零度の視線に、息も絶え絶えになったわたしは、呆然と立ちすくむワシリーをその場に残し、完璧なエスコートで馬車に連行された。
ありがとうございました