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婚約者は籤引きで  作者: AHIKA
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よろしくお願いします。

王宮には庭園がいくつもあるが、わたしがレオニード殿下に連れられてきたのは、表宮の中では、一般公開されていない庭園だった。


「この場所は国民には公開されていないが、招待されている貴族であれば入ることができる。王家主催のガーデンパーティなどもこの庭園を使用することが多い」


ここまで来る間もずっと腰に手が回されていて、近すぎる殿下との距離が、わたしを戸惑わせていた。


「リュドミラが先ほど話していた茶会もここで行われた…… 実際に見てみれば記憶に引っかかっていることがあるかと思ったのだが 」


どうだ?と言外に問われる。あの時も何も仰っていなかったけれど、そのお話(女装の過去)は、触れてはいけないものではないらしいことがわかった。


「子供の頃、初めて王宮に招かれたお茶会のことは覚えています。うろ覚えではありますが…… ですがその時、王太子殿下にお目にかかったというのは…… どなたかほかの令嬢とお間違えなのでは…… 」


この国の貴族の娘でありながら、国の王太子殿下に初めて会った記憶がないなど、あまりに不敬すぎて内心青ざめていたが、盗み見た殿下の横顔には不快も憤りも浮かんではいないことに胸を撫で下ろす。


「いや。君とほかの令嬢とを見間違うことなど決してない。ではこの場所はどうだ? 」


わたしは自分の特徴的な髪色に視線を移した。たしかにこの銀色の髪はこの国の王宮では滅多に見ない色。お兄さまとわたしはこの色をお母さまから受け継いでいる。


わたしの歩幅に合わせ、ゆっくりと歩いて下さっていた殿下が足を止めたのは、こぢんまりとした可愛らしい泉の前だった。


「綺麗…… 」


泉の周りには、小さな花弁がかわいらしいスミレやアネモネ、チューリップなどが絶妙な色合いと間隔で植えられていた。その外側は白い切石が敷きつめられ、今まで歩いてきた石畳へと続いている。そのそばに、泉に向かって設えられた木のベンチがあった。促されるままそこに座ったわたしの隣に殿下も腰を下される。その距離の近さにまたも戸惑ったわたしが、少し離れようと身動きした瞬間、強く腕を引かれた。大きく広げた殿下の腕の中にすっぽり入るかのように肩を抱き寄せられ、二人の間には少しの隙間もないほど。


「あの時も君はそう言っていた。この場所、なにか見覚えはないか? 」


こんな近さにいながら、さらに殿下が覗き込んでこられる。殿下の黒い瞳の中に映るわたしは滑稽なほどにうろたえ、耳まで紅く染めあげていた。


「殿下、困ります。どうかお手を離してください」


一体どうされるつもりなんだろう。こんなところを誰かに見られてしまったら。それをリュドミラ様に知られてしまったら。それとも、仮初であることがばれないようにと、わざとなのだろうか。リュドミラ様もそれを納得されているのだろうか。そんなわけはないわ。だってわたしなら絶対に嫌。想いを寄せ、その想いに応えてくださった方が、たとえ偽装でもこんな親密な距離で他の女性に触れるのは我慢できないわ。


そう思うのに。わたしがリュドミラ様の立場ならどんなに傷つくだろうかと、そう思うのに。なのに振り解けない。殿下の腕の力が強いからだけでなく、わたしの心が弱いから。この状況をきっぱり拒絶できる心の強さがないから……


ダメだと思う気持ちよりも恥ずかしさのほうが優ってしまう。家族以外の男の方の近くにこんなに寄ったことなどないから、それだから恥ずかしいだけだと言い訳ばかりしてしまう。本当はあの口付けを思い出して傷つきたくないだけ。殿下にとっては大したことがないあの出来事が、わたしにとってどれだけ大きいものだったか、レオニード殿下にだけは知られたくないから。


必死に頼んでも、腕の力はまったく緩めてもらえなかった。


「アリーナ。この場所を覚えていないか? 」


殿下が同じ質問をもう一度繰り返すが、それどころではないわたしは、下を向いたままふるふると首を振った。


「アリーナ。私を見るんだ。顔を上げて」


強引な腕とは違い、懇願するようなその声の響きに、おずおずと顔を上げたわたしの目に、切なそうな殿下の顔が映った。


「アリーナ。私たちは昔、ここで会っている」


殿下の真摯な黒い瞳がわたしを射抜く。驚くわたしの記憶の中で、何かがカチリ、と嵌る音がした。



****************



「アリーナ。あんまりキョロキョロしてはダメだよ」


お兄さまの耳打ちで、今日は一日お行儀よくしなくてはいけない、とお父さまとお母さまに言われていたのを思い出した。


「はい。お兄さま。でも、見て。あのふわふわした虹色のはなにかしら」


お兄さまの腕をつんつんと引っ張り、屈んだお兄さまの耳に口を寄せる。


「あぁ、あれはたぶん飴だと思う。口に入れるとふわっと溶けてしまうらしいよ。食べたい? なら、あとでとってきてあげるよ」


「すぐに溶けてしまうのに飴なの?」


王宮ってすごい。お庭もすごいし、飾り付けもすごい。集まってる子たちもみんな綺麗。そして用意されてるお菓子もすごい。チョコレートでできた滝があるって聞いたけどそれはどこだろう。またキョロキョロしていると、ちょっと遠いところに泉があるのに気がついた。チョコレートの滝が流れ込んでるのかしら。


「お兄さま、ちょっとあちらまで行ってきてもいいかしら? すぐに戻るから。ね?ね? 」


おねだりするとイアンお兄さまは、苦笑しながらも許してくださった。


「すぐに戻るんだよ? 」


「はあい」


わたしはドレスをつまんでちょこんとお辞儀をすると、身を翻して泉に向かった。近づくにつれて見えてきたものは、花に囲まれた泉と日に当たってきらきらと金色に光る水面。そのすぐ近くに設えられたベンチに座る二つの人影だった。


今日は王妃様にお招きを受けた貴族の子供たちのパーティー。王子様と年の近い子供たちが集められたそうだ。あの二人もきっとそう。お友達になれるかしら。声をかけても大丈夫かしら。


「あの。こんにちは。初めまして」


ベンチに座る二人の女の子が揃って顔を上げ、びっくりしたようにこちらを見た。二人を正面から見たわたしも、女の子たちのあまりの可愛らしさにびっくりしてしまった。一人は淡い空色のドレス姿。下ろしたストレートの黒髪にはドレスと揃いの髪飾りをつけていた。もう一人は金色の豊かな巻き毛をハーフアップにし、着ているのは華やかな向日葵色のドレス。装いも美しかったけれど、二人とも見たことがないほどに綺麗な顔立ちの女の子たちだった。それに、纏う色はちがうのに、どことなく雰囲気が似ていた。


「…… こんにちは」


金色の髪の女の子が、首を傾げながら返事をしてくれてようやくわたしは、自分がボゥっと口を開けたまま、お辞儀もしていないことに気づいた。ドレスも雰囲気も、今まで周りにいた子たちとはちがう二人に、子供ながらにも二人が高位貴族の令嬢なのだとわかったわたしは、慌ててドレスをつまむと、マナーレッスンを思い出しながらお辞儀をした。


「わたしはアカトフ伯爵家の長女でアリーナと申します。お邪魔をしてしまって申し訳ありません」


「邪魔なんてしてませんわよ。今日は子供たちのためのパーティーですもの。みんなで楽しまなくては。ね? 」


金色の髪の子が黒髪の子ににっこり微笑む。黒髪の子はまったく楽しくなさそうな顔でこくりと頷いた。


「わたくしのことは、ええと、ミラと呼んでくださいな。この子はレオニー。わたくしたちは従姉妹同士なの」


「ミラ様とレオニー様」


黒髪のレオニー様はなんだか機嫌が悪そうだったけれど、ミラ様のフレンドリーな笑顔に嬉しくなったわたしは、初めての同じ年頃の貴族のお友達になれたかもしれないに有頂天になった。


「ここは会場からけっこう離れていると思うんだけど? 」


ずっと黙っていたレオニー様がポツリとだけど、口を開いてくれたことにまた嬉しくなる。


「チョコレートの滝を探しにきたんです」


もしかしてこの二人もそうなのかもしれない。


「チョコレートの滝? チョコレートファウンテンのこと? 」


「ファウンテン? 」


「一口サイズの果物や菓子を、溶かしたチョコレートにくぐらせて食べるんだ。食べたことないの? 」


聞くだけで美味しそうでこっくりと頷く。


「会場に戻らないとないから早く戻ったら? 」


「レオニー! そんな言い方失礼よ? アリーナ様ごめんなさいね。レオニーはちょっと人見知りなの」


こまったように眉毛をさげるミラ様が本当に困ってそうでわたしはちょっと笑ってしまった。


「さっきお兄さまに口に入れちゃうと溶ける飴のことも教えてもらったんです。どちらも食べたいから、わたし戻りますね。でももうちょっとこの泉を見てもいいですか? 」


微笑んで頷くミラ様の横でレオニー様もほんのちょっと頭を動かしたのを了承と捉えて、ちょっと軽く礼をとったわたしは泉に向かって足を向けた。


泉の周りには可愛い花がたくさん植えられていた。薔薇とか百合のような手を触れるのを躊躇うような花ではなく、アカトフ邸でもお馴染みの花たち。ふと指先をのばして花に触れようとした瞬間、お母さまが仰っていたことを思い出した。王宮の庭園には美しいお花がいっぱいあるけれど、けっして触ったり摘んだりしてはダメですよ…… 慌てて手を引っ込めたわたしに、上から声が降ってきた。


「欲しいの? 」


見上げると、レオニー様が後ろに立たれていた。立ち上がるとわたしより随分と背が高い。


「女の子はもっとちがう花が好きなのかと思っていたよ。薔薇とか百合とか」


「薔薇も百合も綺麗ですけど、チューリップが一番好きなんです。かわいいし、自分でも植えられるし」


「へぇ。君、自分で花も植えたりするんだ。女の子は土いじりなんかしないと思っていたよ」


自分も女の子なのに変なレオニー様。くすくす笑っていると、レオニー様がさらに近くにやってきた。


「君、不思議な色の髪だね。触ってもいい? 」


伸びてきた手にびっくりして、そしてなぜか急に恥ずかしくなったわたしは、思わず後退りした。泉の方に。


「危ないっ! 」


下がった瞬間、石の隙間に靴の踵が取られた。ぐらりと傾く瞬間、レオニー様が目を見開いて手を伸ばしてきた。届きそうで届かなかった手。耳元で聞こえたのは大きな水音だった。



読んでくださってありがとうございます。

ベタですみません。

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