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はじまり

 死ぬのか――。

 そう思う瞬間は、ひどくゆっくりだった。

 車のブレーキ音、悲鳴、体の砕ける音。全てが耳に入る、それもまたゆっくり。


 どうしてこうなった? 思い浮かべても思考がまとまらない。体が熱い、脳が融けだしているかのように感じる。そうか死ぬのか俺は…… 思考を放棄し、眠りについた。






「なにしてりゅのー?」

 窓を眺めて思い浮かべるは過去の、いや未来の記憶。

 話しかけてきた幼馴染に「何でもない」と告げ、再び記憶を呼び起こす。


 ここは学校、俺は小学四年生の十歳。今日も何時もと変わらずに日常を送る、ただの子供さ。

「それも明日までだがな」

「ん、なにかゆったー?」

 今度は無視をした。


 学校が終わりいつもの面々が俺の席にやってくる。

「ゆいとー、帰ろうぜ」

「あいよ」

 机の横にかけた鞄を手に取り立ち上がる。三年半、いつもこの四人で帰宅していた。

 イケメンにして頭脳明晰と、絵に描いたような天才くん。舌足らずなぽっちゃりしたとろくさいいじめられっ子。無口で年齢に合わない背と胸と顔をする美少女。あとは俺。

「きょうねーしゅくだいわすりぇたのー」

「はは、奈央は相変わらずドジだね」

「笑いごと?」

 誰がどう見たって普通の小学生の集まり。

「ゆいとはどう思う?」

「ほっとけ、五、六年後には治ってる」

 そう、人より肉体的にも精神的にも成長が遅い奈月奈央も、高校生に上がるころにはグラビアアイドルとして男どもを魅惑する存在になる。この時にイジメていた奴らはアホだな。

「結人は毎回言い切るよね」

「お前みたいに会話が途切れるよりはいいだろ」

 名倉加奈子は元いじめられっ子。胸が大きく、クラス中から笑いものにされていた。ひどいときには胸で床拭きをやらされたり、クラスの男子から後ろから揉まれたりなどしたらしい。女子からは水をかけられ、濡れて肌が透けて見える状態で教室の前に立たされたりなどしたらしい。これだけでも小学生がやったイジメとは思いたくない内容だが、時折見せる表情や口を閉ざす姿からもっと酷いことをやられた、やらされたことは明白だろう。

「ゆいとは頭良いしなー、なんでも分かってるんだよきっと」

「褒めてんのかそれ?」

 沙月翔は前の二人とは住む世界が違う。家は裕福で円満、立ち回りが上手く友達も多い。奈央と加奈子がイジメられていたのも半分はこいつと仲が良いから、つまりは嫉妬ややっかみ。現にこいつの前ではイジメは起きていなかった。もちろん俺の前では起きていたが、それも一部に過ぎない。

「俺はこっちだから、じゃあな」

 俺だけは途中で別の道になる。別れの挨拶を済ませ、帰路に就く。振り返ると毎回奈央がずっと手振っている、なので俺はすぐに関係ない道に曲がる。そうしないといつまでもやっているから。



「ただいま」

 誰もいないアパートの部屋で、静かに呟く。唯一の家族である母は、帰ってこない。昼に寝て、夜には飲み屋で働いているからだ。

 

 自室に入ると、俺はいつもの作業に入る。


 ――5年後日記―― 

 そう書かれたノートに今日の分を書いていく。今日のあったこと? 違う。五年後の今日あったことをだ。



 2015年八月――その日こそ俺が死んだ日だ。

 当時二十歳だった俺はただのフリーターだった。漠然と学生生活を過ごし、適当に決めた就職先もあっさり辞め、行き着いたのはスーパーの品出し。

 無気力に一日一日を過ごすマシーンのような存在だった。まあ、俺に限らず社会人はそういう人間ばかりだと思うが。それでも俺は、俺だけが不幸だと決めつけ思考停止していた。その日もそんな言い訳と後悔の思考に染まった、バイト帰りの時だった。


 雨が降り、心も深く堕ちていく憂鬱な帰路。仕事が終わった達成感と解放感はもう感じない、最後に感じたのはいつだったかすら分からない。

 傘を差し、下を見ながら歩く。アスファルトが濡れ、真っ黒になっていた。

 道に落ちていたスマホを拾った。

「えっ?」

 気が付けば拾っていたし、気が付けば道路の真ん中。あれ、俺さっきまで歩道を歩いていたよね? パッと光が射し目を閉じた。 

 俺は車に撥ねられていた。


 2000年八月――俺の意識が覚醒した日。

 ここはどこだ? 俺はどうしたんだ? 

 いくつもの唐突な出来事に頭はパニックを起こしていた。今思い返せば実に滑稽だった。

 当たりを見渡し、体を確かめ、冷静に深呼吸をする。落ち着け、落ち着けを心の中で言い聞かせ脳に酸素を送る。すると考えがまとまってくる、人って凄いなと感心する。


 そこから丸一日が経ち、今の自身が置かれた状況を把握した。

 結論から言うと俺は五歳になっていた。正確には五歳のころに戻っていた。この家は昔住んでいたアパートだ。テーブルに置かれたメモと冷たい料理は、昔の俺の毎日の晩御飯のまま。シングルマザーとして家を空け働く母が毎日つくる、晩御飯と謝罪と温める様にとのメモ。身体だってちっこい当時のまま。カレンダーの日付で今の年齢も分かった。何より――。






「いつの間にかポケットに入っていたスマホ。その機能は俺を歓喜させた、だってそうだろ? 五年後の未来が書いてあるんだぜ」

 誰に言っているのか意味わからないとは思うが、これは癖の様な物。自分を俯瞰的に見て独り言を言う日記を書くときの癖。


 そのスマホは二十歳の俺が死ぬ前に手にしたスマホだった。なぜか記憶や意識と共にやってきたこれは、俺に二周目の人生を勝利に導いてくれるものだった。

 

 ――五年後ネット――

 命名したのは俺だが、この機能にはこの五年間助けられた。

 このスマホは五年後のネットを見ることが出来る。俺はそれを利用し、重要と思える内容を事細かく日記と言う体で書いていった。この機能の厄介なところは、五年以内とかでは無くあくまで五年後の今日のネットしか見られないこと。実に不便。故に俺は明日訪れる日を楽しみにした居たのだ。

 この日記に現実が追いつく日を。


 今日は丁度五年前に俺が戻ってきた日、つまり明日が日記を書き始めてから五年たった日だ。 


 今思い返してもつらい五年間だった。子供のふりをするのも、小学校に通うのも、馬鹿なガキに合せるのも全てが苦痛だった。楽しみは未来のネットを見るか日記を書くかしかなかった。何より未来の希望が俺を生かした。




 このスマホには他にもいくつもの機能があるのだが、今の俺はまだ知らない。


 ここからが、正確には明日からが真に始まったと言える。俺の――二周目の人生――が。



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