第十節 グングニル
「グングニル……!」
主人公は息を呑んだ。
「そうだ、ツトム」
爆破は続けて言う。
「能力を使っている時、何か感じなかったか?」
主人公は答える。
「そうですね、まずは、自分が敵わないじゃないかという思いで敵と対峙しました。それと、周囲の人間を守りたいという意志が強かったと思います」
「そうか……」
「後は……少し、いつもより疲れました」
「分かった……(格上の敵と対峙し、誰かを守るという強い意志が生まれたため、発現した力。そして――諸刃の剣とまではいかなくとも、体力を消費するのなら使いどころが肝心だな)」
「そろそろいいですか? この一年は、受験の年になるので……」
少し笑いながら言う主人公。
「そうか、しかしながらお前を帰すわけにはいかない、悪いな」
「はい、じゃあ帰らせてもらいま……ってエエ――⁉ 何でですかぁ!」
爆破は口を開き続ける。
「本当に申し訳ないが、付き合ってほしい件が、ひと山あってな……」
――――。
「えーと。ここで、グングニルを……?」
研究施設の一室に主人公は入れられた。部屋には例の宝石がある。爆破は言う。
「そうだツトム。石に向かってグングニルを放つんだ」
主人公の体には無数のケーブルの様なモノが取り付けられていて、心拍数、脈拍等といった数値を計測しての実験となった。
「はい……じゃあいきますよ。ハッ‼」
グングニルを放つ構えをとる主人公。
「ふわああああ!」
石にグングニルが当たり、反応していく。初めはその紫色が、虹色になり遂には微動し始めた。
「ピシ……」
石には亀裂が入った。主人公はためらう。
「あの! 続けてもいいですか?」
「OKだ。続けて」
研究員は答えた。
「ピシ……パキ! ……」
亀裂はどんどん広がっていき、遂に
「パキン……」
石は砕け散った。
「あ……」
思わず声を出し、力を加えるのを止める主人公。
「す……すいません!」
「いいんだ」
「え?」
研究員に謝ったが、意外な返答に驚く主人公。
「いいんですか? 貴重なモノだったんじゃあ?」
「この石は、近頃の戦いによって多く手に入った。その内の一つだ。気にしないでおきたまえ」
研究員はそう言って主人公をたしなめた。
「はぁ……ところで、この次は何をしたら……」
「今日はこれで終わりだ。隊長も体力を使う能力だと話されていたのでな」
「お、お疲れ様です」
帰路へ立つ主人公。ふと、ラボを見上げる。昨日の戦いで、薄汚れている。
「あれだけの戦いがあった後じゃ、仕方ないよね」
戦いの光景が思い浮かばれる。
「セツナさん……」
時を同じくして、爆破は石碑の様なお墓の前に佇んでいる。
「セツナ隊員……良く頑張ってくれた、ありがとう。そして、済まない。この様な結末となってしまって」
「とくとく」
ペットボトルに入った水をお墓に掛けている。
「尾坦子と言ったか? 彼女がな、人間に戻れたんだ。もしかするとお前も――と、最近思っている」
「ヒュオ――――」
風が吹いた。
「さて、風も吹いてきた事だし、帰るか。また今度来る。では――」
主人公の生体実験、二日目。
(やはり踏ん切りがつかない。ツトムには悪いが、この実験を行ってもらおう)
爆破は俯きながら研究室で腕を組む。
「被験体A! 届きました‼」
「こっ……これは⁉」
主人公は驚愕した。そこには、冷凍された状態のゾムビーが居た。
「ツトム‼ そこに居るゾムビーに、グングニルを放て! 彼女の様に人間に戻るか、その実験だ‼」
(冷凍保存なんて……こんなコトまでしていたのか。流石にちょっと引く)
爆破の声も届かないほど、主人公は驚愕していた。
「どうした? ツトム。さぁ、ゾムビーにグングニルを放つのだ」
「あっ、はい」
今度の声は届いた。そして、
「ハッ!」
グングニルを放つ。すると、
「ぱああああああ‼」
ゾムビーを、光が包む。次第にゾムビーは消滅していった。
(元には……人間には戻らない! どういう事だ⁉)
爆破は困惑した。
「これで、いいですか?」
主人公は問う。
「ああ、OKでしょうな、隊長」
「あ……ああ。(仕方ない、仕方ないと分かってはいるが…………! 何を考えているんだ、私は‼ この実験でゾムビーを人間に戻せたとしても、セツナは……彼はもう既に……)」
実験を終え、小部屋から戻り、爆破の元へと歩く主人公。
「スマシさん、僕は思うんです――」
「‼」
「尾坦子さんの場合は、彼女の場合は人に尽くしたい、人を大切にしたいって願い続けていたから、この能力を使ったときに人間に戻れたんだと。彼女だからこそ、そうなれたんだと……」
「ふ――。そうだな」
溜息をついた爆破は続けて言う。
「ゾムビー化しても襲って来なかったのは彼女くらいだしな。よし! 過去にすがりつくのは止めだ。私らしくもない。実験に協力してくれて、ありがとう、ツトム」
「ハイ‼ これで最後ですよね?」
「いや……」
「え⁉」
主人公は凍り付く。
「あと2,3回あるはずだ」
「NOOOO‼‼‼」
主人公は、被験体として実験をさせられる。コードの様なモノを体の至るところに着けられた。
(まるで動物扱いだな。……尾坦子さんも同じ気持ちだったのかな? かわいそうに)
日は流れるように過ぎ、最後の実験が行われた。
「よし! これが最後だ」
研究員が太鼓判を推し、最後の実験が終わった。
「ふ――、疲れた」
溜息をつく主人公。
「済まなかったな、ツトム。そして、本当にありがとう」
爆破は労いの言葉を贈る。多少の気まずさを覚え、頭をひと掻きする主人公。
「彼女が実験の対象から外れた途端、これだからな。研究者たちは得てしてそういった生き物なのだろう」
「はは……」
爆破の言葉に、たじろむ主人公。
「本当にこれが最後だからな。これからは緊急出動時以外はここに来なくてもいいぞ」
「分かりました。失礼します」
「ご苦労!」
家路へと辿る主人公。
「そうだ! 今日も、メールしよう‼」
「お疲れ様、と」
メールで、尾坦子に近況報告する主人公。
「こっちは、採用試験が終わり、後は結果待ちです、かぁ。今日まで実験体になっちゃってました、なんてね」
一瞬ためらったが、生体実験を行っていたことを告げる主人公。
「あ、来た。それはお疲れ様。嫌だったでしょうね。でも、思い出すからそういう報告は聞きたくなかったかな…………マズい。失敗した……とりあえず、ごめん、と(女の子ってこういうとき、こういう反応するんだ)」
それから主人公は、とりとめのない会話をメールで交わした。気が付けば、家に着いていた。
「ツトム、お帰りなさい」
母が出迎えてくれた。
「ただいま」
「最近出かけてばっかりだけど、大丈夫だった?」
「少し疲れたけど、平気」
「そう。なら、しっかりとお休み」
主人公は自宅に帰り、晩ご飯を食べた。