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閑話:「悪の伯爵かく語りき」【後編】

私がいっこうに見つからぬ治癒魔導師に焦れていると、先王崩御の報が入ってきた。

宮中の貴族共にとっては一大事であろうが、私にとってはどうでもいいことだった。

日々衰弱していく妹の様子以上に気がかりなことなどあるはずもない。

であるので、跡を継いだイザベル女王が内務卿を処断したとの情報も当然、さほど気にしてなどいなかった。

いや、かえって迷惑であったと言うべきか。

と言うのも、俄かに蠢き出した貴族共の余計な情報まで入ってくるようになり、肝心の情報を手繰り寄せづらくなったからだ。

そこで私は現在、商人を中心に情報を集めることにした。


そんな折である。

我が家にイザベル女王が王弟を伴いやってくることになったのは。

女王が宮廷貴族との関係を悪化させ、宮中で孤立しつつあることは既に知っていたが、まさか王都内とは言え、王弟を伴い移動するとは思ってもみなかった。

というのも、現在女王には子供がない。それどころか王婿すらいないのである。となると、立太子こそしてないとは言え、現在の継承権第一位は王弟である。。

通常、王とその後継者が一時とは言え、一緒に行動することなどありえ無い。というのも、その際に何か事が起これば、現王と後継者を同時に喪うリスクが生じるからだ。そうなっては国が混乱する。

--よほどに宮中は危険と見える。

自分が留守の間に王弟を担ぎ上げ、クーデターを起こす貴族がいると見たか。或いは姉弟共に貴族から狙われているのか。

そのどちらにせよ、新女王は即位早々危機的な状況にあるようだ。


であるので、私はできれば関わり合いを持ちたいとは思わなかった。

挨拶も終わり。

「今日は伯爵にお願いがあって参りましたの」

そう女王が柔和な笑みを浮かべながら問いかけてきたときには警戒した。

「臣に、でございますか……?」

私は女王の真意を図るべく、神経を研ぎ澄ます。

「ええ、そうですわ。伯爵もご存知かとは思いますが、つい先日、内務卿の椅子が空きましたの」

なるほど。いかにも陰険な宮廷貴族共が考えそうなことだ。自分達に相談する事なく内務卿のクビをきったことに対する嫌がらせとしては、なかなかに上々のものだ。

というのも、内務卿とは国内の治安を司る。

貴族共はそんな重要なポストにあえて誰も就かずに静観を決め込むことにしたらしい。

そして治安が乱れれば女王の責任問題とする。

もし女王が泣きつき、内務卿に就く者を要求してくれば、それはそれで自分達の重要性を高め、以降の治世に大きく影響力を与えることができる。

どちらに転んだとしても、貴族共には悪くはない。

嫌らしいことを考えたものだ。

そこで、困った女王は宮中から弾かれた私ならばと、今回わざわざやって来たというわけか。

しかし。

「陛下のご活躍は臣も聞き及んでおります。されば陛下には臣の如き微力は必要とされないかと」

わざわざ火中の栗を拾ってやる義理はない。

確かに宮中の中央に入り込むことができれば妹を典医に……とも思った。しかし私はそれ以上に、宮中に巣食う貴族共の相手はご免被りたかった。

それに、治癒魔導師と繋がりのある、とある商人との伝手が手に入るかもしれないとの報を受けた矢先のことである。

である以上、女王から依頼される前に、私は先手を打って断る。

すると女王は。

「あら、伯爵の目と耳の良さは私にも届いておりますわよ?」

と言い出した。

私は内心に走った動揺を抑える。ここで隙を見せるわけにはいかない。

私が視力・聴力を強化する魔法を使えることは広く知られている。

しかしここで女王が言っているのは、そのことではあるまい。というのも、私の魔力は間違いなく弱い方に分類されるからだ。

となると--。

いや、そんなはずはない。私が貴族や豪商を中心に諜報を行なっていることが漏れたとでもいうのか?

あり得ない。あり得るはずがない。

私はこれまで細心の注意を払って来たし、現に今の今まで何か異常事態が起こったとの報せも届いていない。

落ち着くのだ。落ち着いて考えろ。

私がそう自身に言い聞かせていると。

「私も耳はいいのですわ」

女王はそんなことを言い出した。

いや、仮に私が情報を集めていたことが露見していたとしよう。

--しかし。

女王は宮中で孤立しているはずである。

ではいったい誰が女王に情報を齎したというのか。誰が……。

そう私が思考の海へと潜っていると、女王が懐から一枚の紙を取り出し、ゆっくりと私の前に置いた。

「これは私からのほんの就任祝いですわ」

いったい何だというのだ?

不思議に思って見てみると。

「こ、これは……」

私は息を飲んだ。

『彼の者に を与う』

そして女王の署名のみが記された、いわば白紙委任状。

望む物は全て与える。領地であろうと爵位であろうと金銀であろうと望みのままという物である。

女王の隣に座す王弟すら驚愕に目を見開いているのがわかった。

それも当然。こんなものは、よほどの功績を挙げたとしてもまだ足りない。王より信頼厚い者でもごく一握りの人間しか目にすることのできない代物であるのだから。

しかし私の手は、その書状に伸びかけた。

これさえあれば妹の病気も……。

思わず欲に目が眩んでいると。

「伯爵には病気の妹さんがいらっしゃるそうですわね?」

不意に女王がそのようなことを言った。

私は警戒を強める。

今は宮廷貴族と対立しているとは言え、女王とて宮中に住まい宮中に育ったのだ。

宮廷貴族達がそうであったように、女王とてそこに蠢く者。

嘗ての記憶が私に囁く。

『奴らに弱みを見せるな。弱みを見せれば、柔らかな腹を食い破ってくるぞ』

気づけば私は、不敬を咎めかねられないほどの視線を目の前の女王に向けていた。

しかし女王は。

「典医をこれに」

と、ゆったりとした口調でそう言った。

典医? なんの為に?

私の思考が追いつかない。

いや、流れから言えば、妹の診察をしてくれるというのだろう。

しかし--。

「……恐れながら……」

私は渇ききった喉から絞り出すようにして続けた。

「陛下におかれましては、臣らの生まれをご存知でしょうか……?」

魔力とは貴族にのみ顕在するもの。

時代は流れ、血も薄まり混合も進んだとは言え、未だに血統が過剰に重視されているのが現状である。

故に、半分平民の血が流れる妹を典医に見せる?

あり得ない。私が余程の金を注ぎ込んですら叶わなかったのだ。

貴族共の欲望が上乗せされた額であったことは確かである。しかしそれを差し引いたとして、やはり尋常ではない金子を必要としたであろう。

それなのに何故--?

私が戸惑っていると女王は。

「別に構いませんわ。それよりも妹さんはどちらに?」

さもこともなげにそう言うと、再び柔和な笑みを浮かべた。

--そう、柔和な笑みを。



「母上、どちらに行かれるのですか?」

妹が産まれる前、母はよく孤児院へと赴いていた。

母は父に、ドレスや宝石を貰う代わりに、孤児院への寄付を願っていたのだ。

おかげで母の持ち物は少なく、贅沢とは無縁の暮らしを送っていた。

幼かった私は、使用人達の口さがない陰口を間に受け。

「母上は平民だったからドレスも宝石もお持ちにならぬのですか?」

と尋ねたことがある。今思えば、何とも愚かなことを聞いたものだ。

しかし母は。

「違いますよ、オースティン。貴族だからこそ母はこうしているのです。オースティンも大きくなったら、そうなさい。これは貴族の責務なのですから」

--覚えておいてね。

母はそう言って微笑んだ。

それは陽だまりのように周囲を温かく包み込むような微笑みで。

そう、今、目の前の女王が--女王陛下がなさっているような微笑みを母は私に向けたのだ。



それからの事は夢見心地の出来事であった。

栗毛色の髪をしたまだ幼さを残した典医を妹の寝室へと案内し。

「治癒魔法を使うのには集中力が必要ですので」

という典医の言葉に従い、私は部屋の前で待つ事にした。

本来であれば、陛下を待たせることは許されないことだろう。

しかし先ほどから私の頭の中は、かつての母の記憶が巡っていた。

--高貴なる者の責務。

多くの物を与えられた貴族には、その分の責任伴う。

建国以来の理念でありながら、もはや久しく忘れられたそれ。

多くの、殆ど全ての貴族が忘れ去り、私も久しく忘れていたそれ。

皮肉なことに、平民出身の母だけは覚えていたそれ。

陛下はそれを再び根ざすおつもりなのか--?

そう思うと、途端に私は自らの行いが恥ずかしくなった。

平民出身でありながら、最も貴族らしい貴族であった母に対して、なんと言い訳のしようがあろう。

母とて、父に半ば無理やり見初められさえしなければ貴族になることはなかったであろう。

そんな人の息子でありながら自分は--。

どれくらいの間物思いに耽っていたのだろうか。

「治癒が終わりました、伯爵閣下。今は穏やかにしておられます」

そう言って典医が扉を開くまで、私は立ち尽くしていたようだ。

そこからは早い。

治ったばかりの妹に、しばらくは安静にしているように伝えると、直ちに貴賓室にいる陛下の元へと戻る。

「お待たせいたしまして申し訳ありません。本来でしたら妹共々御礼のご挨拶に参るべきなのですが……」

そう挨拶もそこそこに、陛下より賜った白紙委任状をロウソクへと焚べる。

これ以上のご温情は私には過分に過ぎる。

「陛下より賜りし書状を火に焚べましたる罰は臣の働きにて」

そう言って陛下の前に畏る。

そして。

「陛下に永遠の忠誠を」

そう言って私は頭を垂れた。

貴族--。

本来の意味での貴族として生きることを私はこの日誓った。

--私はこの日、本当の意味で貴族となった。


「期待しておりますわ、“悪の伯爵”」

不意に陛下の声が響く。

なるほど、私は“悪の伯爵”か。

確かに、貴族であることを忘れた者が多数を占める宮中にあっては、私達は少数であろう。

その意味で体制を揺るがす我々は確かに“悪”なのかも知れない。

そう思うとおかしかった。

力を持つ者には、その力を正しく使う責務がある。

母がそうであったように、私もまたそうあろう。

「おーほほほほっ!」

今の陛下のように楽しげな笑い声の響くような国になればいいな、と。

私はそう心から思った。

頭がいい人の思考を書くのって難しい……。

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