悪徳商人来たる【後編】
ボロ。
一言で言ってボロい。二言で言えば、ボロいし活気がない。
ゴロツキっぽい人達によって連れてこられた悪徳商人(予定)のお店は、郊外にできた大型ショッピングモールに客を取られ寂れてしまったシャッター商店街の中にある、なんとか営業を続けている一部のお店よりも流行ってなさそうな雰囲気なのである。
だから、
「……本当に、ここ……ですの?」
と、私が思わず言ってしまったのも許して欲しい。
そしたらもちろん、ゴロツキっぽい人達からは「あ!? なんだ、文句でもあんのか!?」という視線が。ダリウス達からは「悪役(笑)」というような視線が飛んできたが、悪の私には全く効かぬっ!
なにせ相手は悪徳商人。
よくよく考えれば、商才があって真っ当に商売をしていたら、それはもう悪徳商人じゃない。そういうのは普通の商人。そもそもお呼びじゃない。
私が求めているのは「おぬわる」「いえおだ」で有名な悪徳商人。
悪徳商人の懐が潤っているのは真っ当な商売をした結果ではなく、悪代官にいろいろと“便宜”をはかってもらっているからなのだ。
つまり、悪代官=私に出会う前の悪徳商人なら儲かってなくて当然。むしろこの儲かってないこの状態こそが普通なのだ!
気を取り直した私は、
「店主を」
呼んでもらおうと、ゴロツキっぽい人達に声をかけようとした。
したのだが、
「なんだい、がん首そろえて。いつまで店の前でぼさっとしてるつもりだい?」
と、唐突に扉が開くと、中から燃えるような赤い髪をした妙齢の女性がそう言いながら出てきた。
ご、極妻!?
長く伸ばした赤髪をアップで纏め上げ、真っ赤なドレスに身を包み、切れ長の目には強い意志が宿る。
身体は細みながらに、胸元には確かな膨らみ。
そして、人を従えるような雰囲気に溢れたこの人は間違いなくテレビで見た極妻!
極道の姉さんですよ、この人!
ヤバい……かっこいい。
すっっっごくかっこいい!
私が思わず姉さんに見とれていると、
「……ここはお嬢ちゃんが来るような遊び場じゃないよ。さっさと帰りな。……それと……」
姉さんが凄みを感じせながら、しかしどこか慈愛も滲ませながら、私及び私のお供達に睨みを効かせた。
さすがっす姉さんっ!
凄みの中に優しさを見せるとは……!
あたい、姉さんに一生付いて行くっす!
って、なんか私、小悪党っぽくなってない?
姉さんに圧倒的な格負けしてない?
くっ! さすがは極妻。悪の大物すらもその豊かな尻にしくだけのことはある。
私がそんなことを思っていると、
「……官憲が……何の用だい?」
手近にあった木の角材を手に取り、左手にぱんぱんしながら私、の後ろにいた、助さん格さん……じゃなかった、トリスタン卿とモブ騎士ジョンにさらにキツい睨みを効かせた。
しかし二人は私の頼れる用心棒。
極妻相手に、変装を見破られたことには驚いたようであったが、すぐに臨戦態勢を取る。
そして、
「お前ら、なんでここに連れて来やがった?」
「す、すいやせん姉さん!」
姉さんはゴロツキっぽい人達にそう言って、連れてきた経緯を軽く聞き出すと、
「うちの馬鹿共を助けていただいたことには感謝の言葉もありません。しかし……」
姉さんはそこまで一息で言い切ると、周囲の雰囲気が一気に冷え込む。
「うちにはなにも渡せるようなものはありません。さっさとお引き取りを」
角材は手にしたまま、私達に向かってすっと頭を下げてきた。
しかしまぁ、さすがは姉さん。
頭は下げているのに威圧感が半端ない。
やべー姉さんっべー、極妻やべー。
……最高にかっこいい……。
って、そうじゃない!
この際、変装を見破られたことはどうでもいい。
実力者には実力者の力がわかるって漫画でもやっていたから仕方がない。トリスタン卿はもちろん、モブ騎士ジョンもモブのくせになかなかやる実力者。それになにせ相手は極妻だ。
問題はそこじゃなくって。
私は悪徳商人が欲しいんだ!
しかもそれが姉さんだなんて、悪徳商人パワーと極妻パワー奇跡の融合!
なんとしても私の悪役仲間に加えたい。
そこで私は、
「なにか誤解があるようですわ。私はちりめん問屋の娘でベラ、ですわ。私達はビジネスのお話をしにまいりましたの」
そう言って悪役スマイル(無言バージョン)を浮かべた。
困ったときの悪役スマイル(無言バージョン)!
これで私は悪役ですよ〜、あなた達の仲間なんですよ〜怖くないですよ〜、アピールだ!
……しかし相手は極妻。
ま、まさか全く効いていない……。
姉さんはそんな私の言葉に、怪訝な顔を向けてきた。
正義の味方(予定)ダリウスを始めとして数々効果を発揮し、ますます磨きをかけてきた私渾身の悪役スマイル(無言バージョン)が敗れるか……。
くっ!
な、何か手はないのか……!?
私はただでさえ足りない脳みそをフル回転させる。
せっかく変装までしてやってきたのに……。
……って、あれ?
もしかしてもしかしなくても、この変装が……まずかった……?
今の私達は、どっからどう見ても越後のちりめん問屋御一行。
これではどう考えても(この世界に黄門様がいるかしらないけど)、悪徳商人を成敗にやってきた正義の味方。
悪徳商人(予定)の姉さんが警戒するのも無理はない。
し、しまったーっ!
この変装はまずかったか……。
い、いや、ぎゃ、逆に考えるんだ。
御隠居=私、格さん=トリスタン卿、助さん=モブ騎士ジョン、うっかりさん=ダリウス。
足りないメンバーは。
「忍び……」
そう、黄門様御一行と言えば、風車を持った忍びと、お風呂が大好きなくノ一もいるのだ。
ということは私達一行にも……。
いやいやいや、いるわけな……。
私がそこまで考えて一人首を横に振っていると、唐突に一人の男が目の前現れた。
誰?
いや、普通にあなた誰?
周囲の状況は、そんな私の思考を無視するかのように一転。
トリスタン卿もモブ騎士ジョンも一瞬で剣に手をかけるのが見える。
姉さん達の方も、私達とほぼ同じように、ゴロツキっぽい人達が姉さんを庇うように、前面に出ていく。
そして、すっと後ろに下がる姉さん。
か、かっこいい……。
対して私は。
ダリウスに袖を引かれ、コケそうになっていた。
危ないって、危ないから!
私まだ悪役っぽいことしてないっ!
ちょ、ダリウス、や、やめてっ!
私を転ばそうとしないでっ!
……私、悪の女王なのにかっこ悪い……。
そしてこの間たぶん一秒。
俄に殺気立った空気の中、おもむろに口を開いたのは謎の男だった。
トリスタン卿とモブ騎士ジョンに向くと、
「しばしお待ちを。某、さるお方より、密かに“お嬢様”の警護を賜りし者」
そう言って謎の男は私の方に向き直る。
「お呼びにより参上いたしました。まさか“お嬢様”に気づかれているとは知らず、まずは“お嬢様”を密かに付け回したる御無礼をどうかお許しくださいませ」
そう言って謎の男は私の前に跪いた。
あ、うん、それは別にいいけどね。
というか私、気づいていなかったし、うん、本当に、これっぽっちも、全く。
そして呼んですらいない。
気づいていない人はさすがに呼べない。
あっ、本当にいたんだ、忍び。
というのが今の私の素直な感想。
しかしまぁ、いたならいたで話は早い。
“さるお方”ってたぶん、悪の内務卿のことだよね。
ここは私の知の面での先生、悪の内務卿に丸投げ。
きっと内務卿の部下ならうまくやってくれるはず!
ということで私は姉さんの方に視線を向けながら、
「私、この方と場所を改めてお話をしたいと思っておりますの。そう、内密の、お話、ですわ」
と、謎の男に伝えることにした。
ちょっと前から思っていたが、ここは場所が悪い。
昔から悪代官と悪徳商人の会談は、料亭と相場が決まっているのだ。
そしてもちろん会談後は、悪代官お得意の帯回し!
あ〜れ〜お代官様〜、である!
しかし残念。私は料亭の場所を知らない。
それで諦めていたのだが、できる男。悪の内務卿の部下ならば、そういう場所を知っていそうじゃないか。
となれば、全てセッティングしてもらう!
だから私は、
「では、また日を改めて」
そう姉さんにぺこりと会釈をして、
「おーほほほほっ!」
と高笑いをしながらお供たちと一緒に城に帰ったのだが……。
話が違う!
料亭は!?
私の帯回しは!?
翌日。
私が再び執務室にて、ダリウス及び悪の内務卿の書類攻撃に苦しんでいると、昨日の謎の男が、また唐突に現れたかと思うと。
「陛下。塩問屋が娘、エステラが登城いたしました」
あ、今日は“お嬢様”呼びじゃないんだ。
それに、極妻の姉さん、エステラって名前だったんだぁ。
エステラ姉さん。
うんうん、悪くない響き。
あと、エステラ姉さん、極“妻”じゃありませんでした。
まだ未婚だそうです。
でもまぁ、雰囲気は極妻なんだよなぁ。
謎の男に連れられ、私はちょっとした情報を聞きながら廊下を歩いた。
そして付いた先は、謁見の間。
ああ、はいはい。
料亭じゃないですよね。
帯回しとか無理ですよね。
わかってました。わかっていたさ、私だってね。
だってこの世界の人達、着物じゃないし。
ドレスみたいなの着てるし。
ドレスに帯、ないし。
わずかに落胆しながら、私は謁見の間に足を踏み入れる。
この部屋、あんまり好きじゃないんだよね、実は……。
無駄に豪華で広い部屋。
中央の扉から、正面にある一段高くなった玉座まで続く、今私が踏んでいる真っ赤な絨毯。
数十メートルも続くこの絨毯、なんと一流の職人が五十年もかけて編んだものらしく、それを聞いた私は目が飛び出しそうになった。
いくら悪役女王とは言え、庶民育ちの私はなんだか気後れしてしまう……。
この絨毯だって、本当は踏みたくないのだ。
最初その話を聞いて、ひょえ〜、そんなもの踏めません!
私、端を歩きます。むしろ歩かせてください!
と、絨毯を避けながら歩いていたら、ダリウスにめっちゃ怒られた。
「真ん中を歩いてください!」
だから仕方なく、今は傷がつかないように、慎重に、それはもう慎重に歩いているのだが、それがもう疲れる。
あとは、
「女王陛下、御入来!」
今はトリスタン卿が言っているこの言葉。
私がこの部屋に入ると、この掛け声と共に、みんなが一斉に頭を下げる。
ひっじょ〜に気まずい。
だから速く歩きたいのだが、超お高級絨毯が気になって歩けない。
このジレンマ!
今日も今日とて、逸る気持ちと、絨毯を傷つけまいとする気持ちのせめぎ合いの果てに、ようやく玉座へとたどり着くだけで、かなり疲れてしまった……。
そしてここからの手続きもかなり面倒。
私が玉座に座ったのを確認すると、それを確認した内務卿が、
「一同、面を上げられよ」
と言う。
これ、本当は宮内卿の役割らしいけど、居ないから仕方なく内務卿の仕事になっている。
そして私はただ座っているだけ。
本当に座っているだけ。
本来の作法なら、私は一切声を出すこともない。
「〜と陛下は仰せである」と、別に思ってもないし、言ってもいないことを、さも私が言ったかのように、諸大臣達が来訪者と勝手に問答をする。
のだが、さすがにそれはどうなの? と思った私がやめさせた。
というか、暇!
暇だから私にも喋らせろ!
喋らせなかったら寝るぞ。私、確実に暇で寝ちゃうぞ!
小中高“眠り姫”と言われた私を甘くみないでもらいたい。
教科書、しかも角! で起こされたこと数え切れず。
数学だと思っていたら英語になっていたこと多数。
そんな私がただ何もせず座っていたら、間違いなく五分で寝る!
しかしこれには、大臣達は猛反発。
そんなに私を寝かせたいのだろうか。
そう思っていたのだが、しかし幸いなことに、いつもは作法にうるさいダリウスがこれについては何も言わなかったので押し通すことにした。
だって私もお客さんとお話したいし……。
とはいえ、大臣達はダリウスのせいで、本当なら悪役仲間である私の側を離れていってしまったので、今は特に誰も反対していない。
だからまぁ、それはそれでいいんだけど。
というわけで、私は、未だ頭を下げ続けるエステラ姉さんに向く。
ふふふ。
今日の私は一味も二味も違うのだ。
料亭こそ無理ではあったが、紫の覆面はちゃんと付けている。
やはり悪代官と悪徳商人との密談に、この覆面は欠かせない。
私の左右にトリスタン卿とモブ騎士ジョン。そして一段下がった正面左にはダリウス。右手には悪の内務卿。そして正面にはエステラ姉さん。六人しかいないのに、無駄に広い部屋というのはなんだかアンバランスな感じもしなくもないが、そこは気にしない!
これは密談ったら密談なのだ!
というわけで私は、
「本日はよく来てくださいました」
そうエステラ姉さんに声をかける。
これもなんか変な感じだが気にしない!
悪徳商人が悪代官を招いて“接待”という流れが普通かもしれないが、私は何せ大物オブ大物!
相手を呼びつけるほどの悪の大物なのだ!
そう思い、悦に入っていると……。
シーン。
沈黙だけが続いた。
し、しまった!
私が発言を許可しないと、誰もしゃべっちゃダメなんだった!
わ、忘れてた……。
「コホンッ」
一つ咳払いで仕切り直す私。
「今日は……」
って、覆面がジャマ!
声がモゴモゴ籠もって、いつも以上に大きな声を出さないといけないから疲れる……。
いいや、もう脱ごっと。
私は外した覆面をモブ騎士ジョンに預ける。
そして、
「昨日も言いましたが、今日はビジネスのお話ですわ」
そう言って、私は悪役スマイル(無言バージョン)を浮かべた。
昨日は効かなかったが、それは変装のせい。
今日は違うのだ!
そう、今日は“ビジネス”の話。
「おぬわる」「いえおだ」的ビジネス話。
後ろ暗い“山武器のお菓子”飛び交う場なのだ。
きっと効いくはず!
というわけで私は、悪役スマイル(無言バージョン)を浮かべたまま内務卿に軽くうなずいた。
内務卿も軽く頷き返す。
そして内務卿が、
「陛下が御下問なさる、エステラよ、面を挙げられよ」
と、エステラ姉さんに声をかける。
そうなのだ。
この世界、思ったよりも身分の差が激しい。
だからなのか、こういう場では、直臣以外、勝手に王様を見ちゃだめ、となっている。
だからこそ面倒な、本当に面倒なやりとりが必要になる。
そしてさらに面倒くさいことに、直接の会話も許されない。
相手が目の前にいるっていうのに、間に人を経由してからでないといけない。
例えばこの場合、私がエステラ姉さんに何か訊きたかったら、一度内務卿にその訊きたい内容を伝え、内務卿からエステラ姉さんに伝えてもらう。そしてエステラ姉さんは内務卿にその答えを伝え、私はその答えを内務卿からきく。
なんでわずか数メートルのことなのに、わざわざ伝言ゲームをしなきゃいけないんだ……。
ダリウスに言わせれば、王とは至高の存在で、やすやすと人にその姿を見せてはいけないし、親しみを持たせてもいけない。畏れられる存在でなければならない、ってことらしいが、よくよく考えてもみて欲しい。
私は悪役女王。未来の悪の大物(予定)なのだ。
わざわざそんな小芝居をしなくても、十分に大物感が出ているはず。
この漂う悪役オーラは隠せるはずがない!
というわけで、私は内務卿に対して再度軽くうなずいた。
その私のうなずきに内務卿も軽くうなずき返すと、
「エステラよ、本日は陛下の格別の御厚意により直答を許す」
と、エステラ姉さんに言った。




